第七楽曲 第八節
トラブルが起きた授業を終えると昼休みになった。そして保健室に飛び込んできたのは古都だ。それに続いたのは必死で古都を追いかけて息を切らせた唯。
「のん!」
保健室に入るなり声を張り上げる古都。ベッドに座って休んでいた希は面倒臭いのが来たと肩を落とすが、それほど邪険にした様子はない。その脇には結局授業を休んだ美和が座っている。
「怪我したって……」
心配げな声を絞り出す古都は、先ほど移動教室から戻って来て、教室内の凄惨さを目の当たりにし、事情を唯から聞いてすぐさま保健室に駆け込んだわけだ。
とは言っても、トラブルがあり、希が保健室に行ったとのことくらいしか唯にも認識がなく、それをそのまま古都に伝えていただけだった。
「何があったの?」
「古都に悪戯をしてた犯人をのんが突き止めてその場を押さえてたの」
希が古都と目を合わせないものだから、代わりに美和が答えた。美和は保健室にいるこの時間で希から事の顛末は聞いていた。古都はそれを聞いて希の脇に立つとツンとした希を抱き寄せた。
「なんて無茶なこと。ありがとう」
「暑い。鬱陶しい」
希から嫌味を吐かれる古都だがそんなことはお構いなしに抱きしめた。予め唯から背中を怪我したっぽいことは聞いていたので優しく肩を摩る。すると不安げな表情の唯が美和に問う。
「怪我の状況は……?」
「うん。軽度の打撲だから、痛みもすぐに治まるだろうし、痛む間は湿布かな」
「そっか。その……」
「さっき先生が来て、たぶんのんに処分はないよ」
聞き辛そうにする唯の意図を読み取り美和が答えた。
「そっか、良かった……」
「あっても、仮病で授業を抜けたことによる反省文だって」
「反省文か……。もしかして美和ちゃんも?」
「あぁ、私は休み時間に先生からお使い頼まれてて、それが長引いちゃって授業に遅れて教室に戻るところだったんだよ。だから私は大丈夫」
美和の説明に安堵の様子を見せる唯。
希が録音したデータは既に提出済みで、その会話と暴行音から希が暴力を働いたとの疑いは掛けられなかった。また、途中からではあるが、目撃者の美和の証言も希を庇う一助となった。尤も、美和が来なければ希は暴力を働いていたのだが。
希に暴力を働いたグループの女子3人は今でも生徒指導室である。当初は古都への嫌がらせのシラを切り、希のことは希が突っかかって来て自分たちが暴力を受けたと説明していた。しかし希の録音データと美和の証言に加え、保健教諭が希の背中に薄くも痣があることを説明して観念していた。今では自白している状況である。
「美和!」
次に保健室に飛び込んで来たのは美和の幼馴染で美和のクラスメイトの高坂正樹だ。少し息を切らせていて走ってきたことがわかる。
「暴力事件に巻き込まれたって?」
心配そうに美和に詰め寄る正樹だが、この時面倒臭いのが来たと思ったのは美和である。自分にべったりの幼馴染の存在をメンバーに言っていない美和は頭を抱えた。
「3組の野球部の奴から聞いたんだよ。大丈夫か? 怪我してないか?」
「はぁ……」
そんな美和の様子に構うことなく質問で捲し立てる正樹。思わず美和から溜息が出る。ベッドにいるのが希で、自分はその脇の丸椅子に座っているのだから大丈夫なことくらいわかるだろうに。心配してくれる親友がいることは嬉しい限りだが、できればメンバーには見せたくない姿である。
「へぇ、美和も隅に置けないね。こんなイケメンの殿方がいるなんて」
既に古都の腕から解放されている希が言う。古都は抱きしめていた名残から希の肩に両手を置いて、そして正樹を見ていた。すると唯が言う。
「えっと、美和ちゃんの彼氏?」
「違う!」
即答で否定する美和だが、まんざらでもない表情を浮かべるのが正樹だ。こういう目線が正樹を面倒臭いと思った美和の理由である。
「もう少しで彼氏かな」
更に無頓着にもこんな言葉を繋ぐから余計に美和は頭を抱える。そしてすかさず言葉を足すのが古都だ。
「大和争奪戦から美和は一歩後退」
「ん? 何、その争奪戦?」
「なんでもないから!」
もちろん正樹が興味を示したわけで、それをすかさず美和が遮った。GW合宿以来大和に惹かれている美和。彼女の初恋である。正樹に申し訳ないとは思いつつもこれが美和の本心だ。
その夜。ゴッドロックカフェのカウンター席で山田と田中に挟まれてレモレードを飲むのは古都だ。正面ではカウンターの中で大和が興味深そうに古都の話を聞いている。
「しかし、のんちゃんの怪我、大したことなくて良かったな」
「はい、ほっとしました」
レモネードを置くと古都は山田の言葉に答えた。店内のBGMは洋楽のロックでハードな雰囲気を作っている。
「メンバーは誰にも大きな処分がなくて良かったよ」
「まぁ、のんは授業を仮病で抜けた反省文はありますけど、元々怪しいと目を付けてた相手だったみたいで、私のためだからそれが申し訳なくて」
希は今回の犯人が古都の下駄箱に何かをしているのを見ていたし、そもそも教室で微かにではあるが、古都の悪口を言っているのを聞いたことがあったのだ。それでずっと目を付けていた。
「のんちゃんがそんなに熱い子だったとはな」
田中が上げた感嘆の声に山田が深く頷く。表情には出さないが大和も、希がメンバーと店の関係者を思う気持ちには感銘を受けていた。
「私とのんは被害者ってことで放課後、事情聴取ですよ。のんが絶対バイト遅刻するって怒って帰りました」
そう言う古都もこの日は一度帰宅をしておらず、制服姿である。唯がアルバイトをする駅前の喫茶店に顔を出し、軽食程度に夕食を済ませてからゴッドロックカフェに来ていた。
古都に悪戯をした3人の女子生徒の行為はいじめだと認定された。動機はモテる古都への嫉妬である。
古都は女子から人気のある男子生徒から何度も呼び出しをされていたのだが、これに応じたことはなかった。これに落ち込む男子生徒を励ましていたのが3人組の中のリーダー格の女子生徒だった。
その女子生徒は古都を呼び出していた男子生徒に惚れていて、呼び出しに応じない古都は忘れて自分にと何度も言い寄った。しかしその度に古都を理由に振られてしまう。それで嫉妬をして、呼び出しのメッセージカードを入れる下駄箱に砂を撒いたり、傘を隠したりといじめを始めたわけだ。
雨の日にいじめの可能性が捨てきれず折り畳み傘を持ち込んだのは、希から古都への優しさである。尤も、普段からツンとしている希が素直にそれを表現することはないのだが。
「ネックの修理代は弁償してもらえるのか?」
「はい。そういう話になりました」
「じゃ、安く上げなくていいって言っておくわ」
古都のギターのスワップを任されている田中に遠慮がなくなり得意げに言うと、そのまま質問を続けた。
「そいつらの処分は?」
「停学1週間と2週間です。自宅謹慎ですけど、来週の中間テストは別室受験だそうです」
古都をいじめた3人の女子生徒の中で、リーダー格の女子は古都へのいじめの主犯とみなされ、希に暴力行為を働いた女子生徒と一緒に2週間の処分が即日で言い渡された。もう1人の女子生徒はその両方への加担で処分が1週間だ。
「逆恨みしてエスカレートしないといいな」
「まぁ、その時はその時だけど、次は退学って念を押されてるから」
大和の不安に古都が問題ないとばかりに答える。古都に恨みを持つ生徒が希のクラスメイトであることは確かに一抹の不安があるが、次がないと言い渡されているのであれば、よほどのことはできないというのが大方の予想だ。
「ともあれ、これからもここでの練習は店の楽器を使っていいから、学校には楽器を持ち込むなよ」
「うん。ありがとう、大和さん」
事態が収束した安堵から満面の笑みを大和に向ける古都。その笑顔を向けられた大和は照れを感じる。普段は強引な古都だから忘れそうになるが、やはりこの女子は美少女である。
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