第二楽曲 ボーカリスト
雲雀古都のプロローグ
御転婆娘。古臭いとも感じられるこの言葉は幼少期の私の代名詞だった。学校の休み時間や学校が終わってからの公園で、男子に混じっては野球やサッカーをした。何かと負けず嫌いでがむしゃらだった。そして絶えない生傷。
中学生にもなるともっとお淑やかにしろと言われてママとお婆ちゃんから華道教室に通わされた。私の意思としては入部したばかりの陸上部で部活に明け暮れたかったのに。だから習い事は不満だった。
「まぁ、雲雀さん。感性豊かですね」
これは今でも忘れない。華道教室の先生から言われた嫌味だ。私は次の教室の日に花を首元からちょん切ってそのまま剣山に乗せてやった。顔面蒼白とはこのことを言うのだろう。先生の表情は見るも無残だった。この日を最後に私は華道教室に行かなくなった。
それは中学2年の夏休み。とある晴れた日だった。午前中の部活を終えた私は午後から同級生の
「華乃、CDなんて買うの?」
「うん。なんで?」
「いや、今時ダウンロードで済むじゃん?」
「あぁ、私が買ってるのはインディーズのCD」
「インディーズ?」
私は華乃の返事を復唱して疑問を返した。この時はインディーズという言葉が耳に馴染んでおらず、意味もあまりわかっていなかった。ショートボブの髪を真っ直ぐに下ろして、穏やかな顔つきが特徴の華乃は、柔らかな笑みを浮かべて説明をしてくれた。
「インディーズCDは自主製作って言ってメジャーデビューしてないバンドとかが出すCDなの。だから芸能事務所に所属してないアーティストが多いし、レーベルとは専属契約してない駆け出しのアーティストって感じかな。それで評価されればメジャーデビューができるわけ」
「ふーん」
興味があるようなないようなである。とは言え少しでも興味を持ったら行動に移すのが私なので、私は華乃に頼んだ。
「CD何枚か借りてもいい?」
「あぁ、うん。いいよ」
華乃が快く貸してくれたので私は単純にジャケットだけ見て3枚のCDを選んだ。華乃からそのアーティスト達の説明を受け、それを持ち帰って聴いたのである。
最初の2組は「ふむふむ、へー」という感じであった。特に否定をする気はなかったが、存分に興味を持てるものでもなかった。
そして3組目のバンド。これは一番気になっていたバンドだ。バンド名は『クラウディソニック』である。
なぜ気になっていたかと言うと、市内にある備糸高校軽音楽部出身のバンドだからである。私の家からも程近い高校だ。
バンドマンと言えば、髪型は長髪のイメージがある。短くても目が隠れる程度か。しかしこのバンドのベーシストは地味な顔立ちながらも私好みの短髪。活発な私はさわやかスポーツ系の殿方が好みなのだ。名をYAMATOと言うらしい。作曲も担当している。
私はCDプレイヤーにCDを入れ、再生ボタンを押した。
♪♪♪♪♪
ドクンッ
私は吸い込まれた。安物のCDプレイヤーのスピーカーから聴こえてくるイントロに。それ以外の音が何も耳に入らなかった。完全に楽曲の世界だけに私はいた。
ビートの効いたドラム音、歪みを轟かせるギターリフ、楽曲に色を着けるキーボード。そして何だろう、このノリは。私は所々聞こえてくる「ドッ」という低音に耳を傾けた。この時は知らなかったが、これがバスドラの音だ。
そしてそれに導かれるように聞き分けられたのはベースの音だった。うねる様に鼓膜から鳩尾に届くその音は私を虜にした。私はこのノリが好きだった。
そしてイントロが過ぎて加わる歌声。これは更に私を虜にし、力強く通る男声に私の心は掴まれていた。その時ベースの音はコードに沿って同じ音を八分で奏でていた。後から知ることになるのだが、これをルート弾きと言うそうだ。
「凄い。私もこの音の中で歌いたい」
私が抱いた希望はこれだった。
希望は抱いたものの何をしていいのかもわからず、私は部活と友達との時間に明け暮れた。それに加え、軽音楽のバンドの音楽を聴くようになったと言うところだ。
私は華乃に色々CDを借りては聴いていたのだが、クラウディソニックの曲を聴いた時のような衝撃はこの後なかった。それでも軽音楽を聴くことは好きだった。
しかし残念ながらクラウディソニックのインディーズ最初のCDは限定発売のためもう流通していない。そのため私が入手することは叶わない。そしていつしかクラウディソニックの活動は全く情報が入らなくなった。華乃もわからないと言っていた。
私は高校生になった。にもかかわらず私は入学早々挫折した。
「先生、これどういうことですか!?」
入学式の日のホームルームが終わり、私は部活案内のプリントを向けて、初対面の担任に詰め寄った。今正に教室を出ようとしていた担任は目を丸くし、足を止めている。
周囲のクラスメイトは何事だと私をじろじろ見ているが、そんなことを気にする余裕はない。同じ高校に進学し、幸いにも早々に同じクラスになった華乃だけは私の意図を理解してそっと歩み寄ってくる。
「ちょっと、古都。落ち着いて」
「えっと……」
「雲雀古都です!」
担任が困惑の表情を示すものだから、私は華乃に構わず強気の自己紹介をした。初老の担任は少し怯んだような様子を見せる。
「あぁ、雲雀な。で、どうしたんだ?」
「入学案内には軽音楽部が載ってたのに、なんで入学してからの部活案内には軽音楽部が載ってないんですか?」
そう、私は意気揚々と軽音楽部に入部するつもりでいたのだ。楽器の経験はないもののなんとかなるかという気持ちで。
「あぁ。軽音楽部か。去年の3年生が引退して部員がいなくなったから廃部になった。入学案内は改稿が間に合わなかったんだろう」
「そ、そんな……」
「古都、ドンマイ」
項垂れる私の肩をぽんと叩く華乃。しかし神はこの先にいた。この後担任から軽音楽部元顧問の長勢先生を紹介してもらったのだ。私は気を取り直して職員室に長勢先生を訪ねた。
「こんにちは、長勢先生。1年2組の雲雀古都です」
「こんにちは。俺に何か用か?」
聞くまでもない。用はありまくりだ。センター分けの髪型に淵眼鏡を掛けた、中年に成り立ての感じがする長勢先生。ちょっと男前にも感じるが、ごめんね、私好みじゃない。そんな客観的男前先生に私は言った。
「軽音楽部を復活させて下さい」
「あぁ、そういう話」
長勢先生は私のこの一言で話を理解してくれたようだ。喜ばしい限りである。……と感心したのも束の間。
「それは無理だ」
「な、なぜ……?」
「方法としては新規で部活の立ち上げになるが、部員が最低5人と顧問がいる」
「じゃぁ、顧問を引き受けて下さい。部員は私が集めます」
「俺、今年から他の部の顧問引き受けちゃったんだよ」
なんと言うことだ。あれほど素晴らしいバンドを輩出した軽音楽部を見捨てたのか、この先生は。
「もしかしてクラウディソニックに憧れての入部希望か?」
「え? えぇ、そうですけど……」
どうやらこの先生にもクラウディソニックに対する思い入れはあるようだ。それで私みたいに詰め寄ってくる生徒の思惑には心当たりがあるのだろう。
「何なら元メンバーの居場所教えてやろうか?」
「え? いいんですか?」
「あぁ。店だから守秘義務にも抵触せんだろうし、いいだろう」
「やった。お願いします」
そんなやりとりを経て私は長勢先生にクラウディソニックの元メンバーが働くお店を紹介してもらったのだ。
そのお店はどうやらバーだそうで、行くのはいいがお酒は飲むなと釘を刺された。そもそもお酒は飲めないのでそれは問題ない。あと、22時までには店を出るように言われたくらいかな。
それより嬉しいのが、なんとそのお店にいるのは私の憧れYAMATOさんだそうだ。胸が弾む。
入学式後の最初の月曜日、私は長勢先生に教えてもらった住所を、スマートフォンの地図アプリで確認しながら進み、お店の前まで到着した。そこはロックカフェで備糸高校から2駅ほど離れた場所にあった。
外壁は一面黒塗りで一見平屋の建物かと思ったが、奥の方に2階が見える。2階はしっかり窓が巡らされているようだ。
私は看板の下にある重そうな扉に手を掛けた。
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