第十一楽曲 第一節
ステージのない路上ライブ。路上とは言え、多くの法令が絡むため実際に路上で演奏できる場所は少なく、公共の広場やその敷地内の通路で演奏できることが多数だ。そしてステージがないため、持ち込まなくてはならない機材は多い。
8月最初の日。午前中から大和のハイエースに機材を積み込むダイヤモンドハーレムのメンバー。ドラムセットとアンプとスピーカーとマイクを集約するPA機器が重労働か。メンバーは大和と一緒に汗を掻きながら作業を済ませた。大和は眠そうだ。
「へへん、ライブ、ライブ」
助手席でご機嫌な顔を覗かせるのは古都だ。ハンドルを握るのは大和で一時間近くかかる道のりを後部座席のメンバー3人とともに移動中である。
「ライブって言ってもステージはないし、商業ライブでもないから」
「もう……テンション上がってんのに、そんなつれないこと言わないの」
ふんだんに膨れた表情を作ろうとする古都であるが、その表情は作り切れず、これからの演奏に向けて顔が締まらない。
「て言うか、路上ライブって勝手にやってるもんだと思ってたけど、許可いるんだね?」
「そりゃまぁ。中には駅前や区役所前の広場で夜に勝手にやってる人達もいるけど、警察から怒られるし」
「ふーん。お金は掛からないけどただってわけじゃないんだね」
「今回は金がかからない場所を杏里が押さえてくれたんだよ」
「そうだったんだ。杏里さんはこういう手続きに慣れてるの?」
「あぁ、うん。前は僕らのバンドの手伝いしてくれたし」
「そっかぁ」
古都はその杏里がなぜ自分達に協力的なのか疑問を抱いたが、その質問を飲み込んだ。前日に大和からの質問に対する回答を濁した杏里を思い浮かべて、恐らく大和に聞いてもはっきりとした答えは返ってこないだろうと思ったのだ。
「大和さんも路上ライブやってたんだね?」
「うん。高校を卒業してすぐの頃からだったかな」
「へぇ。どうだった?」
「なかなか立ち止まって聴いてくれる人いないね」
「むむ。それでもやらなきゃいけないよね」
前方を見据えて運転をする大和は表情を変えないながらも、古都のやる気が微笑ましく、そして頼もしく感じた。するとふと思い出したように大和は言う。
「そう言えば、ツイッターで告知してたね」
「あぁ、うん。ホームページでも告知してくれてたから。けどまだフォロワー数少ないからな……」
「学校の友達は?」
「プライベートのアカウントでは告知していないし、個人的に教えた友達もいない」
「ふーん」
「せめて学園祭までは友達に頼らずに自分達でなんとか知名度を上げたくて。メンバーもみんな同じ意見」
「なるほどね。感心だ」
大和に褒められて満足そうな笑みを浮かべる古都。しかし大和はそうは言ったものの、初ライブから学園祭まではゼロからのスタートであり、なかなか厳しい活動になるなと思った。だからと言って自分の名前を前面に出すつもりはないのだが。それでもこれで結果を得ればいいスタートダッシュになるとも思っている。
途中、昼食を取り、到着したこの日のライブ会場。青空の下、機材を下す大和とメンバー。真夏の日差しは強く、比較的気温が上がりやすい地域性のためその暑さは容赦ない。
「PAは希のドラムセットの脇に置いて」
この場所での演奏の経験のある大和は自身も機材を運びながら慣れた様子でメンバーに指示を出す。電源も持ち込んで確保しており、その手際は良い。前面に立て掛けたブラックのウェルカムボードにはメンバー手書きで『ダイヤモンドハーレム』と書かれている。
ベースアンプは比較的大きく背が高く、そのベースアンプを据えた唯を見て大和が声を掛ける。
「思ったより緊張してないね」
「あぁ、はい。暑さでそれどころじゃなくて」
「ははは。確かに」
「けど、今のところはなので、演奏が始まったらどうなるか……」
「なるようになるさ」
唯が不安そうな顔を覗かせるので大和は気軽に返事をした。
そしてセッティングが終わり、音合わせをして音量の調節も完了した。そこで大和はメンバーに向かって言った。
「じゃぁ、僕は地下のコインパークに停めた車で寝てくるから」
「は!?」
ずっとここにいるものだと思っていた古都は驚いて声を張る。大和は削られた睡眠時間をなんとか取り戻そうと思っているのだから、なぜ当たり前の意見にこんな反応をするのか解せない。
「いやさ、僕の睡眠じ――」
「大和さん!」
その声は後方から聞こえた。声の主は希だ。古都に説明をしようと思っていた大和はドラムセットから離れた希の接近に気づいておらず、一瞬ビクッとなった。
「な、なに?」
「ここにいないならお兄ちゃんに大和さんから悪戯されたってデマ流すよ?」
「……」
言葉を失う大和。希ははっきりデマだと言った。しかし勝を思い浮かべると、希にそんなことを言われてデマの方を信じないわけがない。と言うか、間違いなく希は勝にだけデマとは言わない。勝なら本気で包丁を持って追いかけて来そうだ。
「僕の睡眠時間……」
「じゃぁ、せめて今日だけは付き合って」
「今日だけ?」
希の要望の意図が今一掴めない大和。その怪訝な表情に希が説明を始めた。
「ホームページやブログに載せるための動画を撮ってほしい」
「あぁ、なるほど。それなら了解。今日だけでいいんだよね?」
「ううん。毎日」
「……」
話が違う。たったの数秒前と。大和は唖然とした。希はあまり表情が変わらないので、本気で言っているのか冗談で言っているのかの判断もできない。脇で古都が盛り上がって、大和と希の掛け合いをはやし立てているがとりあえずそれは無視だ。
「毎日はちょっと……僕にとって過酷じゃない?」
「じゃぁ、毎日のブログの更新に動画がアップできない」
引くつもりがない希。そもそも毎日路上ライブの演奏風景をアップしたところで代わり映えもないだろうに、と大和は思う。そこで妥協案を提案した。
「週に1回は?」
「2日に1回」
「週に1回」
「じゃぁ、3日に1回」
「週に2回」
「わかった。それで納得する」
そう言うと希はちょこちょこと歩きドラムセットに戻った。希が納得してくれたようで大和は胸を撫で下ろす。隣でギターを肩から提げた古都が満面の笑みで大和を見ていた。
「じゃぁ、今日は動画よろしくね」
「はいはい。とりあえず今日はデジカメ持って来てないからスマホのカメラでいいよね?」
「それしかないなら仕方ないね」
そういうと古都はセンターのマイクの前に立った。大和は動画を撮影しようとメンバーから離れようとしたのだが……
「あの、大和さん……」
唯に呼び止められた。大和は「ん?」と言って唯を向くが、唯は何やらモジモジしていて言いづらそうだ。
「いえ、何でもないです」
結局言うことを止めた唯。彼女は気を取り直してベースを構えたのだが、クスクス笑っていた美和が言う。
「ちゃんと言ってあげなよ? 唯」
「あわわわわ……」
若干パニックになる唯。大和と古都だけが怪訝な表情を見せる。美和は相変わらず笑っていて、希は我関せずと言った感じである。そして唯が言いづらそうにしながらも口を開いた。
「杏里さんが組んだ予定は……基本週5回の路上ライブだから、のんちゃんが言った3日に1回よりも……えっと、大和さんが言った週に2回の方が、頻度が高いかと……」
「あ……」
大和は自身の大ボケに気づいたようだ。そのまま視線を希に向けるが希は相変わらず我関せずと言った感じで、演奏の開始を待っている。それに頭を抱える大和。
大和は悟った。希は勉強嫌いのくせに自分に都合のいい計算だけは早い。横ではこの数字に気づいた古都まで笑い出す。悔しいが、大和は自分で言ってしまったことだ。どうすることもできまい。大和は撮影のため渋々メンバーから距離を取った。
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