第十楽曲 第三節
撮影会が終わると午後からダイヤモンドハーレムのメンバーは、自分たちのデモCDを手に二手に分かれてライブハウスを回り始めた。そのうち美和と希のペアは県内政令指定都市にある1軒目のライブハウスに到着した。
「こんにちはー。ブッキングのお願いに来ました」
「ん? あぁ、そこ置いといて」
1坪ほどの狭いチケットブースにいた店主は美和の声に一瞬顔を上げたが、ブース内のパソコンに目を戻し素っ気なく言う。事務仕事に戻ったようだ。
「ダイヤモンドハーレムって言います。よろしくお願いします」
「ん、了解」
もっと色々と会話ができるのかと思っていた美和だが、拍子抜けだ。とりあえずCDをチケットブースのカウンターに置いて、希を連れて店の外に出た。
「あんまり興味持ってくれなかったね」
「そうね」
「もうちょっと愛想良くしてくれても良かったのにな」
「それに関して私は人のことを言えないから」
「……」
確かに、と思う美和。
2人が次に回るライブハウスは同じ最寄り駅のエリアにあるため、このまま徒歩で移動した。
美和と希が1分も滞在しなかったライブハウスで、その2人が店を後にしてすぐこの店の店主本間はふと思い出して顔を上げた。
「ん? ダイヤモンドハーレム? どっかで聞いたことあるな……」
本間はチケットブースに置かれたCDを手に取ると、ケースを開けた。
「ダイヤモンドハーレム……。KOTO……」
未だピンと来ない本間。手元のパソコンでケースに記載されたURLを打ち込む。すると出てきた4人組のガールズバンド。そこには躍動感溢れる演奏の画像が並べられている。大和は既にホームページの画像を更新しているのだから仕事が早い。それでも未だすっきりしない本間は古都のプロフィールを確認した。
「あぁ! 思い出した! 大和が連れてた子か!」
チケットブースに本間の大きな独り言が響く。プロフィール画像には各メンバー1枚だけ、楽器を手にした状態ながらも顔がしっかりわかる全身写真も載せてある。それで先月大和が連れた女子の参加バンドだと気づいたのだ。
「やっぱりそうだ。大和の店のリンクが貼ってある」
ゴッドロックカフェのリンクにも気づき、大和がプロデュースしているガールズバンドであることも思い出した本間。次にメンバープロフィールのページに目を戻し、CDをケースから取り出した。
「全員高1か。若けぇな」
本間は1コーラスだけのホームページ上の楽曲には目もくれず、持ち込まれたCDを再生させた。
美和と希が次に訪れた店はキャパシティ200人ほどのライブハウス。前室とホールを繋ぐ扉が開いている。この日は夏休み初日の金曜日で、ステージ上では夕方から開演のライブに備えてスタッフや出演バンドのメンバーが慌しく動いていた。
美和と希はこれがライブハウスの雰囲気かと空気に耽っていた。するとチケットブースから声を掛けられた。
「すいません、まだ開場前なんです」
声を掛けてきたのはこのライブハウスのアルバイトのブッキングマネージャーだ。20代前半くらいの男で、パンク系のロゴがプリントされたTシャツを着ていてスタッフプレートを首から提げている。
「あ、違うんです。ブッキングのお願いに来ました。えっと、こんにちは」
美和が慌ててチケットブースに目を戻すと手に持っていたCDを差し出した。目的を理解したブッキングマネージャーはCDを受け取りながら言う。
「あぁ、そういうこと。バンドのホームページとかないの?」
「あります。ケースの内側に書いてあります。私達ダイヤモンドハーレムって言います」
「ふーん。それなら別にメールでも良かったのに」
「はい。それも思ったんですけど、私達これからステージ活動を目指すので、ご挨拶も兼ねて」
ブッキングマネージャーは受け取ったCDから顔を上げ、美和と希を見た。2人の顔をしっかりと見るのは初めてだ。途端に話し方と表情が薄ら笑いに変わるブッキングマネージャー。
「あぁ、アイドル系バンド?」
「え?」
「最近ちょくちょく増えてるよね。ステージではCD流して、実際の演奏は極端に音を絞って、技術の低さを誤魔化すような容姿で人気を稼ぐ中高生のガールズバンド。おかげでアイドルの劇場みたいなオタ系の客がうちみたいなライブハウスにも寄り付くようになって」
「ちょ――」
カウンター越しに詰め寄ろうとした希の手をすかさず美和が握る。痛くない程度に強く握られて希は思わず美和を向いた。心なしか美和の手が震えている。そんな2人の様子に気づくことなくブッキングマネージャーは嫌味な言い方と表情を変えず続ける。
「まぁ、うちも極偶にだけどローカルアイドルのステージは受け入れてるから、その時に空きがあったら連絡するわ」
そう言うとブッキングマネージャーはデスクに無造作にCDを置いて、手元の作業に戻った。それを確認して希の手を握っていた美和は、そのまま希の手を引いてライブハウスの外に出た。
「美和!」
外に出るなり美和の手を離すと、強い口調で美和の名前を口にする希。美和は希に目を向けない。希はその場に立ち止まり、それに合わせて立ち止まった美和に問う。
「私たちってアイドルなの?」
「違うよ。ガールズロックバンドだよ」
「じゃぁ、なんでさっき否定しなかった?」
「あの場で否定したところでたぶん興味は持ってもらえないよ」
奥歯を噛む希。美和は希に顔を向けず若干俯いている。
「美和は悔しくなかったの?」
「悔しくないわけないじゃん。大和さんが作った曲はもちろん、私が作った曲も古都が作った曲も自信作だよ。持ち込んだんだからその場で聴いて欲しかったよ」
「じゃぁ、なんでそう言わない?」
「だからあの場で言ったところで興味を持ってもらえないと思ったから」
「そんなの――」
「わかるよ!」
大きな声ではないが少し強い口調で希の言葉を遮った美和。希が話を止めたので、美和はそのまま先を続ける。
「私達はまだ小さなステージすら実績がない無名バンドなの。どうにかして実績を積んで音楽とその演奏とパフォーマンスで見返すしかないんだよ」
バッグを持つ手をギュッと握る希。興味を持ってもらえない。だからこそ聴いてくれと言いたい。けどそれでも興味を持ってもらえないのはわかる。だから結局聴いてもらえるのかの自信は持てない。その葛藤が続く。
「次行こう? 今出来ることは地道に顔を出して、まずは顔と名前を覚えてもらうことだけだよ?」
「わかった……」
希は無理矢理自分を納得させ、ゆっくりと足を前に出すと美和の隣に並んだ。それに合わせて美和も歩き出し、2人は次のライブハウスへと向かった。
一方、古都と唯も県内の政令指定都市にいた。美和と希とは一線を引いてエリアを分け、自分達が担当するライブハウスを回っている。2組ともこの街の繁華街にいるのだが、この地区にあるライブハウスは数十件に上る。
こちらも経過はそれほど思わしくなく、行く先々でCDは受け取ってもらえるものの、興味を持ってもらえるには至っていなかった。
「地元ですらまだ無名だと大変だね……」
「しょうがないよ。こっからこっから」
唯のしょんぼりとした様子を古都が前向きな声で励ます。すると唯が疑問を口にしたのだが、これは彼女が元々ぼんやりと抱いていた疑問だ。
「ホームページにもCDにも大和さんが私たちをプロデュースしてること書いてないよね?」
「ん? そうだけど、それがどうしたの?」
歩を止めずに古都が怪訝な表情を唯に向けるので、唯はその先を続ける。
「商品音源ではないとは言え、作詞作曲編曲が誰かの表記もないし」
「そうだね」
「大和さんって自分がプロデュースしてること隠してるのかな?」
「うーん。どうだろうね」
未だに唯の疑問の核心が掴めない古都から怪訝な表情が消えない。それを察してか唯は更に先を続ける。
「大和さんってメジャーデビューを目前にして県内では有名なバンドマンだったんでしょ?」
「そうだよ」
「大和さんの名前出したら、興味持ってくれるんじゃないかと思って」
「あぁ、そういうこと」
やっと唯の言葉の意図が掴めた古都はすっきりした表情をした。つまり唯は大和のネームバリューによるコネを期待しているのだ。しかしそれに消極的なのは古都だ。
「大和さんがどういう意図で名前を出してないかはわからないけど、私達が自分達の足と音楽を使ってステージに上がることが大事なんじゃない?」
「そ、そうだよね」
正論を突かれて慌てて同意する唯。それでも大和の名前を使った方が効率的だという考えがまだ消えない唯はまた新たな疑問が浮かぶ。
「美和ちゃんとのんちゃんは大和さんの名前出してないのかな?」
「出してないと思うよ」
「え?」
古都が即答で否定したことが唯にとっては意外であった。すると古都がその根拠を示す。
「だってグループラインに前向きな連絡入ってないし。それにのんはあぁ見えてプライドは高いし頑固だから自分達だけでなんとかしたいと思ってると思うよ。美和はよく周りが見えてるから大和さんの名前が書かれてないことやのんの気持ちに気づいてると思うし」
それに納得した唯は明るい表情を浮かべた。そして彼女自身自分達でなんとかしようと前向きになった。
「とは言え、店のリンクは貼ってるからちゃっかりしてるよ、大和さん」
最後にそう言ってクスクスと笑う古都。唯もそれにつられて笑った。
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