ツチノコちゃん考

久佐馬野景

ツチノコちゃん考

 徳のない坊主が生まれ変わったのはさもありなん、野槌であった。

 かばんとサーバルを見送ったあと、私は地下迷宮の中で黙考する。

 私は動物だろうか。

 動物であったとしても、一体なにから生まれたフレンズなのだろうか。

 ツチノコの名が広まったのは、戦後のメディアの報道によってである。

 それまで私は様々な名で呼ばれていた。蛇の名が付くものだけでも、苞蛇、ギギ蛇、俵蛇、バチ蛇、コロ蛇、筒蝮――それ以外にも無数の呼び名が、いつしかツチノコとして画一化されていった。

 だが、それは果たして実在の動物として認識されたものだったのか。

 私の名が広まり、メディアが未確認生物として取り扱ったことで、私の実在を信ずるヒトも多かったという。

 存在する、存在しない――この議論はある意味で無意味だ。互いに信ずるもののために争うのでは、不毛もいいところだろう。

 問題は――私が、かつて一度でも、存在するという証拠を提示されたことがないことである。

 議論をするつもりはない。それを言うのなら、存在しないという証拠を提示されたこともないのだから。

 だが、それならば、一体なににサンドスターが触れたことで、私は今ここにいるのか。

 私が私である所以は、深く、長く、枝分かれし、途絶え、飛び越えた、さながら遺伝子のように私の中に根付いている。

 そしてその情報の奔流の中に、私の存在を証明するものは何も含まれていない。

 存在を証明されず、ただその概念に対する情報だけが堆く積もりに積もり、もはや正体すらわからなくなったもの――それは、妖怪ではないか。

 私のかつての名の中に、野槌というものがある。

 この名は、恐ろしく古い。

 記紀神話に登場する萱野姫の別名が野槌である。

 神の零落――妖怪を全てそのパターンに当てはめるのは無理があるが、私の名に関しては、存外これが当てはまる気がする。

 野槌には目も鼻も手も足もなく、口だけがある。その口はただ、ヒトを食うためだけのものである。

 智慧もなく信もなく戒めもない。それはきっとどんな動物にも劣る。

 己の存在を疑う。疑い続ける。そうしなければ私はきっと、ただの怪物へと成り果てる。

 あるいは――セルリアンに捕食されれば、私がなにから生まれたフレンズなのか、わかるのかもしれない。

 セルリアンは捕食したフレンズからサンドスターを奪い、野生へと還す。そうなればもう私は話すこともこうして系統立てて思考することもできなくなるだろう。

 そうして露わになる残骸は、一体なんなのか。興味はあるが、自分で確認することができないのは口惜しい。

 地下迷宮を探索していると、なにかに蹴躓いた。

 狼狽を声に出し、すぐさま物陰に隠れようとする。

 同時に足にかかったものの正体を見定めようと振り向くと、小さな水色の異物が転んでいた。

 ――ラッキービースト。

 どこから入り込んだのか。今までここで見かけたことはなかったが、以前にかばんと一緒だったラッキービーストのこともあるし、先程セルリアンに追われて橋を崩落させたから、修繕に出向いたのかもしれない。

 異音を立ててラッキービーストが硬直する。

 壊してしまったか――後悔の念とともに恐る恐るその個体に近づくと、ノイズが混じった声を発した。

 私は呆然とその声に聞き入った。つちのこやかた――やすえおにいさん――。

 去っていくラッキービーストを無言で見送りながら、私は我知らず涙を流していた。

 存在する、存在しないは問題ではない――そう言っておきながら、私はなにもわかっていなかった。

 私を想ってくれていたヒトがいた。私が存在する理由は、それだけで充分なのだ。

 想いが、データが、歴史が、私を作っている。なにから生まれたかは問題ではない。私が今、こうしてフレンズとしてあることに、途轍もない意味がある。

 フレンズ化する前がどんな怪物だろうと、フレンズとなった今の私には目も手も足もある。

 そして今の私を作ったサンドスターが触れたものが仮令野槌だったとしても、それを形作るのは、ヒトの想い――私を想い、考え抜く智慧の目。私を想い、疑わない信の手。私を想い、時に疑うことも求める戒めの足。

 私はツチノコのフレンズだ。

 今に至る過程がどうだったとしても――いや、その過程を全部この身に宿して、今の私はここにいる。

 ここにいるから。私が私である理由など、それだけで充分ではないか。

 私はいるぞ。確かにここにいるぞ。

 やすえおにいさん――あるいは、多くの私を形作るヒト達に向けて、私は心から叫んだ。

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ツチノコちゃん考 久佐馬野景 @nokagekusaba

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