果たすべき目的の為、全ての権利を行使する
スマートフォンの地図アプリのおかげで目的の銭湯まで迷うことなく辿り着くことができた。
傘をたたみ、年季の入った
腕時計を確認する。今は18時半過ぎ。もし外薗本部長も終業後すぐに向かったのなら、いつ来てもおかしくない。いや、役員だと就業時間が決められているわけでもないだろうから、もう既に中にいるかもしれない。そう思うと、運ぶ足が重くなる。
――組合として何ができるのかって考えてみるといいよ――。
深呼吸して、一ノ瀬さんの言葉を思い出す。緊張をほぐすためにも、一度頭を整理しよう。
組合のできることは法律で決まっている。団結権、団体交渉権、団体行動権。いわゆる労働三権というもの。組合を作る権利、使用者と交渉をする権利、そして要求を認めさせる手段としてのストライキを行う権利。
いまの日本でストライキをする企業内組合はほとんど無いらしいが、これも一つの交渉手段であることに変わりはない。
果たすべき目的の為、全ての権利を行使する。
使うつもりはなくても、最終手段としてあり得ることを示すことで、こちらの真剣さを伝えられるはずだ。
番台で料金を支払い、一呼吸置いて脱衣所に入る。
誰も先客はおらず、ざっと見たところ服を入れる
一安心してスーツを脱ぎ、コンビニで買ったタオルを持って入る。
重いガラスの扉を開けると、心地良い湯気が肌を温める。
「おお」
つい感嘆の声が漏れた。外観の印象と比べると中は随分と綺麗だ。
そういえば銭湯なんて何年ぶりだろうか。
さっそく身体を洗い、大きな湯船に浸かる。
まわりには柚子が数個ぷかぷかと浮かんでいる。冬至が近いからなのだろう。
あまり意識していなかったが、冬至が近いということはクリスマスももうすぐだ。もし食事なんかに誘ったら、あの人は来てくれるだろうか……。
そんな甘い妄想を吹き飛ばすかのような声が耳に届く。
「ほんまに寒うなったわなぁ。今日から柚子風呂やっけ?」
脱衣所のさらに向こうの番台の方からでも聞こえる特徴的な声。橋田さんの予想通り、外薗本部長がやってきた。
目を閉じ、心を落ち着ける。
考えてみれば、一対一で話すのは初めてだ。
いや、違う。もう一対一じゃない。
「……丸井クン、やっけか? なんでおるんや」
扉を開け、思わぬ先客を見つけた外薗本部長が不機嫌そうに言う。
「ああ、本部長。お疲れさまです。こんなところで奇遇ですね」
なんともないように噓をつく。
橋田さんや清洲さんから教えてもらったことを知られたら、後で何があるかわからない。
こちらを意識しながら身体を洗い、外薗本部長も湯船に入ってきた。俺から離れた場所ではあるものの、十分に会話は可能だ。
「いい湯、ですね」
「……せやな」
明らかに警戒されている。リラックスするために来た銭湯でいきなり“敵”である俺がいたのだから仕方ない。そう考えると、少し悪いことをしたような気になってしまう。
ともかく、ここから噓は無しだ。ストレートに言葉をぶつける。
「せっかくお会いできたので、聞きたいことがあるんですけどいいですか? 一つわからないことがあって」
「……ワシも、お前が何を考えて組合活動なんぞしとるんか、わからんわ」
外薗本部長の返答で一つ思いついた。
「なら、お互いに一つずつ質問していきませんか? 噓ついたりごまかしたりするのはなしで」
「ああ? なんで、そんな面倒なことを」
「ああ、そうだ。サウナの中にいる間だけってことなら、いかがですか? 今なら誰もいないみたいですし」
「……まあ、ええやろ。暇つぶしに付き
そして、外薗本部長と俺との一問一答が始まった。
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