第十楽曲 第六節
大和から渡されたリストのライブハウスを全店回り終わったダイヤモンドハーレムのメンバーは日曜日のこの日、ゴッドロックカフェに集まった。店が定休日の夕方である。
「どうだった?」
「全然ダメ。地元のバンドが優先だって」
「そっかぁ。こっちも同じこと言われたなぁ」
円卓を囲んで答えた美和の返事に落胆を示す古都。この日メンバーは昨日までに回った都市部を避け、県内で言うところの地方に足を運んでいたのだ。
するとそこへ部屋着姿の大和がやって来た。
「どうしたの? 暗い顔をして」
「大和さん」
古都が顔を上げると、ブッキングの依頼に行って来たものの成果が芳しくないことを大和に話した。この時、途中何度か美和と話し手を変わり説明した。
「まぁ、しょうがないよ。最初はそんなもんだって」
「学園祭に間に合わないよ……」
「まぁ、今後はライブハウスのホームページからもお願いを続けるしかないね」
古都がしょんぼりとするので大和が励ましの声を掛けた。メンバー一様に落胆を隠せない。
「まぁ、落ち込んでてもしょうがないし、明日から集中練習をしよう」
気を入れ替えた古都が元気に言うと、メンバーも顔を上げた。それを見て古都は続けた。
「昼間にバイト入れてる子いないよね?」
「大丈夫。いつものルーティーン」
美和がそう答えると、唯と希も肯定した。そして、明日からゴッドックカフェで昼間から自主練習をすることが決まった。すると大和が口を開いた。
「なぁ、前から思ってたんだけど、週3回の固定シフトをよく誰のバイト先も認めてくれるな」
「あぁ、私はそのシフトでなきゃバイトをしませんって面接の時に言ったから」
『私も』
古都に続いて皆同じことを口にする。面接の日なり、出勤初日なりにそのように申し出た意見がメンバー全員通っているようだ。
「みんな容姿がいいから責任者に気に入られてて辞められたくないんだよ」
そんなことを屈託なく笑って言う古都。大和は内心苦笑いだ。容姿がいいことはある程度の我儘が通るのかと呆れてしまっていた。
すると裏からのドアを開けて女がホールまでやってきた。ホールで大和の姿を確認するとその女は言った。
「あ、大和いた。シャワー浴びたいんだけど、バスタオルどこ?」
口をあんぐりと開け、目を見開くダイヤモンドハーレムのメンバー達。なんとこの女、スポーツブラにボクサーパンツ姿である。女はメンバーの姿を捉えるなり大人な笑顔を向ける。
「あぁ、君たち? 大和が面倒見てるガールズバンドって?」
「ちょ、杏里。なんて格好で下りて来るんだよ」
「え? あぁ、これくらい平気よ。建物密集地で屋外階段ちょちょいだから」
密集地だから確かに多くの人の目には触れないが、それでもゼロではない。するとテーブルを勢いよく叩いた音が響いた。
「大和さん! この人誰!? この格好大和さんの部屋に泊まったの!?」
その勢いとともに立ち上がったのは古都で、同時に声を張り上げる。古都は真っ直ぐ女に人差し指を向け、大和と女の豊満な胸を交互に見る。そしてそれに続く、メンバー達。
「ず、随分、深い仲の格好……ですよね?」
「あわわわわ。大和さん……の、彼女、さん……ですか?」
「大和さん、説明して」
なぜこんなに詰め寄るのかと理解できない大和は勢いに気圧されて言葉を失う。すると女が不敵な笑みを浮かべて口を開いた。
「あたしは
「なんですと!」
「昨晩も一緒に寝たわ」
「キー!」
発狂する古都。それに対して余裕の笑みを浮かべる杏里はどこか楽しそうだ。そして頭が真っ白になって固まる他のメンバー。そこへ何をこんなに睨みあっているのだと大和が口を挟む。
「深い仲も何もないだろ」
「そんなつれないこと言わないの」
そう言って薄着の杏里が大和の腕を抱え込む。それに対して一切抵抗を見せないのが大和だ。すかさず古都が声を張る。
「ちょ、近い!」
「あら? ヤキモチ?」
そんなことを言われて腰の横で両手の拳を握り地団太を踏む古都。美和と唯はショックの余りとうとう目を逸らした。ここで一番アホなのはヤキモチの意味が理解できない大和であるが。
「大和さん。その女彼女? ヤったの?」
「……」
ストレートに聞く希に一同唖然とする。大和はなんでそんな発想になるのか理解できず、しかし、メンバーは内心気になっている。
「ぷっ」
突然吹き出して笑ってしまったのは杏里だ。メンバーがどれだけ大和を慕っているのかはっきりと理解した。そうすると余計に意地悪なことを言いたくなるのが杏里である。
「そうよ。明け方まで。激しかったわ」
口をぽかんと開けて固まってしまったメンバー。心なしか唯は涙目だ。しかし大和がすかさずツッコミを入れる。
「そんなわけあるか! 血も繋がってるのに!」
『へ?』
一様に間抜けな声を出したメンバー。杏里はとうとう大和の腕を解き、腹を抱えて笑い出した。それを横目に捉えながら大和が先を続ける。
「僕も杏里もここの前の店主の孫だよ」
「は!? 孫?」
古都が驚きの声を上げるが未だ理解が追い付いていないようなので、大和は説明を加えた。
「僕と杏里は従妹だよ、従妹。僕の父さんの親がここの前の店主で、父さんの妹が杏里の母親なの。だから男女関係なんてあるわけない」
漸く大和と杏里の関係を理解した古都はホッとして重力のまま椅子に腰を落とした。安堵したのは他のメンバーも同じようで徐々に動揺が落ち着いた。しかし一度火が点いた悪戯心を引かないのが柿倉杏里である。
「従妹同士って法律上は結婚できるんだよ?」
「だから何だよ?」
メンバーの目が再びギロッとした。その視線の先は大和と杏里だ。その視線を面白おかしく受け流して更に言葉を続ける杏里。
「つまり倫理的に間違いじゃないってこと」
「は?」
「大学夏休みに入ったからしばらくあたし、大和の部屋にいるね」
「はぁぁぁあ!?」
「ちょっと! 大和さん!」
再び声を張って立ち上がったのは古都で、勢いそのままに大和に詰め寄った。なんともまぁ、賑やかな定休日のゴッドロックカフェである。
ダイヤモンドハーレムは翌日からこのホールで集中練習を開始した。店がある大和は昼過ぎに起きてくるので、自主練習だ。しかしここで活躍したのは朝から起きてホールに居座った杏里である。
演奏はそれほどできるわけではない杏里だが、高校時代クラウディソニックの活動に何かと世話を焼いていた経験から、的確なアドバイスを向ける。まぁ、古都と希は素直に聞くわけがないのだが。いかんせん、杏里を恋敵だと敵視しているのだから。
それでも反抗的ながら、取り入れることをするのが古都と希である。ただ素直ではないだけだ。
そんなこんなで1週間ほどが経った土曜日の夕方。ダイヤモンドハーレムのメンバーと大和は練習後、ホールの円卓を囲んでいた。杏里は友達と飲み会だと言ってこの時は不在だ。
「全然ブッキングのオファー来ないね……」
肩を落とした様子の唯が言う。唯の言葉のとおりブッキングの依頼は未だ1件も来ていない。メールや各ライブハウスの問い合わせフォームを使ってアピールのメッセージを送っているが、効果の程はない。メンバー皆、一様に表情が沈んでいる。そんな様子を見て励まそうと思った大和が提案した。
「明日、花火大会行くんだろ?」
「うん。4人で集まるつもり」
これには古都が答えた。古都は沈んだ様子が一番感じられないが、そうかと言って内心満足しているわけではない。
「僕の部屋のベランダ……つまり、店の屋上から花火が綺麗に見れるんだけど、そこに集まるか?」
「え? そうなの? いいの?」
声を弾ませた古都。他のメンバーも興味を示し、顔を上げる。
周囲に高い建物も数々あるゴッドロックカフェであるが、花火が打ち上げられる河川敷までは幸いにも直線上にそれほど高い建物がなく、視界を遮らず2階のベランダから花火が綺麗に見える。花火観覧の場所提供の提案であった。
これには全会一致の即決で乗ったメンバー。早速明日の予定を話し合い始めたので、その明るい雰囲気に大和は安心して、その場を離れると開店準備に取り掛かった。
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