第十楽曲 第四節
翌日の土曜日も前日と同じエリアを二手に分かれて回るメンバー達。古都と唯はリストに倣って1軒のライブハウスに入った。
「こんにちはー。ダイヤモンドハーレムって言います。ブッキングのお願いに来ました」
チケットブースにいた若い男に古都が愛想良く声を掛けた。するとその男はぶっきら棒に言う。
「あぁ、そこに置いといて下さい」
「あ、はい」
古都は言われたとおりチケットブースのカウンターにCDを置いた。そしてアピールをしようと説明を始めた。
「私達、ガールズロックやってます。メロディアスでロックなサウンドが売りです。このCDに全5曲入ってますし、ホームページにはプロフィー――」
「あのさ」
古都の説明を遮って強い口調になる男。鬱陶しそうな顔を隠さずに古都を見る。それに気圧されて唯が少し怯えた表情を覗かせた。
「後ろ」
男が声と共に古都の背中を指差すと、チケットを握った2人組の若い男が待っていた。
「あ、すいません」
慌ててチケットカウンターの前を空ける古都。古都が慌てた理由はこの2人組みの男が来場客で、チケットもぎりを待つために古都が邪魔だとわかったからだ。
やがてチケットを切ってもらいドリンク代を支払った2人組の男はホールの扉を開けて中に消えた。古都は周りに人がいないことを確認すると説明の続きを始めた。
「ホームページにはプロフィールも載ってますし、まずは是非私達の曲を聴いてほし――」
「あのさ」
またもチケットブースの男から言葉を遮られる古都。男はこの時も古都を睨むように見ている。唯の怯えは増大する。
「夏休み入ったばっかの土曜で今日はもう昼間からステージ始まってるわけですよ。チケット買って入場する気がないなら、そういう話はうちのホームページの問い合わせフォームで済ませてくれないかな?」
そんな冷たい言い方をされてはとぼとぼとその場を後にするしかなく、古都と唯はライブハウスを出た。と言っても落ち込んでいるのは唯だけで、古都は意に介していない。その古都がリストとスマートフォンの地図アプリを見ながら唯を促す。
「よし、次行こう。ここからすぐだ」
「古都ちゃん、凹まないの?」
「ん? あぁ、さっきの反応?」
「うん……」
対照的な表情の2人は肩を並べて次の目的地へ歩を進めた。
「しょうがないよ。て言うか、いちいち凹んでたら私達の足が止まっちゃうし。それにさっきの人は本当に忙しそうだったから、それを引き留めたこっちが怒られるのも理解できるし」
「強いなぁ、古都ちゃんは」
そんな古都が眩しく見える唯は気を取り直して前を向いた。そして2人はやがて次のライブハウスに到着した。
「こんにちはー。ダイヤモンドハーレムって言います。ブッキングのお願いに来ました」
チケットブースにいた男は30代前半くらいで、無精ひげを蓄えていた。無造作にした髪型から整髪料を使用していないことがわかる。無気力そうな目を隠そうともしない男だが、その顔を上げ古都と唯を見た途端に目の色が変わった。
「うおっ、美少女2人。高校生? もしかして中学生とか?」
「高校生です」
この食いつきように警戒感を覚える古都だが、愛想良く答えた。古都の隣で唯は若干引いている。男はバインダーに挟まれたブッキングリストをパラパラ捲りながら問い掛けた。
「いつ出たいとかある?」
「え? 出させてくれるんですか?」
「もちろん」
「でもまだ曲聴いてないですよね?」
「君達可愛いから特別大サービス」
「わぁ、ありがとうございます」
弾んだ声で礼を返す古都だが、男のナンパな感じに嫌悪感を抱いていて心中まで弾んではいない。チャンスではあるので、調子を合わせているに過ぎない。
「週末の夜って言ったらさすがにおこがましいですよね?」
間違いなくおこがましい。このライブハウスは市内で中堅どころの箱だが、名の売れたライブハウスの場合だと、週末と言ったらメジャーアーティストだって出演するくらいだ。しかし男の口から出た言葉は……
「うーん、いいけど……」
「本当ですか!?」
これにはさすがに心から声を弾ませた古都。その隣の唯も驚いて目を丸くしている。しかし、話がうまく進みすぎだと警戒する唯。今まで散々苦労したのになぜ? と思う。
「いいんだけど、その後打ち上げ出られる?」
「え? 私達高校生なんで、お酒は飲めないです」
「まぁ、酒はいいよ」
「22時には上がりでもいいですか?」
「は? そんなのいいわけないじゃん」
「え?」
男の真っ向からの否定で古都と唯の頭に疑問符が浮かぶ。すると男からの次の言葉で古都と唯は自分達が舐められているのだと理解する。
「どうせ君達、まともな演奏できないでしょ? それを俺の配慮で週末のステージにブッキングしてやるって言ってんの」
「演奏ならできますよ!」
いくら歴3ヶ月とは言え、必死で個人練習を重ね、大和の指導を受けて、そして自信を持って曲を作ったのだ。このプライドは古都のみならず、唯もその表情に覗かせる。
「その日はライブ後オールでパーティーしようよ? いいクラブ知ってんだよ。俺、店に顔利くから歳も誤魔化して入れるし」
古都の言葉を受け流す男の意図を古都は悟った。中堅どころで県内ではそれなりに名の通ったライブハウスだと思っていたのに残念だ。古都は男の意図をストレートに発した。
「ナンパですか?」
「は? 当たり前じゃん。君達みたいな無名アーティストは週末どころか実績もなしに平日だって難しいでしょ? こうやってブッキングのお願いに回ってるってことは交流バンドもいないんじゃない? それを俺の職権で週末にブッキングしてやるって言ってんだよ。最近のJKなんて遊び慣れてんだろ? なんならその後、ホテルで1泊しようぜ?」
完全に引いてしまったのは唯だ。古都は呆れて溜息を吐く。
「私達遊びで音楽やってないんで」
「本気なの? じゃぁ、どれくらい演奏できんだよ?」
「CD聴いてもらえばわかりますよ」
「どうせうまいやつに演奏してもらった音源だろ? 股でも開いてお願いしたか?」
――カッチーン!
「もういいです」
「なんだよ、このくらいでつれねぇなぁ。最近のガキは我慢が足りなくて嫌になるね」
「そんな言うんだったら実力で証明してみせますよ!」
「ちょっと、古都ちゃん……」
ここでさすがに口を挟んだ唯。唯が古都の服を引っ張るが古都は見向きもしない。
「は? 何すんだよ?」
「私達の初ステージが決まったら観に来て下さい。絶対盛り上げますから」
「はっはっは。笑わせんな。しかも誰がその盛り上がってるかの判断をするんだよ?」
「ステージ前、埋めます」
「言ったな? ステージ前、ホールの半分だ」
「わかりました」
オロオロし出す唯。頭の中でシュミレーションしてみる。ゴッドロックカフェの常連客達を全員呼んだとしてもせいぜい20人。初ライブで学友を呼べないことは長勢教諭からの条件だ。ゴッドロックカフェのステージを基準にしたって立ち見でせいぜい2、3列。ホールの半分なんて埋まるわけがない。
長勢教諭からの条件よりも厳しい。むしろ初ライブでは絶望的だ。唯は止めようと口を挟みたかったのだが、なんと話が進んでしまった。
「できなかったらどうする?」
「私がヤラせてあげますよ」
唯はこの発言に驚き口をあんぐりと開けてしまった。おかげで止めに入ろうと思っていた考えも綺麗さっぱり消え失せて頭が真っ白だ。
「マジ?」
「えぇ、マジです。泊まりで家を出てきますから一晩中この処女の身体をお好きにどうぞ」
「うほっ。処女かよ。堪んねぇ」
「その代わり、達成できたらこの箱で、無条件で週末にブッキングして下さい」
「よし、わかった。いいだろう。逃げるなよ?」
「そっちこそ」
なんともまぁ、低俗な賭けで勝負が決まってしまった。このライブハウスを出るとすぐに唯が心配そうな顔を向けて言う。
「古都ちゃん、あんな話になっちゃって大丈夫なの?」
「うぉぉぉ! 燃えてきた。絶対私の貞操を守る!」
意に介していない古都はやる気に満ち溢れていた。唯は溜息を吐き、頭を抱えた。
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