こちらから余計なことまで暴露したからこそ

 備え付けられたテレビではバラエティ番組をやっている。

 名前のわからない芸人の笑い声がサウナ室に響く。

 

 サウナに上座や下座があるのかどうかはわからないが、とりあえず俺が出入り口の近くに腰を下ろした。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――


「杉本さんの懲戒処分の件、あれはどう考えても重すぎると思います。役員の中でどのような話し合いをされたんですか?」


「信賞必罰、うたやろ。杉本は会社に損害を出した。しかも故意にや。むしろ解雇やないだけマシやろ。聞きたいことっちゅーんは、そのことなんか? それは組合として聞きに来たんか?」


「そうです。ですがその回答では到底納得できません。処分の重さが妥当だったのか、適正な手続きが取られたのか。そういった調査を団体交渉のなかで要求することになります。それでもいいですか?」


「好きにしたらええわ。でもな、組合がいくらギャーギャー騒いだとこで、なんもかわらんで。本人が罪を認めて、会社が罰を与えて、それでしまいや。組合が騒ぎ立てることを杉本が望んどらんやろ。それでもええんか? そんなんただの自己満足やろ」


「杉本さんが望まないのであれば、そんなことをするつもりはありません。でも、逆に言えば、杉本さんがこの処分に納得していないのであれば、組合は真っ向から動けますし、全力で動きます。もし、杉本さんが団体交渉の場で再調査を求めるのであれば、ちゃんと対応してくれますか?」


「……まあ、ええやろ。杉本が自分からうてきたんなら、しゃーないわ。もっかい話を聞いたるわ。そうなるとは思わんけどな」


「約束、ですよ。杉本さんは、きっと来ますから。みんなが迎えに行ってますから」


「大きなお世話っちゅーやつや。それが杉本の迷惑になるんと思わんのか?」


「仕方ないです。だって、組合は、大きなお世話を焼くのが仕事なんですよ」


「屁理屈こねて大義名分っちゅーわけやな。そんな仕事に意味は無いわ」


「なら、外薗本部長は何のために仕事をしてるんですか?」


「んなん決まっとるやろ。1円でも多く会社の利益を出すためや。そのために身を削って働いとる。これまでも、これからもや。お前はなんのために働いとるんや?」


「自分のためです。自分が納得して生きるためです。お金を稼ぐのはもちろん前提です。でも、納得できないことはしたくないです。外薗本部長は今の仕事が好きなんですか?」


「仕事は嫌いや。でも、働くのは嫌いやない」


「……違いがよくわかりません」


「なあ、丸井。会社はなんのためにあるんやと思う?」


「社会に還元するため、だと考えてますが」


「青いなあ。ほんまケツが青いわ。会社は存続することが目的や。そのためには優秀なヤツがトップに立たんとあかん。民主主義やとか甘い事抜かしよったら衆愚政治になるだけや。そしたら会社は終わりや。独裁政治ぐらいがちょうどええんや」


「それが不正行為だったとしても、ですか?」


「綺麗事だけじゃ潰れるわ。会社が生き残ることがどんだけ大変なんか知っとるか? 十年もつのは起業したうちの5%くらいやわれとる」


「そうなん、ですか」


「せや。競合他社やらメーカーやらが潰れるのをいくらでも見てきたわ。不正だの癒着だの言われてもな、人間関係ナシでやろう思たら、安かろう悪かろうが蔓延はびこるだけやで」


「……ちゃんといい仕事をしていれば、必ずいつかは評価されます。不正しなきゃ潰れるっていうのなら、そんな会社は潰れても仕方ないと思いますけど」


「なあ、丸井や。“正しい”ことは強さやないで。ストレートしか投げられんピッチャーなんぞ、どんな早い球を投げてもすぐに打たれるわ」


「それは……」


「お前、彼女おらんやろ」


「はあ? なんですか、いきなり」


「ああん? なんでも正直に答えるんちゃうんか? 自分でうたことに責任もてんのか?」


「……ええ、いません。でも……いま気になっている人はいます」


「もしかして梅宮ちゃんのことか?」


「はあ!? なんで知ってるんですか!?」


「まあ、なんとなくや。なあ、付きうてはおらんのか?」


「付き合ってません。……でも、付き合いたいとは思ってます。まずはクリスマスに食事に誘おうと思ってます」


「ブハッ。お前はアホやな。ほんまストレートしか持っとらんな」


「別に、いいでしょう……。最後に一つだけ、いいですか。杉本さんのこと、から発注も、懲戒も、外薗本部長が全部仕組んだことなんですよね?」


「……まあええわ。さっきのに免じて答えたる。そうや。会社のためや。杉本のためや。みんなが幸せになるための不正はあくやと思うか?」


「……わかりません。でも、納得はできません」


「お前はそうなんやろな。でもワシも杉本も違う。杉本はもう会社には来ん。お前らにも会わん。それでしまいや」


「なら、もし……もし、杉本さんが来てくれたなら。杉本さんが全部話してくれたなら。ちゃんと本部長も認めてくれますか?」


「ああ、ええやろ。そんなことあるわけないからな」


「約束、ですよ。……俺、先に出ますね。もう限界です」


「若いくせにヘタレやなぁ。そんなんやと梅宮ちゃんに振られるで」


「別に勝ち負けじゃないですし。それこそ余計なお世話です」


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――


 時計を見る。

 ちょうど10分が経っていた。


 汗をシャワーで軽く流し、水風呂に身体を沈める。

 文字通り、頭を冷やす。


 余計なことまで言ってしまった。

 だが、これでいい。これでいいんだ。

 こちらから余計なことまで暴露したからこそ、向こうも正直に話してくれた。


 そう考えることで、少しでも自分を落ち着かせることにした。

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