第十楽曲 第二節

 この日朝から撮影会のためにゴッドロックカフェに集まった大和がプロデュースする4人の軽音女子。撮影の目的はバンドのホームページを飾るためのものである。皆一様に普段はしない化粧を薄く施しているが、そもそも普段がすっぴんで容姿が整っているのだから大したものである。


「どうやって進めるの?」


 まだ4人はホールに集まったばかりで、手荷物は客席に置いた状態の所謂手ぶらである。控え目に唯が質問をすると古都が張り切って答える。


「やっぱり演奏してる状態がいいけど、実際に弾いてた方が躍動感出るよね」

「それだと、1人撮影に回るから1パート欠員は出るよね?」

「そうだね。まぁ、しょうがないよね……」


 すると2人の様子を見守っていた希が口を開いた。


「私が音響からCD流そうか?」

「あ、それいいね! その音に合わせて演奏すればいいんだ」


 同調したのは美和である。レコーディングで機器の操作は多少覚えている希の得意分野となりそうだ。とは言っても、大和は音響まで勝手に触っていいとは言っていないのだが。まぁ、壊さなければこれくらいのことで大和が意に介すこともない。


「よし! じゃぁ、進め方はそれで決定」


 古都が元気良く言うと各々メンバーは所定の楽器の準備に取り掛かった。


 古都はカラーのミニスカートにフレアの付いたノースリーブのブラウスを着ている。つぶらな瞳は健在で、元々長い睫毛が化粧によって自己主張を強めている。綺麗なミディアムヘアーは真っ直ぐに下ろしていた。

 美和はカラーのショートパンツに体のラインがわかる半袖シャツだ。ショートパンツから伸びる生足は艶めかしく、色気を感じる。ショートカットの髪をヘアピンで留めていて、薄く施した化粧が映えている。それがきりっとした目と相まって大人の魅力を感じる。

 唯はキュロットスカートにシャツを着ているが、柄が落ち着いていて清楚だ。長い黒髪はハーフアップにしていて、程よい広さの額を露に、薄い化粧が彼女の清潔感を際立たせる。


「じゃぁ、私は音響の準備してくる。まずは3人の演奏ね。写真も私が撮るわ」

「よろしく~」


 古都の返事を背中で聞いて音響コーナーに身を入れた希は、膝上の丈のスカートに半袖のブラウスを着ている。薄く塗ったファンデーションとリップが幼い希をほんの少しだけ大人に近づける。セミロングの髪はふたつ結びにして背中に流していた。


『準備いい?』

『はい』


 希が音響コーナーからマイクを使ってステージ上の3人に問い掛けると、3人もまたマイクを使って揃って返事をした。ステージ上の3人はそれぞれ弦楽器を肩から提げている。楽器の音はアンプから直接流すので、希の操作はCDの再生とその音量調節と3人が拾うマイクの調整だけだ。


 一通りボリューム摘みが標準値にあることを確認して、希はレコーディングから上がってきたばかりのCDを再生させた。

 するとスピーカーからCDの音が流れ、ステージ上の3人は各々入れるタイミングで演奏を始めた。またイントロが終わるとコーラスも含めて3人は唄も歌い始めた。


 希は音量調節を済ませるとホールに出て、円卓の上に置いてあった一眼レフのカメラを構える。これは希が自宅から持って来たカメラだ。そのカメラを使って次々にメンバーの演奏を写真に収めた。


 やがて1曲目が終わると一度カメラを下げた希が言った。ステージ前にいるので肉声だ。


「このまま2曲目流すから続けて」

『はい』


 マイクを通して揃って返事をするステージ上の3人。大和からの普段の指導でこの畏まった返事が癖になっている。

 今度はステージに上がるなどしてメンバーを写真に収める希。手元や口元や表情など躍動感溢れるメンバーの顔や姿が次々と写真に納まっていく。


 そして2曲目の演奏が終わると希は古都の横に立った。


「このまま3曲目を流すから、撮影代わって」

「任せろぃ」


 古都は肩からギターを下ろすと希からカメラを受け取る。ゴッドロックカフェのドラムセットはボーカルとベースの間の後方にある。ワンバスのドラムセットを正面とした時、ドラマーはスネアドラムの位置の関係で上手側にやや体を捻る。つまり、このステージでは古都を真っ直ぐ見る位置になるため、古都を外すと一番写真が撮りやすい。


 やがて曲は3曲目に移行し、希、美和、唯は各々入れるタイミングで演奏を始めた。古都の生歌はないが、ボーカルはCDから流れている。唯と美和はしっかりコーラスもしていた。

 古都はカメラを構えてまだ写真に納まっていない希を中心にシャッターを切った。古都はドラムセットをぐるぐる回るので、ドラムの破壊音にシャッターの音が一切聞こえないが、フラッシュの光で撮影を確認しながら進めた。またステージ上の照明はかなり明るくしており、誰しもが決め細やかに写真に納まっていた。


 このまま4曲目まで流し終わった後、一旦音を止め撮影を中断した。楽器をステージに置いたメンバーはホールの円卓を囲う。すると希が音響コーナーからノートパソコンを引き抜いて持って来た。


「とりあえず、個人の写真は今から選別しよう。それが終わってから大和さんを起こしに行こう」


 そう言いながらマウスを操作して画像を表示させる希。


「わぁ、綺麗に撮れてる」

「そりゃ、手ブレ補正あるからね」


 古都の感嘆の声に素っ気無く返す希であるが、実際デスクトップに表示された画像はどれも鮮明にメンバーを写していた。それを見ながらふと美和が疑問を口にする。


「よくこんないいカメラ持ってたね?」

「お兄ちゃんの」

「借りてきたんだ?」

「違う。私を撮るためだけの物だから勝手に持って来た」

「……」


 希の説明に対して思わず疑問を引っ込めたメンバー。この後、カメラが趣味なの? という質問を用意していたが、あのシスコンの兄にして、被写体が希だけだから察してしまった。


 やがてワイワイと話しながら個人の写真を選びを終えたメンバー一同。希はバックヤードにあるサーバーから、ダイヤモンドハーレムのホームページ用のフォルダを発見し、その中にもう1つフォルダを作った。


「画像持ってても重いし、全部この中に入れる」


 そう言うと画像を全てそのフォルダに保存し、また別に作ったフォルダに選別したホームページ用の画像を保存した。


「ツイッター用に画像欲しい人いる?」

「はいはい!」


 元気に手を上げるのは古都で、美和と唯も遠慮がちに手を上げた。そしてそれぞれの欲しい画像を選別し、一旦希のスマートフォンに保存すると、グループラインのアルバムに保存した。


「じゃぁ、大和さん起こしてくる」


 時刻はまだ10時半。大和は就寝中だ。古都が元気良く店の裏口を飛び出した。その間に希は電源コードを外したままのノートパソコンを定位置に戻した。


 やがて寝間着のハーフパンツとTシャツ姿で現れた大和。もちろん古都からの着信攻撃とインターフォンの連打で起きたのだ。その目は眠そうで半分も開いておらず、短い髪はボサボサだ。


「あのな――」

「大和さん、今から全体演奏するから写真撮って。目的はホームページ用の写真の撮り直し。はい、これカメラ」


 強引さは古都の十八番だが、ここで大和の言葉を遮って出てきたのは希で、大和から出る愚痴を聞くのが面倒くさかったのだ。これに古都は満面の笑みで、美和は苦笑い。唯はこの時間帯の予定を発言した手前、恐縮そうだ。そしてブツブツ文句を言いながらもカメラを手にする大和。


「2曲くらいでいい?」


 ステージ上で準備が出来ると、古都がメンバーを見渡して言う。それに対して承諾するメンバー。


 演奏が始まると何だかんだ言っていた大和もやる気になり、夢中でシャッターを切った。服装にメイクにと、整えて来ているメンバーは魅力的で、その空間を独り占めしていることに優越感すらも感じていた。とは言え、子供の学芸会で張り切る父親の方が例えとして近い。


「どう? うまく撮れた?」


 演奏が終わるなりステージを下りて大和に歩み寄る古都。期待に満ちた表情をしている。


「あぁ、ばっちり。今日はみんな一段と可愛いからいい写真が撮れたよ」


 こういうことをサラッと言うから美和はどんどん大和に惹かれるけだし、唯は真っ赤になって照れるのだ。そして希は俄然妄想に耽るし、古都は調子に乗るのだ。


 この後、メンバーと大和で写真を選別し、ホームページの編集は大和に託してメンバーはライブハウス回りのため、ゴッドロックカフェを出た。

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