第二楽曲 第三節

 平日最初の日、月曜日にも関わらず賑わうゴッドロックカフェ。その要因は見た目麗しい元気な美少女である。


 この日最初の来客である山田が、常連客で組んだグループラインを使って古都の来店を知らせていたのだ。それに多くの元バンドマンのおっさん達が群がったのである。

 山田はここまで人が集まると思っておらず、古都とのマンツーマンタイムを阻害されたことが不満で、グループラインに書き込まなければ良かったと心の内で嘆いていた。後悔先に立たずである。


「ねぇ、ねぇ、古都ちゃんは彼氏いんの?」


 締まりのない顔で――尤も、この場にいる常連客全員が似通った表情なのだが――古都のプライバシーに踏み込むのは、現役ギタリストの田中。趣味でおっさんバンドを組んでいる大工の男である。


「いないですよ。あはは。誰かいい人紹介して下さい」


 と言いながらキリッと大和を見る古都。実に鋭い眼光である。この日初対面の割によくもまぁここまで大和に踏み込んだものである。これが雲雀古都という少女だ。


「どんな人がタイプなの?」

「えぇ……さわやかスポーツ系がいいです」


 言い終わると同時に再びキリッと大和を見る古都。大和は古都の視線を感じておらず、我関せずといった感じで他の常連客と話をしていた。


「じゃぁ、俺イメチェンするよ」

「もう、田中さん面白い。私と田中さんじゃ歳が離れ過ぎです」


 和気藹々とした雰囲気のゴッドロックカフェ。スピーカーから流れるハードロックが場違いな雰囲気を醸し出す。いや、ライブハウスを思わせるシックな店の内装を考慮したら、この和気藹々とした雰囲気が場違いを感じさせるのか。


 古都の手元には開店後3杯目となるソフトドリンクが置かれている。中身はコーラだ。酒は飲んでいないので酒には酔っていないものの、この場の雰囲気に酔っていて、調子に乗ってお代わりをしていたのである。


「で? 大和、どうするんだ?」


 思い出したように大和に伺ったのは河野だ。弁護士で年配の河野はラインをやっていないのでこの日はたまたま来店した客である。その河野が白い口髭を上下させながら大和に問うたのだ。


「何の話ですか?」

「おいおい、惚けんなよ。彼女に音楽を教えるのか? だよ」

「教えるも何も、そもそも古都は楽器も持ってないじゃないですか」

「わっ! やっと名前で呼んでくれた」


 店の賑わいを考えるとそれほど二人の距離が近いとは言えない。古都はどれだけ大和の言葉に敏感なのだか、間髪入れずに喜びを口にする。しかし大和はそれに素っ気無く返す。


「とにかく僕も忙しいから」

「やぁまぁとぉさ~ん。お願いしますよ~」

「無理だって」


「そんなケチくさいこと言うなよ」

「幼気な女子高生をもっと可愛がれ」


 とまぁ、大和が拒否をすればするほど上がるのはカウンターからの野次だ。大和はほとほと呆れていた。


「それより古都。いつまでいるつもりだよ?」

「え!? 邪魔者扱いですか?」


『ガー、ガー、ガー、ガー』


 こうして少しでも古都が負の感情を露わにすると大和に野次が飛ぶわけで、大和にとってはやりにくいことこの上ない。


「邪魔とかじゃなくて、高校生がこんな遅くまでいていいのかよ?」

「家には連絡してあります。それにちゃんと22時までには店を出ます」


 古都から22時というコンプライアンスに関する発言が出て大和は胸を撫で下ろす。するとその時だった。大和のスマートフォンが鳴った。

 大和は営業中でも常連客から席が空いているかなど問い合わせの連絡が入ることがあるため、電話には出るようにしている。特に夜の時間帯に電話の着信が鳴るのは珍しいことではないので、液晶画面を見た。


「あ……」

「ん? どうした? 誰からだ?」


 河野が気に掛けた素振りで聞く。しかし大和は会話の聞こえないバックヤードまで移動し、電話に出た。むろん、その様子を古都が拗ねた表情で見ていたのは言うまでもない。


「もしもし、菱神です」


 バックヤードに小さく響く大和の小声。ドアの向こうから常連客達の談笑と、BGMの音が漏れる。


『夜分にすいません。吉成です』

「お世話になります」


 電話の相手はジャパニカンミュージックの吉成であった。大和は前日のうちに作った曲を吉成に送っていて、この日の起床後に吉成からのお礼のメールを確認していた。


『曲、確認させていだきました』

「早速ありがとうございます」

『それで私としては満足しております』

「本当ですか!?」

『えぇ。それで私からの推薦で採用会議に上げますが、採用はほぼ決定だと思って下さい』

「ありがとうございます!」


 大和は声を弾ませた。吉成は重役なので自身の推薦で会議に上げればほぼ間違いなく通るのだ。大和もその辺のことは理解していた。


 大和がカウンターの中に戻ると常連客と古都の目が向く。古都は心なしかジト目である。


「大和、今の彼女か?」


 冷やかすように言ったのは元ベーシストの高木。もちろん中年である。住宅メーカーの営業マンだ。その隣の山田の先、田中と挟まれる席に座っている古都。この日一番の鋭い眼光を向けている。


「違いますよ」


 少しはにかんだように大和が言うものだから疑惑の目は強くなる。それを察した大和は意を決して言った。


「えぇ、実は……」


 大和は一呼吸溜める。古都と常連客達の視線が向く。まさか、結婚報告では……と考えている客は少なくない。


「フリーの作曲家デビューすることになりました!」


『……』


 静まり返る店内。それもそのはずである。いきなりこんなことを言われてもすぐに理解が追い付くわけがない。その沈黙を破る様に河野が口を開いた。


「どういうことだ? 大和」

「えっと。ジャパニカンミュージックから楽曲提供の依頼を受けておりまして、提出した曲が通りそうです」


『……』


 再び沈黙。そして……。


『うぉー』


 歓声である。隣の客とグラスを合わせる者、両手の拳を突き上げる者、喜びの表現は様々だが、皆一様に大和のこれからの活躍に歓喜していた。それを見て大和は祖父から引き継いだこの店で、変わらず愛されていることに込み上げてくるものを感じていた。


「や、大和さん。どういうことですか?」


 まだ付いていけていない古都がきょとんとした表情で大和を見る。


「だからそういうことだって」

「えっと、東京に行く……とか?」


 古都のその疑問に三度場が静まり返った。客たちの心境は「そう言われてみればそうだ」なのである。


「いやいや。ここで作って依頼先に送るだけです。だから店は続けますよ」

「すごーい!」


 古都が目を丸くした途端に再び始まるどんちゃん騒ぎ。中にはスパークリングワインなどを注文する客までいる。それをこの場の客みんなで分けるものだから、この店をガールズバーと勘違いしているのではないだろうか。


「それが彼女に音楽を教えられない理由か?」


 河野がウィスキーのロックグラスを片手に大和に聞いた。


「えぇ、まぁ」

「えぇぇぇ」


 それに不満げな様子を隠さない古都。大和はどうして自分にここまで拘るのかがわからない……なんてことはない。初対面とは言え、今まで散々クラウディソニックを熱く語られたのだから。ロックカフェで音楽を熱く語るのは趣旨に反していないので、大和は文句の一つも言えないのだ。


「お願いしますよ~」

「んー」


 大和は唸った。高校生の部活の時間帯だと置き換えれば16時から18時くらいが目安か。できないことはない。しかし、開店準備と作曲があるのでそう簡単に引き受けたくない。

 そして何よりクラウディソニックが好きなことは十分に伝わったが、軽音楽をやることに対する古都の本気も見てみたい。そう思って大和は古都に言った。


「じゃぁ、バンドメンバーをまともに集められたらな」

「本当ですか!?」

「あぁ」


 弾む古都の声に大和は承諾した。古都は満面の笑みだ。しかし大和が出したこの条件は卑怯である。大和の言う「まともに」は大和にこそ判断基準がある。いつでも逃げられるのだ。それを見越しての発言である。

 しかしそんなことにまで頭が回っていない古都は、翌日からメンバー探しに奔走することになる。ちなみにこの日の古都の会計は田中が喜んで引き受けていた。

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