第三章
第八楽曲 創作
創作のプロローグは大和が語る
開店してすぐのゴッドロックカフェ。五月最後の火曜日、店内の客は美和と響輝だけだ。2人とも夏が近づいたことを感じさせる装いで、ショートカットの美和はその風貌がより涼しげである。
僕もう半袖Tシャツに仕事着を衣替えした。外の空気を感じない店内は夜の肌寒さも無縁だ。
「中間テストどうだった?」
「あはは。あまり聞かないで欲しいですね」
響輝の質問に笑って誤魔化す美和ではあるが、彼女の成績はそれほど悪くない印象だ。入学最初の実力テストの結果は聞いているからそのように理解している。謙遜するのはこの年代特有のお決まり事であろうか。
「赤点取ったらそのメンバーは追試が終わるまで練習禁止だからな」
「え!? そんな!」
僕が釘を刺すと驚く美和。心当たりは自身のことではないようだが、一抹の不安が過ぎっていることは明白で、表情からそれが顕著に読み取れる。
「当たり前だろ? 高校の部活だってそうじゃん」
「うぅ……」
「誰か不安要素でもいるのか?」
ビールグラスを片手に響輝が問うが、美和の表情は赤点という言葉を聞いてから曇っている。その美和が恐る恐るメンバーの名前を口にする。
「えっと、古都とのんが……」
「マジか……」
思わず落胆する。その2人はイメージどおりだからやるせない。美和の隣で響輝は苦笑いを浮かべてグラスを口に運んでいる。
ダイヤモンドハーレムのメンバーの中で極端に勉強が嫌いで、高校に入学してから楽器の練習ばかりしているのが古都と希である。尤も、そのおかげで2人の演奏技術は驚くほど伸びているのだが。ただ唯のように学業を疎かにせず、楽器の練習にもひた向きなメンバーもいるのだから、少しは見習ってほしい。
「そういうことはテストの前に言ってほしかったですよ」
「言ったぞ? 美和いない時だっけ?」
「そうなんですか?」
「いや。大和は言ったつもりになって言い忘れてることよくあるからな」
「……」
響輝に指摘されるとぐうの音も出ない。事実、一緒にクラウディソニックで活動していた時は、僕が連絡事項をメンバーに伝え忘れて迷惑を掛けたことが何度かあった。だから響輝に指摘されると言ったという自信が薄れてしまう。
カウンター越しに2人と談笑をしていると、ポケットの中のスマートフォンが振るえた。
「あ、ちょっとごめん」
僕はカウンターの中で2人から少し距離を取った。ポケットからスマートフォンを取り出すと、店内のBGMに混じって単純な着信音が響く。表示を見るとそれは電話で、発信者はジャパニカンミュージックの吉成さんだった。
『菱神さん、お世話になっております』
「こちらこそお世話になっております」
『来月発売の新曲、発売前にして反響が凄くいいんですよ』
「そうですか。それは良かったです」
話題は僕が4月に作った提供曲であることがすぐにわかり、なんとも嬉しい知らせだと思う。夏クールのCMのタイアップも決まったと聞いているし、初仕事にして順調なのが怖いとも思うが、それも大手レコード会社のバックアップがあってのことだろう。
その提供曲は僕が
『つきましては、次の楽曲の依頼をさせて頂きたくて』
「本当ですか!?」
思わず声が弾んだ。吉成さんの声が聞こえていない美和と響輝は何事かと視線を向けるがそんなことは気にしていられない。そりゃ、2度目の仕事の依頼が来たのだから。それは1回目の成果を認めてもらったという何よりの評価である。
この後依頼曲の方針を聞いて電話を切ったのだが、しかし僕は悩んだ。付された条件がなんともややこしいものであったのだ。ポケットにスマートフォンを入れると響輝が僕を見ていた。
「電話誰だったんだ?」
「吉成さん」
「ん? あのレコード会社のお偉いさん?」
「そう」
続けざまに質問をしてくる響輝。頭の中で吉成さんからの条件が反復している僕は短く言葉を返した。
「依頼か?」
「うん……」
「なんでそんな浮かない顔してんだ?」
「いや、実はさ……」
吉成さんから付された条件は、提供先が男性アイドルグループであり、パフォーマンスの一環として一時的にバンドを組むので、難しい演奏を伴う曲にはできないというものであった。しかし、ロック調で格好いい曲をとの注文が付いている。それを響輝に説明すると響輝が自身の考えを示した。
「ギターはパワーコードでベースはルートじゃダメなのか?」
「まぁ、そうなるよね。つまりそれに見合った曲を書かなきゃいけないわけだ」
今回は作曲から
「あの……」
「ん? どうした?」
「私にも作曲を教えてほしいです」
「へー、いいじゃん」
答えたのは響輝だが、なるほどと思った僕も同意である。美和なら既に演奏技術は高いところにあるし、彼女の次のステップとして作曲を教えるのはいいかもしれない。バンドは既にコピー曲を数曲やっているものの、バンドの次のステップにはまだ早いかもしれない。でもまぁいいだろうと思う。
「わかった。じゃぁ、次の日曜日の午後、ここでどう?」
「はい。来ます」
声を弾ませて返事をする美和。ずっと独学で練習をしてきた彼女だけはメンバーの中で今まで極端に教えることが少なかったから、美和自身先へ進みたいという葛藤はあったのかもしれない。彼女の表情を見てそう感じた。
「オリジナル曲ができればライブハウスへの持ち込みもそれでできるな」
「ん?」
「あ、確かに……」
口を挟んだ響輝の言葉に美和は理解ができていないようで怪訝な表情を見せるが、僕は確かに響輝の言うとおりだと納得した。
最近のライブハウスでは出演バンドを広く募るために、割と緩く対バンのブッキングをしている店もあるらしい。しかし、やはり音楽性の統一された対バンのステージに立たせてあげたい。そうすることで他のバンドのオーディエンスを取り込める可能性がある。
そこまで美和に説明をすると彼女は理解を示したのだが、そのためにはまずライブハウスに持ち込むための曲が必要だ。コピー曲やカバー曲でも問題はないのだが、せっかくだからその時には彼女達のオリジナル曲を完成させて売り込みをしたい。
「美和、最初のステージは全曲オリジナル曲がいいか?」
「はい。できるならオリジナル曲がいいです」
はっきりと答えた美和は目を輝かせていて、普段は大人びた綺麗な顔が今は年相応の可愛らしい笑顔である。教えながらでも彼女達が自分で曲を作れればベストだが、間に合わなければ僕が作ってしまってもいいか。その製作過程で教えるのも一つだろう。
「長勢先生の推薦は9月いっぱいだったよね?」
「そうです」
「じゃぁ、9月中にステージに立てるようにオリジナル曲のスケジュールを合わせよう」
「やった」
「何曲作るんだ?」
これは響輝からの質問であるが、ライブハウスの対バンライブの持ち時間が30分だと仮定すると、セッティングやMCを考慮して演奏できる曲は……。
「5曲は必要かな」
「まぁ、そうだろうな。もしそれ以上できれば選んでセトリ組めばいいしな」
響輝が言った「セトリ」とはセットリストのことで、ステージで演奏する曲の次第みたいなものだ。吉成さんからの依頼曲は締め切りが6月いっぱいなので、その時にまとめてダイヤモンドハーレムの5曲も作ってしまおう。最低5曲。なんだか燃えてきた。これを創作魂に火が点いたと言うのだろうか。僕は俄然やる気に満ちている。
「6月は曲作り月間な」
「よろしくお願いします」
普段はクールな美和の張り切った声が店内のBGMに混じって響いた。美和のやる気に満ちたその表情が頼もしい。
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