第八楽曲 第一節

 金曜日の放課後。ゴッドロックカフェに集まるのは学校の制服姿の4人の軽音女子だ。この日の彼女達の練習は終わり、ちょうど片づけが済んだところであるが、円卓に着いていた大和は指示を出す。この時円卓は接して2卓が並べてあり、いつもと違うレイアウトになっている。


「ちょっと集まって」

「どうしたの?」


 真っ先に反応して席に着いたのは古都で疑問を口にする。他の3人のメンバーも続々と席に着くと、5人は2卓の円卓を囲んだ。


「テストの結果出ただろ? 全部見せろ」

「ちょ! なんでそのこと知ってんの?」


 不満の声を上げたのは大和の隣の席の古都であるが、反対隣の希は睨むように大和を見据える。中間テストが終わって2週間。1週目に続々と採点済みの答案が返ってきて、2週目のこの日、総合結果が出たことを大和は知っていた。


「や、大和さん。なんで知ってるんですか?」


 学業に不安のない唯ではあるが、恐る恐る大和に問う。彼女たちの中で唯一美和だけは動じることなく通学鞄を漁っていた。目的のものは中間テストの成績表だ。それに気づいた希がボソッと言う。


「美和、裏切ったな」

「な! 人聞きの悪い。赤点取ったら追試まで練習禁止って言われてたんだから、遅かれ早かれこうなるのはわかってるでしょ」

「うわぁぁぁ、大和さん。事前に言ってないんだもん、卑怯だぁ」


 古都が悲痛な声を出すが、大和は「そんなの関係ない」の一言でシャットアウトした。そう、美和が否定しなかったとおり大和は美和から聞いてこの日中間テストの結果が出たことを知っていた。つまり学校から直接来るメンバー4人の通学鞄に成績表が入っていることは織り込み済みだ。


「こんにちはー」


 するとそこへ裏口から男の声がした。大和は商品の搬入業者の声であるとわかり、席を立った。


「ちょっと待ってて。その間に結果出しといてね」

「鬼ぃ」


 古都の恨み言を背中で受けて大和はバックヤードに消えた。眉をハの字にして渋々通学鞄を漁る古都。美和に続き唯は既に成績表を出している。希はと言うと……一切動かない。


 しばらくしてバックヤードから店内に顔を出した大和だが、怪訝な表情をしている。大和はメンバーに向けて疑問を口にした。


「なぁ? この子誰かの知り合い?」

「ん?」


 古都の声に続きメンバー4人がカウンター席の脇に立っている大和に注目する。


「げ! 正樹!」


 驚いて声を張ったのは美和だ。なんと大和が連れているのは美和の幼馴染の高坂正樹だ。


「ん? 美和の知り合いか?」

「ちょ。なんで?」


 照れたようでもあり、罰が悪そうでもある正樹が何も言葉を発しないので、大和が説明をした。


「いやさ、裏口の前でウロウロしてたから声掛けたんだよ。うちの高校の制服だし」


 正樹は備糸高校野球部のロゴが入ったスポーツバッグと通学鞄を肩から提げている。部活帰りに途中下車をしてゴッドロックカフェに来ていた。


「どんな感じなのかと思って……」


 やっとそんなことを言った正樹はつまり練習日の美和の様子が気になって訪ねて来たわけだ。それを察した他のメンバーは一様に冷やかしの笑みを向ける。


「愛されてるねぇ、美和。――今練習終わったところだよ」


 古都が美和に冷やかしの言葉を向けると正樹に向き直って答えた。古都は空いていた椅子を引き「どうぞ」と正樹を促す。やれやれと頭を抱えるのは美和であるが、場は進む。正樹は遠慮なく古都に促された美和の隣に腰掛けた。


「なんで成績表広げてんの?」

「……」


 着席して最初に目に入った物に対する正樹の疑問は当然であるが、メンバーは一様に口を噤んでしまった。それを見て着席しながら答えたのは大和だ。


「野球部だって赤点取ったら、追試まで休部させられるでしょ? ここも同じ方針だから今から成績チェック」

「なるほど。あ、バッグで野球部ってわかりました?」

「そう。名前は?」

「高坂正樹です。美和と同じ団地に住んでます」

「そうなんだ。僕は菱神大和。部活で言うところの彼女たちの顧問かな」

「はい。元クラソニのYAMATOさんですよね? 美和から聞いてます」


 自己紹介が進む男子2人。美和は正樹の登場に頭を抱えたままだ。唯は男子2人のやり取りを大人しく見ていた。古都と希は成績表をテーブルの下で握り、場から顔を背けている。希は大和が離席した後、結局美和に促されて鞄から成績表を出したのだ。


「部活帰りってことは、正樹君は赤点なしだね?」

「はい。学年で2番でした」

「マジ!?」


 正樹の中間テストの成績を知り、美和が驚いて声を張った。古都と唯も目を丸くしており、希はじっと正樹を見据える。


「じゃ、ダイヤンモンドハーレムも成績発表会を始めるか」

「うわぁぁぁ」

「はぁ……」


 古都の拒否反応に溜息を吐く希。唯と美和は折り畳んだ成績表を既にテーブルの上に出している。それを見て大和は言った。


「じゃぁ、唯からいくか」

「あ、はい……」


 ゆっくりとした動作で成績表を開く唯。その中身は……。


「お、凄いじゃん」


 大和が感嘆の声を上げた。唯はどの科目も高得点で順位も学年で10番だった。それを知って余計に縮こまる古都と希。


「次は、美和」

「はい」


 美和が大和に差し出すように成績表を開く。その中身は……。


「うん、いいね」


 納得顔の大和。美和はどの科目も平均点以上で、順位も学年で3分の1よりは前にいる。美和の成績を確認した大和は古都と希を交互に見る。


「じゃぁ、次は古都と希だけど、よほど出したくないみたいだな」


 2人ともテーブルの下で成績表を握ったまま出す様子がない。これはどちらが先かと言っていたら日が暮れそうだ。尤も、実際に外は日が暮れているのだが。


「面倒くさいから2人とも同時に出して」


 大和に言われてゆっくりとその紙をテールの上に出す古都と希。その中身は……。


「げ……」


 備糸高校の赤点は平均点の半分未満。各教科の獲得点数の下には最高点と赤点の基準点が記載されている。


「古都は数Ⅰが赤点で、希は……」


 言葉を失う大和。希はそっぽを向いてしまいもう我関せずと言った態度だ。完全に開き直っている。希は化学、数Ⅰ、数Aが赤点であった。


「希?」

「……」


 返事をしない希。この時ばかりは慕っている大和に対しても家での勝に対する態度と同じである。


「期末テスト頑張れよ」

「……」


 尚も相変わらずの希。備糸高校は学期制で1学期と2学期は中間テストと期末テストの合計点で赤点が決まり、赤点の場合は補習と追試になる。それが夏休みと冬休みに食い込むのだ。希は期末テストに向けて大きなビハインドを負ってしまった。


「あの……」

「ん?」


 成績発表会が終わったと感じた正樹が遠慮がちに口を挟むので、大和が反応した。


「今日はもう練習見られないんですか?」

「ちょっと。押し掛けて来ておいて図々しい」

「あー、もう今日は終わっちゃったなー」


 美和が文句しか言わないので、大和が答えたのだが正樹は残念そうな顔を見せた。


「えっと、2人はでき――」

「違います!」


 大和が言い切らないうちに力強く否定する美和。それに正樹が更に残念そうな顔をするものだから、他のメンバーは正樹を憐れんだ。


「そんな邪険にしないであげなよ」

「いや、邪険にしてるとかじゃなくて」

「高坂君、可哀想」

「え? そっち?」

「早く彼の気持ちに応えてあげな?」

「私の気持ち無視!?」


 古都と唯と希が順々にそんなことを言うので珍しくも美和が困惑する。尤も美和以外のメンバーは、せっかく美男美女なのだからこの2人がくっつけば、大和を取り合うライバルが減るという魂胆故の発言であるのだが。

 一方、中学の時に一度告白しただけなのに、改めて公開失恋をさせられた正樹はショックでテーブルに突っ伏した。


 この日、この後美和は店に残ることなく正樹を連れて帰宅した。開店後まで正樹に居座られては、メンバーどころか常連客達にまで何と冷やかされるのかわかったものではない。という考えだ。

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