立場が違えば込める意味も変わるということ

 外薗本部長との一問一答から一週間が過ぎた。

 世間ではクリスマス特有の華やかで浮かれた雰囲気が漂っているが、いま俺たちは張りつめた空気の中にいる。


 弾力のあるレザーのチェアー。

 木目状のシックなテーブル。 

 重要な会議をするときにだけ使うという役員会議室のなかで、俺たち執行部は役員の到着を待っている。


 これからまさに団体交渉が始まろうとしている。

 俺にとっては初めての団体交渉だ。


 団体交渉は、基本的に組合からの要求に対して、会社が回答する形で行われる。

 組合は要求書を作り、それに対して会社は団体交渉の場で回答をする。

 言うまでもなく、組合の要求で最も重要なのは、賃上げと一時金だ。

 一時金というのは、いわゆるボーナスのこと。この会社では夏と冬にボーナスが出るが、それはあくまで給料の一部だという考え方のもとで組合は要求しているため、“一時金”という言葉を使う。逆に会社側は業績に応じて決めるものだというスタンスのため“賞与”と呼んでいる。

 中身が同じものだったとしても、立場が違えば込める意味も変わるということなのだろう。

 

 今回の団体交渉は、冬の一時金がいくら出るのかという回答をもらう場だ。

 執行部としては、会社の業績をかんがみて、例年よりは少なくなるのではないかと予想している。だからこそ、予算の修正すら引き起こした杉本さんの件について、言及ができる。


「も、もうそろそろ、来るっすよね」

 隣に座る伍代さんの方に顔を向けると、緊張した表情を浮かべていた。

「……そうね」

 伍代さんの向こうで静かに佇んでいる篠原さんも、いつもより心なしか表情が堅い。

 執行部からの参加者はこの三人だけ。

 ほんの数ヶ月前までは、一ノ瀬さんがいて、杉本さんがいて。

 こんなに心細く感じることなんてなかった。


 杉本さんの出勤停止処分は数日前に終わった。

 だが、そのあとも有給休暇を使い会社を休んでいるらしい。

 外薗本部長とのサウナ密会のあと、みんなと一緒に何度か家を訪ねたが、会うことすらできなかった。

 今日も一ノ瀬さんが休みを取ってまで、杉本さんの家に行ってくれている。

 だけど、もう難しいのかもしれない。杉本さんは俺たちに顔を見せることすらせずに退職する決意をしているのだとしたら、組合としてできることは何もない。


「やあ、みんな早いね」

 会議室の扉が開き、社長をはじめとした役員の方々が入室してきた。

 列の最後には労務担当である梅宮さんが書記用のパソコンを腕に抱えて並んでいる。

 外薗本部長もその中に混じり、こちらを一瞥いちべつしたあとニヤリと笑う。

「杉本クンがおらんようやけど、休みかえ?」

 外薗本部長の問いに伍代さんが答えようとするのを制止し、俺が代わりに言う。

「杉本さんは一身上の都合で。なので、とりあえず始めさせていただいてもよろしいでしょうか」

「……まあ、ええやろ。ええですよね、社長」

「ああ、うん。いいんじゃないかな」


 社長の頼りないその一言で、ほぼ定刻通りに団体交渉が始まった。

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