第二楽曲 第二節

 国内外のロックをBGMに流す店内。某協会から金を取られることだけは不満な大和。なにも金銭支払いそのものが不満なのではない。大和は支払った金の分配が適切に行われているのか、それが不透明なことが不満なのだ。

 そう、某投稿サイトの運営も過敏になっているあの協会である。


 普段ならそのBGMを聞きながら大和は開店準備をする。しかしこの日はそれを許してもらえない。理由はカウンター席に座る見た目麗しい女子高生の爆弾トークだ。


「私がクラソニを知った時、ファーストアルバムはもう流通してなかったんですけど、セカンドアルバムは東京の高層レコードまで行って買ったんですよ。そこでしか売ってなかったから」

「へー」

「しっかしあのセカンドアルバムも伝説ですよね~。だって――」

「へー」

「ちょっとぉ。大和さん?」


 大和は古都に目を向けず仕事の手を止めない。もうそろそろ開店時間の19時だ。いつまでこの女子高生はいるのだろう。今膨れているようだが、料金は取らないからお暇頂きたい。そう思いながらも面倒くさそうに古都の相手をした。


「なに?」

「私の話聞いてます?」

「耳には入ってるよ」


 正確に言うと右の耳から入って左の耳から抜けているのである。


「ならいいですけど。それでね――」

「あ。店開けなきゃ」


 大和は逃げるようにカウンターの外に出て、カランカランとドアの鈴を鳴らすと前室から入り口のドアを解錠した。


「もう……」


 古都は遮られた話の持って行き所がなく、一度黙ってオレンジジュースを吸った。もうほとんど残っておらず、解けた氷の水分がオレンジの風味を漂わせて口に広がる。


 解錠を終えた大和は古都の斜め後ろに立つと真顔で声を掛けた。真顔と言っても元の顔つきが穏やかなので、得な性分である。


「今から開店。ここからは客でいいか?」

「え? あ、はい。わかりました」


 古都はそう答えておきながらも慌てて財布を引っ張り出し、所持金を確認した。古都にそもそもバーの相場なんてものはわからない。足りるかどうか一抹の不安はあるが、何とかなるかと思い、不安を一瞬で思考の外に吹き飛ばした。その時にはもう大和はカウンターの中にいた。


「おかわりは?」

「じゃぁ……同じので」

「了解」


 大和はカウンター下の冷蔵庫を一度開けると動作を止めた。そのまま顔を上げずに古都に声を掛けた。


「レモネードも作れるけど?」

「あ、じゃぁ、そっちで」

「了解」


 大和は空けた冷蔵庫からレモネードの材料を取り出すと作り始めた。


「雲雀の家は市内?」

「古都って呼んで下さい」


 膨れて言う古都。さっきから表情の喜怒哀楽が忙しい。今まで手で包んでいたグラスがなくなって手元が寂しそうだ。


「わかったよ、雲雀」

「もう……。市内です。北中の出身です」

「へぇ。じゃぁ高校まで近いじゃん」

「はい。徒歩通学で15分です」


 綺麗に通る古都の声を耳に感じながら、大和はできたばかりのレモネードをカウンターに置く。やっと握るものができた古都はすかさずグラスを両手で包んだ。そしてレモネードを一口飲んだ。


「凄い。美味しい」

「そっか、そりゃ良かった」


 大和は古都のその正直な感想を素直に受け入れ微笑んだ。古都は床に届かない足をぶらぶらと振っていて、肩がそれに合わせて揺れるものだから大和にも古都の足元の様子が窺い知れる。


「なんでこんなに美味しいんですか?」

「へへ。蜂蜜を入れてあんだよ」

「へぇぇぇ、そんな顔して笑うんですね」

「……」


 予想外の古都の言葉の返しに照れてしまって何も言えない大和。それをしてやったりの顔で覗き込む古都。大和は古都から表情を隠すように酒瓶の整理を始めた。

 洋酒から国産メーカーのビールまでゴッドロックカフェにはあらゆる酒が揃えてある。常連客のキープボトルも棚に並べている。そのカウンターの背面の棚はボトルで一杯だ。


「しっかし暇なお店ですねぇ」

「失礼だな。まだ開店したばっかだよ」


 古都はそれに答えることもなくレモネードを口に運ぶ。振り返ると大和の目にホールを背景にした制服姿の古都が映るのだが、それがなんともシュールなのに、この美少女はどこで何をしていても絵になるのだろうなと、妙に納得をしていた。


 カランカラン


 入り口のドアが鈴を鳴らした。本日最初の来客である。大和は古都を客だとは認識していない。ソフトドリンクで粘られても……という思いだ。


 入ってきたのは山田という常連客の男。市内の機械製造工場に勤める中年だ。二交代制で夜勤もあるが、今日からこの週は昼勤で仕事後の来店というわけだ。

 ゴッドロックカフェはスナック菓子程度の食べ物は置いてあるが、食事のメニューは基本的にないので、山田は夕食後に来店したのだとわかる。


 山田は真っ先に目に入った古都を凝視した後、一瞬だけ大和を見てまた古都を凝視した。


「いらっしゃい。山田さん」

「大和……。JK引っ掛けたのか?」

「ちが――」

「そうです! 彼女です!」


 大和の言葉を遮って力強く交際宣言をする古都。控えめな胸を張るその様が実に誇らしい。

 言うまでもなく大和は頭を抱えた。確かにこれほどの美少女の彼氏なら嬉しい限りではあるが、本日初対面。しかも相手は年の差7歳の女子高生。常連客にあらぬ誤解を与えたくはなかった。


「違いますよ」

「ガーン」


 カウンターに突っ伏して全身で落胆を表現する古都。本日2回目ともなると大和はもうこの光景に慣れてしまっていた。


「とりあえず、ここどうぞ」


 大和は古都から一席間を空けて山田の分のコースターと灰皿をセットした。しかし古都から目を離さない山田は大和にセットされた席を無視して古都の隣に座った。心なしか山田の表情は崩れている。


「名前は?」

「雲雀古都。備糸高校の一年です」


 ムクッと体を起こすとこれまた元気に答える古都。その真剣な表情も絵になるものだから世の中は不公平である。


「俺、山田。初めて来たの?」

「はい、そうです」

「大和の知り合い?」

「今日初めて会いました。大和さんに軽音楽を教えて欲しくて押し掛けたのです」


 山田の質問に相変わらずハキハキと答える古都を見ながら、押し掛けた認識がちゃんとあったのかと大和は呆れていた。


「ふーん。いいじゃん、教えてやれば?」

「えぇぇぇ?」


 山田が大和に向き直って無責任なことを言うものだから、大和は思わず間抜けな声を出してしまった。


「大和、ギター、ベース、ドラム一通りできるじゃん」

「いや、そうですけど……。一杯目はビールでいいですか?」

「あぁ、頼む」


 山田のいつもの一杯目はビールだと決まっている。それは大和も慣れたもので、一応の確認だけしてビールサーバーにグラスを当てた。


「なんだ? こんなに可愛いJKを前にして何が不満なんだ?」

「いやね、僕だって色々忙しいんですよ」


 大和は作曲の依頼を受けたことをまだ響輝にしか言っていない。曲が採用された時に初めて公表しようかと思っている。とは言え、部活の時間帯の感覚で古都に軽音楽を教えるのはそれほど日常生活に影響はないともわかってはいるのだが。


「やぁまぁとぉさ~ん。お願いしますよぉ」


 古都がカウンターに腕ごと体を預けて上目遣いで甘ったるい声を出す。大和はその様子を山田にビールを出しながら視界に捉えていたのだが、大和より山田の方がデレっとした顔をしている。それでいて大和に羨ましそうな表情を向ける。


「はい、ビール」

「お、うん。サンキュー。古都ちゃん、乾杯」


 山田はビールのグラスを受け取ると古都を向いた。


「あ、乾杯」


 古都は慌ててレモネードのグラスを持ち上げると山田とグラスを合わせた。山田は締まりのない顔を整えず、ビールを豪快に喉に流し込んだ。


「ぷはぁぁぁ」


 声を発しながら山田が置いたグラスのビールは一気に半分ほどが無くなっていた。

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