第十楽曲 第七節

 花火大会当日。夕方から大和の部屋に集まったメンバー。響輝も呼ばれて一緒にいる。浴衣の着付けができる杏里はその役目を済ませると、自身も浴衣に着替えて地元の友達とこの花火大会を約束しているということで出て行った。


「なぁ、何なんだ? これ……」

「デート」


 大和の質問に短くそれだけ返す希。2人は今、花火大会で賑わう街中を歩いている。車道が閉鎖されて人で賑わう通りだ。浴衣姿の見物客も多数見える。


「いやさ、だからってこれ……」


 大和が怪訝な表情で右手を顔の前まで上げると一緒に希の左手も付いてくる。その時希の浴衣の袖が肘まで下りて、すらっとした腕を覗かせる。希は歩く度、アスファルトで下駄を鳴らす。


「不満なの?」

「そうじゃないけど」


 大和はGパンにTシャツというラフな格好であるが、希は藍色に白の柄が入った浴衣を着ている。髪は結っていてもその小さな顔が大きく見えることはない。それどころか可愛らしい髪飾りが幼顔の彼女の魅力をより引き立てる。


「みんなで話し合って決めたの」

「いや、聞いてるけど、だからってさぁ」

「30分ずつ公平に大和さんと花火大会デートをするって」


 大和の戸惑いは希と繋がれた手だ。小さな希の柔らかい手の感触に、大和の肩に力が入る。そうは言っても一度冷静になると、この小さな手でいつもドラムスティックを握っているのかと感慨深くもなる。柔らかな手の中に硬い肉刺も少しばかり感じる。


 前日、大和の部屋での花火見物が決まってすぐ、30分ずつ交代で大和とデートをすることで盛り上がったメンバー。デートなのだから手を繋いで歩くことは当たり前だという古都の主張を真に受け、大和と希は今この状態である。当初大和は手を繋ぐ必要まであるのかと難色を示した。


「人混みを女子が浴衣で歩くのになんて薄情な!」


 この古都の言葉で大和は不満を引っ込めた。それでもいざ始まってみるとやはり戸惑いがぶり返すのである。

 花火大会は19時からの2時間。大和と希のデートは18時45分スタートだ。つまり希が1番手である。


「なんか食べる?」


 いつもより距離が近いので口数の少ない希と歩いていると間が持たない大和は、周囲の屋台を見回しながら問う。


「じゃぁ、りんご飴」

「わかった」


 希の視線の先にりんご飴の屋台があったので大和は真っ直ぐそこへ向かった。そしてりんご飴を買うと希に渡した。その時に希の巾着は大和が持つことにした。


「河川敷の方まで行って見るか?」

「うーん、向こうはもっと人が多そうだし」

「じゃぁ、そこに座るか」

「そうする」


 大和が言った「そこ」とはデパートの前の広場だ。テーブルや椅子が置かれていて落ち着ける場所になっていた。


「近いな」

「不満?」

「いや、不満はない」


 そう、不満はない。こんな美少女とデートをしているのから。ただ戸惑っているだけだ。

 大和と希が腰を据えたのは4人掛けのボックス席だが、対面の2席はすでに他のカップルが座っている。相席を申し出て2人は隣同士に座ったのだが、希は一向に手を離さず、それどころか肩を寄せている。


「こんなの勝さんには見せられないな」

「お兄ちゃんを何だと思ってるの」

「シスコン」

「それは正解」

「もしかして希に対して恋愛感情まで持ってたりとか……」

「それはどうだろ?」


 表情が変わらない希は素っ気無く言うとりんご飴を舐める。大和はその時の希の舌と唇に一瞬見惚れてしまって、自己嫌悪に陥る。


「もしお兄ちゃんの方がそうだとしても、私にそのつもりはない」

「そっか」

「血は繋がってなくてもやっぱり私達は兄妹だから」

「なるほどな」


 妹系のラブコメの世界とは違うのだなと納得する大和。薄暗い時間帯のこの場所で、屋台の提灯に照らされた希の横顔を見ながらそう思う。

 すると、甲高い音が鼓膜に響き、次に下っ腹に響く爆発音が轟いたかと思うと、空がぱっと明るくなった。途端に周囲の見物客の歓声が上がる。


「始まったな」

「うん。綺麗」


 空には無数の打ち上げ花火が花を咲かせ、提灯に照らされていた希の横顔は、変わって正面からの花火に色づけされた。花火を見ながらもチラチラと希の顔を盗み見するように目を動かす大和。


 少しばかり花火を見上げた後、そろそろ時間かと思い大和と希は歩き出した。無論、希に大和の手を離す気は一切ない。ゴッドロックカフェに向かう2人の背中で華やかな打ち上げ花火が舞い上がる。


「お疲れー! どうだった? 楽しかった?」


 家に入り、ベランダに出るなり希に声を掛けたのは古都で、公平に自分の番もあることが確定している彼女は、嫉妬の心は抱かず微笑ましげだ。それは美和と唯も同様で、希と同様浴衣に身を包んだ3人は大和と手を繋いだ希を快く迎え入れる。


「とっても楽しかった。人生で一番の夏だよ」


 これは希の本心で普段の仏頂面と打って変わって口角が上がっている。その幼気な希を見てこんな表情もするのかと大和は感心していた。


「はぁ……。初めてお前をコロしたいと思ったよ」

「ちょ、なんてこと」


 大和に嫌味を吐いたのは響輝で、彼だけがこの場で嫉妬心を抱いている。もちろん大和に対してだ。とは言え、大和がいない間は女子達とそれなりに楽しんでいた響輝なので、これ以上の嫌味は言わない。そんな2人に構うことなく古都が大和の手を握る。


「次は私の番。行こう?」

「あ、うん……」


 腕に擦り寄るように大和を見上げた古都に、大和は不覚にも心臓を高鳴らせるが、一度古都とはこうして歩いたことがある。その時は古都が大和の腕を取っていたのだが。

 古都なら慣れているかと油断していた大和だが、桃色の淡い柄の浴衣に身を包んだ古都は煌びやかで思わず溜息が出るほど可憐だ。結った髪型も似合っていて、美少女はどんな髪型をしても似合うのだなと大和は染々思う。


 そして交通規制が敷かれた街に降り立った大和と古都。古都からの要望で2人は真っ直ぐ河川敷の堤防に向かった。


「すごーい」


 大和の手を握りながら真上に上がる花火を見上げて感嘆の声を上げる古都。辺りはすっかり暗くなったが、首を反らした古都の表情が花火に照らされ神秘的だ。心なしか古都の手を握る大和の手が力む。


「わぁ、今の大きい」


 人で混雑している堤防とその先の川の間にある公園から花火は打ち上げられていて、堤防の斜面はブルーシートや茣蓙を敷いた見物客で埋まっている。大和と古都は落ち着ける場所がなく、堤防の一番高い場所で立って見ていた。この場所は花火の開花とほぼ同時にその爆発音が轟く。あまり音の方が遅れるという印象がない。


「わぁ、連発。綺麗」


 無邪気に感想を言う古都の声を右耳に感じながら古都と同じ風景を見ている大和。右手に感じる古都の左手の指先は心なしか硬い。


「頑張ってんだな」

「え?」


 思わず大和の口から自然に出た言葉で、花火に向いていた古都が大和を見上げる。大和は花火を見据えたまま、ギュッギュッと古都の手を2回少しだけ強く握ると言った。


「ギターの練習」

「そりゃまぁ。私だけ楽器そのものが初心者だからメンバーに迷惑掛けられないし」

「感心、感心」


 大和に擦り寄って立っていた古都は大和の心温まる言葉で彼の肩に頭を預けた。嫌がられる懸念もあった古都だが、大和に嫌悪感はないようで安堵する。


「大和さん……」


 一度大和の肩から離れた古都は大和を正面に見据えて目を潤ませる。しかし手だけは離さない。そして静かに目を閉じ、顎を少しだけ突き出した。期待を胸にその時を待つ古都。


「うえっ」


 目を閉じていた古都の左腕が引っ張られる。驚いて目を開けると大和が背を向け、歩き出していたので、慌ててそれに歩を合わせる。


「時間だ。行くよ」

「うぇーん」


 古都は残念な気持ちを胸に大和に手を引かれてゴッドロックカフェへの帰路に就いた。

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