Z型戦艦出撃す!

國永航

第1話 ~プロローグ~

 昭和十六年十二月八日、アジア諸国を欧米諸国より解放するという名目で立ち上がった日本は、真珠湾奇襲攻撃により開戦の火ぶたを切った。それまでなかった空母機動部隊の編制、空母の集中運用を行い航空攻撃により米戦艦四隻を轟沈。

 その他多数の艦船、航空機に被害を与えた。

 日本陸海軍は各地で快進撃を続け、五月に入ると東太平洋をほぼ全て掌握し、次々に占領地を拡大していった。

 しかし四月に行われた、日本近海に接近した、米空母の艦載機による日本本土空爆は日本陸海軍首脳部に衝撃を与えた。

 そのためミッドウェー島を攻略し、敵米空母を誘発して我が軍の機動部隊でこれを撃滅する、「ミッドウェー攻略作戦」が発案された。

 これは、当時世界最強と謳われた南雲機動部隊の空母部隊を投入し、その他に日本海軍連合艦隊の戦艦大和以下、ほぼ全ての艦艇を投入する大作戦である。

 この作戦に対する日本海軍の意気込みは凄いもので、連合艦隊司令長官の山本五十六大将は自ら大和に乗って作戦を指揮すると言い、南雲機動部隊の将兵は皆、鎧袖一触だと息巻いている。

 だが米軍の情報解析能力は優秀で、同作戦での日本艦隊の動向や陣容はもう解析済みだった。

 米軍が日本軍の情報を得るに至ったのには米暗号解読員の涙ぐましい努力があった。

 米暗号解読員は連日徹夜で日本軍の暗号解読に励み、何とか大部分の暗号解読に成功したのであったが、唯一日本海軍の暗号電の中で、「作戦目標はAF」のAFという暗号が何かわからなかった。

 その後アメリカ海軍はAFはミッドウェー島ではないかと予測し、試しにミッドウェー島で水が不足という偽の電文を打った。

 日本海軍はそれに引っかかり「AFでは水が不足している」という電報を打ってしまい、AFがミッドウェー島であり、日本軍の次の作戦目標であることは白日の下にさらされたのであった。

 しかしそのような事実があっても当時の日本海軍は米軍の強さの比ではなかった。

 主力部隊旗艦の戦艦大和には連合艦隊最高指揮官である、山本五十六連合艦隊司令長官が座乗している。

 南雲艦隊は、山本艦隊が戦艦部隊中心なのに対し、第一航空戦隊、第二航空戦隊、第五航空戦隊からなる正規空母六隻を有する大艦隊であり同艦隊は南雲忠一中将を頭に置いている。

 まず南雲長官直率の第一航空戦隊の大型空母二隻(赤城、加賀)。

 原忠一少将麾下の第五航空戦隊に、昭和十六年に竣工したばかりである、最新鋭の大型空母二隻(瑞鶴、翔鶴)がある。

 その他に、第二航空戦隊の二隻の中型空母(飛龍、蒼龍)を率いる山口多聞少将という司令官がいた。

 山口少将の生まれは東京で父は生粋の松江藩士である。

 見た目はずんぐりとしていて体形は小太り。

 顔は至極穏やかであるが、その鋭い眼光からわかるように常に心には闘志をたえていた。

 少将の評判は海軍部内では帝国海軍でも随一の勇猛な将軍であるとあまりに有名であった。

 同期である大西瀧次郎中将と度々衝突し、酒宴で意見の食い違いにより、徳利を投げ合ったという話は、海軍士官ならだれでも知る、逸話である。

 この真珠湾奇襲以来、航空主兵主義というそれまでの大艦、巨砲が戦争を決するという大艦巨砲主義に代わり主流となりつつあった。

 少将は航空機の優位性に早くから気づいていた数少ない一人である。

 元々は潜水艦乗りであったが同期で朋輩でもある大西瀧次郎少将と共に両者衝突を繰りかえしながらも航空機の研究、開発について、開戦前から進めてきた。

 日中戦争時には第一空襲部隊司令官として、敵軍を猛爆撃している。

 この「第一空襲部隊」も大西少将の発案であった。

 それほど二人の仲は深かったのである。

 ともかく、五月二十七日の日本海軍記念日に広島の柱島より出港した南雲中将率いる、第一航空戦隊、第二航空戦隊は出撃した。

 だがこの中に第五航空戦隊の新鋭空母瑞鶴、翔鶴が含まれていない。

 なぜなら、さかのぼること五月七日から八日にかけての戦い、サンゴ海海戦と称された海戦で激しく損傷したためである。

 その海戦で「頭は切れるが戦下手」という不名誉なあだ名がついていた井上成美中将を司令とする第五航空戦隊とそれに新しく編入された軽空母祥鳳は、空母二隻を擁する米機動部隊と交戦した。

 この戦いが、世界初の空母対空母の決戦となった。

 その結果は、どちらも手痛い被害を受け、両者とも本来の目的は達成されなかった。

 まず日本海軍はニューギニア島南東端にあるポートモレスビーを攻略するため、輸送船部隊の掩護として、第五航空戦隊を出撃させた。

 対する米軍は、その計画を阻止するため、フレッチャー提督の率いる、第十一任務部隊を出撃させた。

 日本海軍の空母が三隻だったのに対し、米海軍は二隻であった。

 しかし、米海軍の空母は戦艦から改造されたレキシントンと、ヨークタウンの二隻で、空母レキシントンは戦艦から改造された分、艦体の強度がとても強くなっている。

 アメリカ海軍はこの事に、戦艦の艦体を基として造られているレキシントン級は不沈空母としてなり得るとして油断していた。

 だが慢心こそ最大の敵である。

 アメリカ海軍は祥鳳を撃沈、翔鶴を中破させたものの、日本攻撃機六十九機の襲撃を受け、結局、排水量三万六千トンを誇るレキシントンが大爆発し海の藻屑となった。

 他にもヨークタウンが中破し、最終的にアメリカ海軍の敗北という結果に終わった。

 しかし、日本海軍も無傷ではなく、空母二隻を撃沈破させられたおかげで作戦の続行が不可能になっていた。

 空母翔鶴は修理のため広島の呉港に回航された。

 瑞鶴も無傷ではあったが航空機の損耗が激しく、搭乗員及び艦載機補充のためにトラック島に向かった。

 よって、井上成美中将はポートモレスビー占領を断念した。

 この様な事があり、今回の作戦に投入できる正規空母は四隻に減少した。

 そして今、山口多聞少将は呉港を出港し艦上の人となっていた。

 ミッドウェー攻略作戦で、先ほども説明しようにが、山口少将は日本海軍が誇る中型空母飛龍、蒼龍を率いている。

 そしてその搭乗員及び航空隊員は山口少将の訓練の厳しさを象徴する、極めて豪胆なものが揃っていた。

 航空隊員の中心にいるのが友永丈市大尉で、今回の作戦で飛龍攻撃隊の隊長を務めている。

 南雲艦隊旗艦、空母赤城に搭乗する、雷撃の神様と謳われた村田重治と並び、優れた航空機の操縦技術を持っていた。

 他の航空隊員の個々の技術も並外れたものではなかった。

 飛行機の操縦時間は三百時間を優に超えている。

 そして、中国戦線で敵の航空機としのぎを削ってきた猛者たちがそろっている。

 それにもまして、南雲艦隊の全搭載機数は二百五十機以上にもなる。

 新鋭機、ゼロ戦こと零式艦上戦闘機、その他九十九式艦上爆撃機、九十七式艦上攻撃機を満載していた。

 この時点では南雲艦隊は、世界中にあるどの艦隊よりも強かった。

 司令官南雲忠一中将は満五十五歳で航空艦隊を率いてはいるが実は、航空機についての見識は浅い。

 何故なら、南雲中将は元々駆逐艦や軽巡洋艦といった、魚雷を積んでいて、水雷戦を得意とする船の専門であり、ほぼ全く航空隊の

知識を持っていなかった。

 にもかかわらず、航空艦隊の司令官なのは、優れた実績や性格といった面からであろう。

 南雲中将は、山本五十六連合艦隊司令長官と仲が悪かったというが、それは間違いで確かに一時期対立していた時期もあったが実は、山本長官は、南雲中将を大切にしていた。

 ミッドウェー作戦の図上演習(作戦の段取りを、艦隊に見立てた駒を使い確認する事)で空母加賀が沈んだにも関わらず、山本長官が

「必ずしも起きることではないよ」と慰めている。

 しかし今回の作戦で、山本長官は敵空母撃滅が最重要だと考えていたが、海軍軍令部ではミッドウェー島占領が最重要としており、

ここに意見の食い違いが生じたのである。

 山本長官としては、ミッドウェー島攻略というのは、あくまでも敵空母を誘発するためであり、戦略的価値から占領するというわけではなかった。

 山本長官が敵空母をミッドウェー島攻撃で誘引し、撃沈するいう考えに至ったのには理由がある。

 それは、日本海軍は敵の空母のうち英軽空母ハーミス、米空母レキシントンしか撃沈しておらず、ほとんどが無傷だったためである。

 これを野放しにするといつ何時、敵の空母が南雲艦隊を襲うかわからない、それを阻止するためのミッドウェー作戦であった。

 だが軍令部は違った。

 あくまでもハワイ攻略作戦を主眼としており、その足掛かりのためのミッドウェー島攻略であった。

 元来、軍令部とは作戦を立て、それを実行するのが連合艦隊である。

 つまり実質的に海軍軍令部は連合艦隊の上に位置している。

南雲中将は、結局軍令部の意見に従った。

南雲中将に、山本長官の真意はとうとう伝わらず、作戦は決行となった。

 ともあれ、南雲艦隊はミッドウェー島へ向け、東へ東へと進む。

 途中、敵艦と接触することもなく、同艦隊はミッドウェー島近海に転出した。

 これより、大東亜戦争の天下分け目の大決戦というべきミッドウェー海戦が始まるのである。

 日米両軍の航空機が大空に散舞する。

 しかしその結果がどうなるのかは、日米両軍の誰にも知る由がなかった。

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