氷のさばんなちほー

リィム

氷のさばんなちほー

 さばんなちほーが豪雪に埋もれた。大量の雪を降らせた暗雲は暫く静まり返っているが、依然空に立ち込め太陽を遮っている。


 一面の銀世界をキタキツネとギンギツネが疾る。後方には中型のセルリアンが二体。彼女らがナワバリとする雪山ならば岩陰に隠れることもできただろうが、開けたサバンナでは、直線的に逃げることが生き延びるための唯一の手段だった。


 セルリアンを振り切った二人は小高い丘を駆け登る。張り巡らされた木製の塀の隙間から中に滑り込むと、数十人の仲間達フレンズが一斉に視線を向けた。

「お待たせっ!」

「ギンギツネ、キタキツネ!おかえりー!」」

「うぅー、もう疲れた、おやすみ…」

 出迎えたサーバルにもたれかかり眠ろうとするキタキツネをギンギツネが揺り起こす。トキが帰還を讃える歌を披露し、アルパカ・スリが大慌てで紅茶を振る舞うなど歓迎ムードの中、唯一大きな耳も尻尾も羽根もフードもないフレンズが歩み出る。

「それで、状況はどうでしたか?」

「最悪よ、山の中腹をセルリアンの大群がぐるっと一回り。5千はいるかも」

「セルリアン・オリジンの位置は?」

「ごめんなさい、そんな状況だから探すどころじゃなくて…」

「山頂だよー」

「本当ですか、キタキツネさん」

「うんー、山頂だけ磁場の乱れがー」

「あなた、また適当なこと言って…」

「でも他のちほーにはいなかったんだから、もうそこしかないよ!ね、かばんちゃん」

 かばんと呼ばれた少女は思案する。現状を打破する策を。圧倒的不利な状況から希望を見出す起死回生の作戦を。


 異変が起きたのは、かばんとサーバルがキョウシュウエリアを旅立って1年が経った頃だ。それまで無秩序に行動するだけだったセルリアンが、計画性と連動性をもってフレンズを襲い始めたのだ。急速にフレンズのナワバリは奪われ、多くは姿を消した。反対に、セルリアンはサンドスターを独占して肥大化、山頂の四神は破壊され、ジャパリパークの天候調整機能は維持できなくなった。その影響の一つがさばんなちほーの降雪である。

 もともと温暖な気候だったちほーにも雪が降り積もる。図書館で調べた情報によれば、遥か昔、地球という場所で起こった「ヒョーガキ」と呼ばれる現象とよく似ていた。世界中が氷に包まれ大量絶滅を招いた現象だ。

 各エリアを旅していたかばんとサーバルは、この異変には一般のセルリアンを指揮する上位種がいると考え、セルリアン・オリジンと名付けたその存在を追ってキョウシュウエリアへと帰還した。

 その居場所を突き止めるために、雪に慣れたキタキツネとギンギツネによる偵察を行っていたというのが、先ほどの行動の顛末だ。


「で、どうすんだよ、目標は山頂なのに中腹には敵がいるんだろ?」

 ツチノコが焦れた様子で頭を抱える。かばんは、ぐるりと周囲のフレンズを見渡してから、サンドスターが尽きかかっている山頂を臨んだ。

「まずセルリアンをおびき出しましょう。PPPのみなさん、サバンナの真ん中で歌えますか?」

「ああ、わたしたちはアイドルだ、どこでだって歌う」

 かばんの呼びかけに応じて、コウテイを筆頭とした5人のペンギンが歩み出る。

「統率されているとはいえ、“輝き”を求めるという本能には逆らえないはず……みなさんの歌とダンスでセルリアンを引きつけてください」

「ええ!みんなやるわよ!」

 PPPの突発ライブはすぐに決まり、かばんの指示は淡々と進んだ。

「ステージの建造はビーバーさんとプレーリーさん」

「任せるであります!」

「襲ってきたセルリアンはヘラジカさんとライオンさんのチームで追い返してください」

「ああ、腕が鳴るな」

「それはいいけど…私たちだけじゃ長くはもたないよ?」

 ヘラジカは勇ましく角を揺らしたが、ライオンは不安そうに弱音を漏らす。かばんは少し考えた後、腕に巻かれた機械に指を置いた。

「ラッキーさん」

「カバン ドウシタノ?」

「ハカセのところにいるラッキーさんに通信。セルリアンをライオンさん達と挟み撃ちにするように伝えてください」

「ワカッタヨ」

 ラッキービーストが信号を送った先はじゃんぐるちほー。ヒグマらハンターと彼女らを指揮するアフリカオオコノハズクが潜んでいる。様々な状況を想定して、戦力を分散していたのが有効に働いた。

「よし、これで山のセルリアンの陣形が崩れて山頂への道が開けるんだな!」

「かばんさんはやっぱりすごいのだ!」

「あとは山頂でオリジンを倒すだけだね~」

「はい、山頂には…」

 そこで、かばんの動きが止まる。躊躇っていた。次の言葉を発することを。

アライグマとフェネックが向けていた期待の視線に、徐々に疑問符がつく。

「かばんさん…?」

「あの…山頂には…」

「わたしが行くよ! それがいいんだよね、かばんちゃん?」

 俯いたかばんの手をサーバルが握った。その問いかけはかばんが飲み込んでしまいたかった言葉そのものだった。

 サーバルは生まれ持った身体能力に加え、かばんとの旅の中で道具の作成、投擲など、ヒトとしてのスキルも多く習得していた。セルリアンに気付かれぬよう少人数で攻め込む必要がある以上、最も適したフレンズであることは間違いなかった。

 だが、その考えを心は否定しようとする。異様な胸騒ぎが思考を支配し、握られたサーバルの手を離すまいと強く握り返した。

「でも…山頂は危険で…相手がどんな敵なのかも分からなくて…」

「だいじょーぶ!今までだって何とかなってきたんだから!」

「…っ、じゃあ、ボクも一緒に」

「ダメだよ!それは嬉しいけど、かばんちゃんには他にやることがあるよね!」

 かばんの言葉は途中で遮られた。サーバルに行動を否定されるのは初めてだった。

 ともかくサーバルの言うことはもっともで、ライオンとヘラジカの防衛線が突破されれば次なる作戦を考えて指示しなくてはならない。そうしなければセルリアンが山頂に押し寄せ、サーバルをより危険に晒すことになりかねない。

「…分かりました…雪道の案内はキタキツネとギンギツネさん、お願いします」

「分かったわ」

「えぇ~、また~?しょうがないな~」

「他のみなさんは、PPPのライブが一秒でも長く続くように援護をお願いします」

 フレンズがそれぞれの行動に移る。来るべき決戦に備え、ある者は資材を揃え、ある者は自身の爪を研いだ。

「じゃあ行ってくるね!」

「…サーバルちゃん!」

「どうしたの、かばんちゃん?」

「あの…ぜったい…ぜったい生きて…帰ってきてね」

「えへへ、約束だね!」

 サーバルが小指を差し出す。それを見て首を傾げるかばんに向かって、微笑みかける。

「ハカセに聞いたんだ!ヒトは約束する時こうしてたんだって!」

「へぇ…そうなんだね…。えへへ、約束だよ、サーバルちゃん」

「うん、かばんちゃん!」

 二人の細い小指が絡み合う。それだけなのに、二人の絆や運命が絡まっていつまでも繋がっていられる気がした。

 指を離す瞬間、かばんの中に或る記憶が思い起こされた。以前にもこうして誰かと約束をしていた、その記憶が。

「行ってきまーす!」

「気を付けてね」

 親友を死地に向かわせる苦痛を押し殺して、かばんはサーバルを送り出した。


 一面の銀世界をキタキツネとギンギツネと、サーバルが疾る。

 ジャパリパークとフレンズの希望を背負って。この世界を救うために。


 その後ろ姿がかばんの記憶を刺激した。

 そして、思い出してしまった。


 かつてのあの約束は、未だ果たされていないのだと。

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