エピローグ

「そんなかんじで、とても楽しい現場だったの!」

最後、八倉巻が述べた今の台詞ことばで、話は締めくくられたのである。

その後、俺や富士原。そして、女子二人も、少しの間だけ黙り込んでいた。

「因みに…」

沈黙を最初に破ったのは、ずっと黙っていた富士原だった。

「羽切…。お前は、俺達にバレないように退散したのかもしれねぇが…。すぐにわかったぜ」

「え…マジかよ…!?」

富士原による突然の告発カミングアウトに対し、俺は目を丸くして驚く。

「そういえば…あの日、羽切君に似ているスタッフがいるなーとは思ったけど、やっぱり君だったんだねー!」

すると、新玉がそう告げながらケラケラと笑っていた。

 だから、富士原が照れていたのか…

“バレバレだった”という事実は少し凹んだが、イベントの話をする前に富士原やつが照れていた理由を、俺はこの時に悟ったのである。

「さて…と。そろそろ出るか…!」

「お、先輩。おごってくれるのかなー?」

そろそろ居酒屋を出ようと俺が立ちあがると、まだ酔いが残っている新玉が上目遣いをしていた。

「…おごってやりたいのも山々だが、初任給まだ出ていないから…今日は勘弁な」

俺は、少し申し訳なさそうな表情をしながら、新玉にそう告げる。


「じゃあ…また、日にちが空きそうだったら飲みに行こうぜ」

「だな」

居酒屋を出た俺達は、駅に到達していた。

この後、富士原と新玉。俺と八倉巻で帰る方向が異なるため、駅の改札機付近で別れる事となる。

「八倉巻は、だいぶ疎い所があるからな…。お前がリードしてやれよ?」

「よ…余計なお世話だ…!」

そして、去り際に富士原が、俺の耳元でこっそりと囁く。

またもや、年下に言われた事が恥ずかしかった事もあり、つい反論してしまう自分がいたのである。

「あ…」

すると、別れ際に富士原あいつが見せた横顔を見た途端、不意に思った事がある。

 そうか…新玉と付き合い始めて、富士原も変わったんだな…

彼の表情が柔らかくなった事から、俺は“そうである事”が事実であればなと思ったのである。

「…どうしたの?羽切君」

「んー?」

すると、八倉巻が俺の肩を指でつつきながら、声をかけてくる。

「いや、最初に会った時の頃と比べると…皆変わったよな…とか思っていたんだ」

「成程…。確かに、富士原君は特に、優しくなったよねー!」

俺が、思っていた事を口にすると、彼女もそれに同調していた。

「…ののかちゃんの存在が、大きいのかもね?」

「そうだな…って…」

八倉巻が口を動かしながら、上目遣いをしている。

俺も彼女の考えに同調しようとした刹那――――――彼女の左手が、俺の右手に触れる感触に気が付く。

 …案外、リードしてもらっているのは、俺の方かもしれねぇけどな…

俺は、頬を少し赤らめながら、彼女の左手を握った。



就職活動が始まって間もなかった頃、こずかい稼ぎのためにと始めた登録制のアルバイト。最初は軽い気持ちで業務に携わってきたが、こうやって裏方の仕事を通じて、多くの事を得られたと、今では思う。

最初の頃は実感こそなかったが、仕事に対する考え方や、他人ひととのコミュニケーションの取り方。一般的な常識等、大学だけでは学べない事も学べたという事実は、社会人となった今なら尚更実感できているのだ。

この先、何が起こるかわかるはずもないが、自身が身に着けた事や経験した事を活かして、これから続いていく社会人としての人生を歩んでいきたいなと思う。




<完>

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裏方カタ何処ドゴ!? 皆麻 兎 @mima16xasf

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