第十楽曲 第八節
希と古都の時もそうであったが、恐らく今回も同じだろう。浴衣の美少女と一緒に歩くのはとにかく目立つ。次は美和である。ただそれでもゴッドロックカフェを出ればこの人混み。同じ人に出くわすことも少ないだろうし、あったとしてもこの人数の中誰が自分を覚えているかと開き直る気持ちもある大和。
「えっと、美和も……いいの?」
遠慮がちに手を差し出す大和。それを見て美和が照れたようにその手を取る。
「お、お願いします」
2人はしっかりと手を繋ぐと歩き出した。美和は髪が短いため結ってはいないが、髪飾りは花柄の趣あるものを付けていて、その美貌を際立たせる。加えて黄色の浴衣が彼女の魅力を引き上げる。
「正樹君はいいのか?」
「え!? なんでその名前が……」
「いやさ、彼は美和に惚れてるように見えるけど、僕の気のせいかな?」
自分に対しては鈍感のくせに、他人はよく見えている大和である。正樹の気持ちを大和に見透かされていたことに、美和が心の中で溜息を吐く。
「気のせいじゃ、ないですよ……」
「やっぱりそうか」
「メンバーには内緒にして下さいね」
「わかった」
そう答えて美和の手を引き、歩を進める大和。相手は浴衣なので歩幅に気を付けて歩く。
「今日正樹君からは誘われなかったの?」
「まぁ、誘われましたけど。先にメンバーと約束してましたし」
その後自分が割り込んでしまって、そして今の状況に至る大和は罰が悪い。それでも、こんな鈍感な大和でも、さすがにメンバーが自分と街を回ることを楽しみにしていることくらいは理解している。だからその恐縮の念は口から出さず呑み込む。
「私にとって正樹が大事な存在なのは間違いないですよ」
歩を進めながら話し始めたのは美和だ。大和は黙ってその言葉に耳を傾ける。周囲の喧騒と、花火の轟音に混じった美和の声をしっかりと捉える。
「けど、恋愛感情ってなると正樹の気持ちには応えられないんです」
「そっか。難しいな」
俯いて歩く美和の手が少し締まり、大和の手にその感触を伝える。やはり古都同様美和の指先は硬い。
「どう? バンドは?」
「凄く楽しいです」
転換されたその質問に美和は顔を上げ、表情を明るくさせた。その時に大和も美和を向いたのだが、花火を背景に綻ぶ美和の表情が絵になるなと感心した。
「そっか、良かった。美和以外軽音楽初心者だからちょっと心配してたんだ」
「心配……ですか?」
「うん。物足りなさを感じたりとか」
「うーん、それはないです。唯ものんも成長が早いですし、古都もそれは一緒で、何より古都が作った曲に驚いて……」
「あぁ、あれは僕も驚いたな」
古都が作った中でも現時点でお蔵入りにしている曲。それはまだ古都と古都の妹の裕美と大和と美和しか知らない。
「あの音楽の世界観の中でやれるのは幸せだなって」
「そう言ってもらえるなら良かったよ。まだあの曲は出してあげられないけど」
「いえ。
「まだ。詞ができてからにする。曲自体の修正は済んでるけど」
「そっか。また大和さんの魔法に掛かるんだ」
無垢な笑顔でそんなことを言う美和は普段の垢抜けた感じがなく、幼気である。そんなあまり見られない美和の表情ではあるが、大和は自分の特権だと気づいていない。
「何か食べる?」
「あ、じゃぁ、カキ氷が食べたいです」
「了解」
大和は美和の手を引いてカキ氷の屋台に並ぶと、やがて美和要望のイチゴミルクを買った。それを手渡そうとして美和に問いかけた。
「どこか座ろうか?」
「あ、はい。空いてますかね?」
大和が辺りを見回すと目の前の複合商業施設の前が、テーブルや椅子を並べて開放されているのが目に入った。その内、別々のテーブルから空いている椅子を2脚拝借し、スペースを確保して美和と一緒に腰掛けた。
「大和さんも食べます?」
受け取ったばかりのカキ氷のカップを大和に向ける美和。大和はカップと引き換えに美和の巾着を受け取っていた。それに一度視線を落とす。
「あ、片手塞がってますね。はい」
ストロースプーンに一口分掬って大和に向ける美和。美和がカップだけ持っていてくれれば自分で食べることができたのだが、大和はそんな野暮なことは言わず素直に差し出されたカキ氷を口で受けた。
「なんだか、照れますね」
大和は最初からその意識を持っていたが、はっきりそう言われてはより一層照れるというものだ。大和はカキ氷の口の中の冷たさに意識を集中させた。
やがてカキ氷を食べ終わると立ち上がって歩き出した大和と美和。途中のゴミ箱にカップを捨てると再び手を繋ぐ。思いの外これが美和にとってドキドキするのだ。何せ、異性とは児童期に弟としかこういうことをしたことがない。
それでも楽しく会話をしながらゴッドロックカフェに到着し、最後の女子にバトンタッチした。最後は唯である。
「あ、あ、あ、あの……、よ、よろしく、お願いします」
ガッチガチに緊張している様子を隠せない唯は深く頭を下げる。もう4人目で慣れてきだしていた大和もこんな姿を見せられては緊張がぶり返すというものだ。
「えっと、唯も……いいの?」
「は、は、は、はい。お、お願いしまふ」
噛んだ。恥ずかしくなって顔を真っ赤にする唯。気まずいので大和は聞こえない振りをした。
唯は白地に赤や桃色の柄の入った浴衣を着ている。綺麗な黒髪は結っていて、元来和風美人のイメージがある唯の和服姿は板についている。そして強調された胸。和服なので中で圧迫でもしているのだろうか、制服や私服の時よりも控えめだ。それでもその主張は激しい。
大和が唯の手を取ると、唯は途端にビクンと肩を上下させた。この先大丈夫かと不安になる。川の方角では色取り取りの花火が打ちあがっていて、真っ赤になって俯く唯の顔を照らす。
「行きたいとこある?」
「あ、あ、あの……。神社に……」
「あぁ、了解」
神社と聞いてピンときた大和。街の中心部の神社はそれなりに広く、縁日のような賑わいだ。店からそう遠くもなくそれなりの時間回れる計算である。
道中、花火の轟音とそれによる空の明るさは相変わらずで、周囲の喧騒は止まることを知らない。普段の唯なら萎縮してしまいそうな賑やかさであるが、彼女の意識は大和の手だ。
「何がしたい?」
神社に到着するなり鳥居の下で問い掛ける大和。神社も人で賑わっていて、綿菓子やお面や食べ物を売る屋台が軒を連ねている。
「えっと、ヨーヨー掬いがやりたいです」
「へー、好きなの?」
「あ、はい。小学生の頃によくお姉ちゃんとお祭りでやったので」
「オッケー」
唯の希望どおり水風船のヨーヨーの屋台の前まで来た大和。小銭を渡すと早速唯に遊ばせ始めた。浴衣姿で屈む唯の様相には趣がある。大和も唯の隣に屈んだ。
「あー、ダメです……」
一つも取れずに終わってしまった唯。それを見て大和がもう一声問い掛ける。
「もう一回やる?」
「うーん……」
唯が遠慮を見せるので大和は唯の返事を待たずに再び小銭を渡した。2本もらった金具のうち1本を唯に渡す大和。
「はい。1本は僕がやるから」
「はい。ありがとうございます」
ぱっと明るい表情を浮かべた唯は大和から金具を受け取った。しかし……
「あー、またダメでした……」
こういうことには不器用なのか、失敗した唯が落胆を示す。それを見てから大和が挑戦する。
「よっと」
「わぁ、凄い!」
大和が水風船を掬い上げると手を叩いて無邪気に唯が声を弾ませた。その瞬間、金具を縛っていた紙が切れて、大和もこれ以上は続行できなくなった。
「これ、あげる」
「大和さん、ありがとうございます」
満面の笑みで礼を言う唯。お淑やかなイメージの唯もこうして楽しめば無邪気な高校生である。大和は唯を微笑ましく見ていた。
そして神社を出るとは唯の巾着を大和が持ち2人は手を繋いでゴッドロックカフェまでの帰路に就いたのだ。この時唯が空いた手でヨーヨーをポンポン跳ねさせながら歩くのが大和には新鮮に映った。
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