ミライさんとサーバルのものがたり

@Cichla

第1話

 サーバルとカバンちゃんの素敵な旅の一幕。ロッジで迎えた夜の事です。


 オオカミやキリンたちとお化け騒ぎを調べていた二人と一人(?)は、その正体がラッキーの映し出すホログラムである事を突き止めました。


「ミライさーん、早く早く! カラカルがあのおっきいやつ、山で見たって! みんなで連携してやっつけちゃおう!」

 そこに写っていたのはミライさんと、サーバルそっくりなフレンズ。


「今のって、サーバルちゃん?」


「わたし、知らないから他の子だと思う。同じ種類のフレンズが生まれる事もあるらしいし……あれ?」

 サーバルは、自分が涙を流していることに気付きます。


「あれ? おかしいな……早起き、したからかな?」


 サーバルは、涙の理由が分かりません。楽しい事が大好きなフレンズは、自分の胸をかき乱す、その感情の名前を知りません。

 だから、このお話はこれでおしまい。明日からはまた楽しい旅が始まります。

 

 ――だから、これは「もしも」の話になります。


 もしもその時、ラッキーが自分の持つ記憶の全てを見せてくれていたなら、彼女は涙の理由を知ることができたのかもしれません。



 ――――――――――


「ラッキー、録画の準備はできてる?

――年――月――日、ここは、サバンナ地方のフレンズ保護施設です。

 私ミライは、巡回中に衰弱したサーバルキャットのフレンズを発見。治療の要ありと判断し保護しました。


 齢は三ヶ月前後と推定。まだ母乳を必要とする時期です。近くに母親は見つかりませんでした。サンドスターが当たってフレンズ化したため育児放棄されたものと思われます」


 ミライさんはしゃがみ込み、小さなフレンズを抱き上げました。


「これより、フレンズ保護法に基づき、この子を独立まで保護します」


 小さなそのフレンズは、ミャアミャアと弱々しい鳴き声を上げました。



*********


「――月――日、サーバルはミルクを自力で飲むようになりました。

 食欲は旺盛なのですが、沢山こぼして掃除が大変です。ミルクの温度は過去の飼育記録を参考に……あらあら、またこぼれてるわ」


 先ほどの映像より少しだけ大きくなったサーバルが、ミライさんの支えるほ乳瓶に必死でしがみついていました。



*********


「うみゃみゃみゃ、みゃー!」


「そう、サーバル上手よ! ……コホン、本日は――月――日。野生復帰訓練は順調です。

 サーバルは模型を使った狩りごっこが大好きで、いつも熱心に練習をしています……こら! 本気で噛んだらダメだっていつも言ってるでしょ。

 これは狩りごっこなの。ごっこで人やフレンズを傷付けちゃダメなのよ」


「ごめんなさいー」


「狩りごっこでフレンズを怖がらせたら、何て言うのだったかしら?」


「食べないよ!」


「そう、よく憶えてたわね」


 ミライさんはサーバルの頭を優しくなでました。



*********


「――月――日。野生復帰訓練のカリキュラムは順調に進んでいます。

 サーバルは少しおっちょこちょいだけど、本当に優秀な子です。今週中に全てのカリキュラムを終えるでしょう。そうしたら……フレンズ保護法に基づき、私はあの子を野生に帰さなければなりません」


「ミライさーん、ボスー、ご飯の時間だよ、みんなでジャパリまん食べよう!」


「はーい、今行きますよー……本日の記録、終了します」



*********


「――月――日。フレンズ保護法の最終カリキュラムを終了しました。

 いくつかの報告にあったように、フレンズは保護者を慕うあまり保護施設から離れようとしませんでした。

 ですから私はマニュアルに従い……棒でサーバルを脅し、二度とここへ来るんじゃ無いと叱りつけました。

 あの子は泣きながら去って行きました」


 俯いたまま報告するミライさんの肩は、小刻みに震えていました。


「子供の頃から憧れていた野生動物保護官という仕事に就き、そしてあの子を保護した事、

 ……私は今、少し後悔しています」



*********


「――月――日。ジャパリパーク建設計画が進行するに伴い、いくつかのルール改訂が実施されました。中でも大きな改訂は、フレンズのアシスタントが認められるようになった点です」


 ミライさんの顔は、荒いホログラム越しでも分かるほど上気していました。


「私はサバンナ地方に入りサーバルを探すつもりです。

 あの子が許してくれるなら、また、一緒にいたい」



*********


「――月――日。ジャパリパーク建設計画は順調です。

 アシスタントの採用により、我々保護管とフレンズの交流はより容易になり、様々な発見を得ることができました。

 一方で、サンドスター頻繁な放出と、それに比例したセルリアンの増加が深刻な問題となっており――」


「ミライさーん、ボスー、早く行こうよ!」


「引っ張らないでサーバル、まだ記録が終わってないのよ」


 撮影に割り込んだサーバルが、ミライさんの袖を引っ張りながら満面の笑みを浮かべていました。



*********


「――月――日。ふう、まずいことになりました。

 あのセルリアン、大きさもなんですが、問題は削っても削っても自己修復するところで。今週倒せない場合、わたし達もパークから……。

 いや、正直もうちょっと長くこの島にいたかったですね。まさかこんなに早く――」


「ミライさーん、早く早く! カラカルがあのおっきいやつ、山で見たって! みんなで連携してやっつけちゃおう!」


「そうですね、ここでやっつければ全部解決です! ぱっかーんと行きましょう!」


「そうだよ、ぱっかーん! だよ!!」



*********


「――月――日。結局、パークの職員たちは島を出ることになりました。

 短い間でしたけど、私はこの島で出会えた沢山の奇跡に感謝しています。きっとまた――ラッキー、留守をよろしくね」


「マカセテ」


「……ごめんね、すぐ戻るから」


「ミライさーん!」


 ここで映像が途切れています。



*********


「えーと、――月――日。ミライさんのかわりに私がお話しするよ! ボス、大丈夫?

 ミライさんを追い出した大きなセルリアンがまた動き出したんだよ! ミライさん達はいないけど、私達フレンズでやっつけちゃうんだから! 

 ……そうしたら、ミライさん帰ってくるよね?」


*********


「――月――日。サーバルにならって、おそらく最後になる記録をはじめます」


 ホログラムの向こうで顔を強張らせているのは、サーバルに似た、けれどもより精悍な顔つきをしたフレンズでした。


「巨大セルリアンに対する第二次攻撃は失敗し、我々フレンズによる討伐隊は壊滅しました。

 我々を率いてきたサーバルもセルリアンに食べられてしまい、その後辛うじて救助に成功しましたが、時既に遅く……」


「ニャア?」


 俯いたフレンズの横からカメラを覗き込むのは、大きくて細長い体をしたネコのような動物でした。


「サーバル、行こう。サバンナ地方に戻るんだ」


 フレンズと一匹のケモノは、カメラに背を向けて去って行きました。


 

――――――――――


 最後の映像から数年後。


 火山から降り注いだサンドスターがサーバルキャットに降り注ぎ、そうしてまた、一人のフレンズが誕生しました。


 サーバルは自分がかつてフレンズであったことを忘れていましたが、楽しい狩りごっこの事や、フレンズを傷付けちゃいけないって事は、ちゃんと憶えていたのです。


 そしてもう一つ。

 自分が「ヒトを大好きなフレンズ」だ、という事も。

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