最後の猫の話
石女ほおずき
第1話 最後の猫の話
昔々あるところに、世界で最後の一匹になった猫がいました。
猫は厳正なる抽選の結果飼い主に選ばれた、裕福で一人暮らしのおじいさんに、それはそれは大事に室内飼いをされていました。
猫は毎日、テレビの上で寝たり、棚の上に並んだものを落としたり、タンスで爪を研いだり、カーテンを登ったり、障子を破ったり、冬はこたつに潜ったりと楽しく暮らしていました。
猫はだいぶお年寄りになりました。眠っていることが多くなりました。
猫はある日、気まぐれに、こたつで新聞を読んでいるおじいさんの膝の上に上がって丸くなりました。
そうして眠って、夢を見ました。
目が覚めると、猫は丈の高い草むらの中にいました。
猫は草むらに来たことなんてありませんでした。
たまに、お散歩から帰ったおじいさんが、お土産に取って帰ってくるねこじゃらしと、猫草の植木鉢しか知りませんでした。
眠っていたのは、短い草も生えた地面の上でした。
猫は地面を知らなかったので、肉球でそれを触って不思議に思いました。
「あなたはだあれ?」
と、頭の上から声がしました。
顔をあげると、背中に羽の生えた、小さなニンゲンに似た生き物が飛んでいました。
猫を不思議そうに見ています。
周りに、よく似ているけれどそれぞれ違う特徴の小さな生き物が飛んでいます。
みんな、不思議そうに猫を見ています。
猫は答えました。
「ぼくはねこです。ここはどこですか?」
「ここはここよ。あなたはねこというの?」
「名前はタマですけれど、ぼくはねこです」
「なまえってなんのこと? あなたはだれ?」
猫は少し困りました。
「おじいさんにはタマとよばれていました。ぼくはねこです」
「あなたはねこでいいのかしら? こんにちは、わたしはトウメイ。羽がトウメイだから」
確かに、その小さな生き物は、他の生き物よりも羽が透き通っていました。
「こんにちはトウメイさん。あなたたちはなんですか?」
「わたしたちはわたしたちよ? このこはミドリで、このこはマルっていうの」
大きな瞳が緑色の生き物と、頭にまるいおもちゃのようのものがついている生き物でした。
猫は思わず手を伸ばして、マルのおもちゃにじゃれようとしました。
きゃっきゃと笑って生き物は逃げました。逃げるものを追うのは猫の本能です。
いつの間にか本気になって爪が出ていましたが、生き物は猫の爪にひっかかることはありませんでした。
丸くなった猫の目を見て生き物は言いました。
「あなたの目は大きくなったり小さくなったりするのね、どうして?」
「明るかったり暗くなったときのためだけれど」
「アカルカッタリクラクナッタトキ、ってなに?」
疲れて座り込んだ猫の身体に、生き物たちが寄ってきました。
背中や耳に触られるのがくすぐったくてぷるぷるする猫に、生き物が言いました。
「あなたの身体、すごくふわふわで気持ちいいのね! どうして?」
「寒さや、攻撃から身を守るためだけれど」
「サムサヤコウゲキ、ってなに?」
猫の前足に近寄って、生き物が不思議そうに見ているので、猫は爪を出し入れしてやりました。
生き物が面白がって声を上げます。
「これ、すごくとがっていてとてもきれい! これはなに?」
「爪だよ。獲物を取るのに使うんだ。君たちは避けるのが上手だね」
「エモノってなに? ヨケルってなに? わからないけど、これはとてもきれいね」
猫は、この場所はとても心地よいなと思いました。
そう思ったとき、ふと、猫はぐったりとその場に倒れ伏しました。
生き物たちが静かになって、猫を見守ります。
平たくなっていく猫の背中が、やがてぱっくりと割れて、中から、生き物たちとよく似た姿の生き物が現れました。
首の周りに、ふさふさとした毛皮があって、手には長い爪があります。
生き物たちが、歓声を上げて新しい生き物の周りに集まりました。
「新しい子ね、いらっしゃい! あなたはだあれ?」
猫の中から生まれた生き物は、首を傾げて仲間たちを見回してから、自分の手に生えた爪を見て、「ツメ」と答えました。
「ようこそ、ツメちゃん! ねえ、古かったあなたを、森に運んでいい? みんなでお昼寝するのに使いたいの」
生き物の一人が、抜け殻になった猫の毛皮を指差します。
ツメは「うん、いいね」と答えて、猫の毛皮を運ぶ仲間に加わりました。
同じ頃、おじいさんは、膝で静かに息を引き取っていた猫を、名残惜しんで撫でていました。
猫は、痛いや苦しい、明るいや暗い、暑いや寒い、うるさいや静かのない国に行ったのです。
最後の猫の話 石女ほおずき @xenon
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