ニホンウナギちゃんとかばんちゃん
五条ダン
かせんちほー
「すっごーい」
「きれいだね」
かばんとサーバルが同時に声を上げた。
「ここは、かせんちほーダヨ。水はけの良い土地だから、ジャパリまんの原料となるレタスとブロッコリーを栽培しているんダ」
ラッキービーストは後ろ歩きで、河川敷の石をぴょこぴょこと避けながらガイドする。
暖かい日差しのなか、一同は上流に向かって歩みを進める。
「もうすぐキャンプ場に着くヨ。かまどとバーベキューテーブルがあって、料理もできるヨ」
それを聞いてサーバルは目を輝かせる。
「ねぇねぇ、また料理つくろーよ。こないだのカレーライス、ハカセとジョシュが全部食べちゃったんだもん」
「そうだね。材料があったら、お昼ごはんを作ろう」
太陽は高く昇り、あと少しでキャンプ場に到着するという頃、サーバルがふと歩みを止めた。耳をピクリと動かして、前方の大きな岩を注視する。
「あそこ、誰かいるよ」
かばんもサーバルの指さした先を見る。岩の隙間から、たしかに尻尾のような何かが揺らめいている。
もしかしたらセルリアンかもしれない。かばんとサーバルはおそるおそる岩に近づく。
岩に挟まるような形で隠れていたのは、フレンズだった。灰と黄を混ぜたような色のフード。鈍い銀色の服からは、鳥でもハ虫類でも哺乳類でもない、不思議な形の尻尾が飛び出ている。
顔を奥に向けて、三角座りをするようにうずくまっているので、姿がよく見えない。
「あの……」
かばんちゃんが、後ろからそっと肩に触れる。
と同時にそのフレンズは跳び上がって高い声を出した。
「ひ、ひゃあぁぁああ!!! た、食べないでくださいぃぃぃいい!!!」
「食べないよ!」
「あの、はじめまして。あなたは何のフレンズさんですか」
かばんの問いかけに、彼女は怖ず怖ずと答える。
「わ、わたしはニホンウナギの、ウナギです」
◇――◇――◇――◇――◇
ウナギ目ウナギ科ウナギ属
『ニホンウナギ』
Anguilla japonica
種の保全状態評価:絶滅危惧種(EN)
◇――◇――◇――◇――◇
「わたしはサーバルキャットのサーバルだよ。よろしくね」
「ボクはかばんです。ヒトのフレンズ、みたいです」
落ち着きを取り戻しかけたと思われたウナギはしかし、かばんの自己紹介の言葉を聞いて震え上がる。
「ひ、ヒト!? ひぃぃ、や、やっぱりわたしは食べられるのです。ウナギの蒲焼きにされて食べられるのですぅ」
「だから食べないってば! ねぇ、かばんちゃん」
「ええと、カバヤキっていうのは、何でしょうか」
かばんとサーバルは互いに困ったように顔を見合わせる。そこにラッキービーストが口を挟んだ。
「蒲焼きは、ウナギを使った料理ダヨ。包丁で身をさばいたあと、串刺しにして、皮目に焦げ目がつくまで焼くヨ。一旦蒸したあと、醤油・酒・みりん・砂糖をベースにしたタレを塗って、もう一度焼くんダネ。食欲をそそる香ばしいかおりに、舌がとろける柔らかな脂身。そこに甘辛のタレが調和して、ふっくらとした至福の美味を楽しめると言われているんダ」
「ラッキーさん!?」
「ひぃぃ、ヒトは怖いのですぅー!」
ウナギは一目散に堤防を転げ落ちると、川のなかへと飛び込んだ。かばん達が後を追おうと駆け寄ったときには、もう川のどこにもウナギの姿はいない。
「かばんちゃんは怖くなんかないもん」
サーバルが少し怒ったようすを見せる。
かばんは、俯いたまま何かを考え込んでいた。
「サーバルちゃん。もしかしたらヒトは、とても恐ろしい生き物なのかも……」
かばんとサーバルは、上流域にあるキャンプ場へと到着する。
かまどやバーベキューテーブルのある調理施設に入ってみると、見たこともない調理器具や調味料が所狭しと並んでいた。
テーブルに置いてある小瓶のひとつを手に取って、かばんがラベルの文字を読む。
「ショウユ、リョウリシュ、ミリン、サトウ……、これがラッキーさんの言っていた……」
次にまな板の上の刃物に目を向ける。
「これが、包丁……」
「すごーい、キラキラしてるね」
「ボク、ちょっと試してみたい料理があるんです」
新緑の瞳の奥に、かばんが仄かな光を宿らせる。
遠くから悲鳴のような声が聞こえたのは、かばんが鍋で醤油・料理酒・みりん・砂糖を煮詰めていたときだった。
かまどの火を消してキャンプ場の外へ出てみると、川の真ん中にウナギの姿が見えた。セルリアンの姿も一緒に――。
ウナギの周りを十体余りのセルリアンが取り囲んでいる。青いセルリアン達は、じりじりと包囲の輪を縮め、ウナギの逃げ場を無くしてゆく。
「助けなきゃ」
川に飛び込もうとするサーバルをかばんが押し止める。
「待って。流れが強いから、ボクたちだと流されちゃうよ」
かばんは背負っていたバッグから、ロープを取り出す。じゃんぐるちほーで手に入れてから何かと役に立っている、長い長いロープである。
かばんはロープの先端に大きめの石をくくりつけ、かたく結ぶ。次にロープの中程を持って、石をつけた先端を遠心力でくるくると回した。
そして空いている方のロープを、サーバルの両手に手渡す。
「ウナギさんがロープを掴んだタイミングで、思いっきりジャンプして。一気に川から引き上げよう」
阿吽の呼吸でサーバルが頷く。
かばんは大きく腕を振って、ロープを川に投げ入れる。石をくくりつけたロープの先端が弧を描き、ウナギの所へと落下する。
「ウナギさん、キャッチしてくださーい!!」
「はいぃぃ」
ウナギは落ちてきたロープを両手で握りしめる。その直後に、サーバルが真上にジャンプした。
知る人が見たならば、それは釣りの光景そのものだっただろう。張り詰められたロープに導かれ、ウナギは空を跳躍する。
セルリアンの包囲網を抜け、ロープごと川岸へと投げ出される。それをかばんが両腕で抱き留めた。
「大丈夫ですか」
「こ、怖かったですぅ」
「安心してください。ヒトが昔、何をした獣なのかは分かりません。でもここにいるみんなは、ボクの大切な仲間です。食べたりなんか、しませんよ」
「かばんさーん」
ウナギを抱きしめ、かばんは目をつむる。ひとりぼっちで、こわがりで。ジャパリパークに生まれたばかりのかばんに、ウナギはよく似ていると思った。
かばん、サーバル、ウナギ達は、キャンプ場の施設のなかへと逃げ込み、何とかセルリアンをやり過ごした。
一同がほっと一息つき、打ち解けた頃。
「できました。どうぞめしあがれ」
かばんが新しい料理を、ウナギとサーバルの座るテーブルに並べる。お皿に置かれた料理を見て、サーバルが椅子の上でぴょんぴょんとはしゃぐ。
「なにこれなにこれ、いいにおいがするよ。形もおもしろーい」
「ふわふわして、不思議な食感ですぅ。なかはトロトロしていますし、甘くてでもちょっと辛くて、やみつきですぅ」
ウナギもそれを気に入ったようで、さっそく二つ目に手を伸ばしている。かばんは優しく微笑んだ。
「ふたつに切ったジャパリまんにレタスを挟み込んで、それからラッキーさんの言っていたタレを塗って、火でさくっと焼き色がつくまで焼いてみたんです。ジャパリまんをアレンジした料理ですから、ジャパリバーガーと名付けるのはどうでしょうか」
「すごーい、ジャパリバーガーおいしーい」
「それじゃあ、ボクも――、いただきます」
美味しいものを食べてこその、人生なのだから。
(おわり)
ニホンウナギちゃんとかばんちゃん 五条ダン @tokimaki
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