結果を出さなければ全て言い訳と捉えられる
週の半ばというのに、緊急の部長会議が開かれた。副部長の俺も同席するように言われ、初めての管理職の会議に出席することになった。
会議の内容は、全社における予算数値修正の件だった。
とある部署で想定外の返品が大量に発生したせいで、今期の目標数値に大きなブレが発生したこと。
その乖離分を会社全体でカバーしなければならず、当初立てていた予算に上積みしなければならないこと。
どの部署にどのくらいの金額を上積みするかについては、部署ごとの状況を踏まえて役員たちが決めたこと。
そんなことが、専務だか常務だかの口から説明された。
丸井くんがメールで伝えてくれたのは、このことだったのか。さすが組合は情報が早い。教えてもらっていてよかった。そうでなければ寝耳に水だ。
隣に座っている中山さんは呆然としている。そりゃそうだ。こんな時期に予算をここまで上積みするなんて、普通なら考えられない。
あらかじめ知っていたとはいえ、これだけはどうしても聞かなくてはいけない。
「目標修正はともかくとして、この金額はどういう根拠で割り振られたんですか?」
初めての管理職会議だから大人しくしてようと思っていたが、さすがに黙っていられなかった。明らかに俺の部署だけ上積み額が大きい。
本来であれば部長である中山さんが聞くべきだろうが、隣で固まってしまっているので、代わりに俺が聞く。それくらいは許されるだろう。
「さきほど説明をした通り、部署全体のポテンシャルを考慮に入れた結果なので、ご理解いただきたい」
専務か常務かわからないが、ぴしゃりと言われてしまった。
「いえ、ですから、その根拠を――」
言いかけたところで俺の目が視界の端でとらえる。
会議室の隅で、にやにや下卑た笑いをしている外薗の姿を。
先週、外薗と対峙したとき、こいつが最後に言い残した言葉を思い出す。
――優秀な一ノ瀬には会社のためにしっかり働いてもらわなあかん――。
ああ、全てこいつの差し金か。
他の役員たちを言いくるめて、嫌がらせのように予算数値を上乗せしてきたってことか。俺が外薗の派閥に入らなかったから。
部署のみんなに申し訳なく思うと同時に、ふと納得できたこともあった。
俺が派閥に入らなかったから、予算を上積みされた。逆を言えば、外薗の派閥に入ることで目標数値を低く抑えてもらえる、ということ。
目標数値の達成は管理職の評価とほぼイコールだ。今回に限らず、もし外薗に従うことで、予算設定を低く抑えられるとしたら。それを暗に示されたとしたら、外薗の下に付いた方が得だ、と考える管理職が出てきてもおかしくない。
なるほど、これも外薗の“権力”の一つか。
「その部署が持つポテンシャルを踏まえたということで、それは期待値と捉えてほしい」
外薗に言いくるめられてしまっている役員が、さっきと同じ内容を聞こえの良い言葉に置き換えて言う。この人が専務でも常務でも、もうどちらでもいい。
「わかりました」
一言だけ、答える。
役員がここまで言っているのなら、ただの副部長である俺がいくら異を唱えたとしても意味がない。
一人当たりの生産性。市場の規模。他業者とのシェアの割合。
本来であれば、予算組みをする際にいろんなことを考えなければならない。
だが、こういった真っ当な言い分だったとしても、結果を出さなければ全て言い訳と捉えられる。
結果を出してやる。
この状況で結果を出して、反論の余地を残さず、この予算設定が異常だという証拠を叩きつけてやる。
外薗の方向にはあえて目を向けず、俺はもう一度、わかりました、と答えた。
さっきよりも強く、はっきりと。
「えっと、みなさん。ちょっと聞いてください」
部長会議が終わったあと、その日のうちに緊急ミーティングを開き、予算上積みの件をみんなに共有した。
「この時期にきての予算の上積みは、正直きっついです。金額の根拠も納得できないかもしれません。でも、俺たちはサラリーマンです。いつも通り、やれることを全力でやりましょう!」
俺たちは社会人だ。ときには理不尽なことも飲み込まなくてはいけない。
「残業が難しい人は無理にしなくても大丈夫です。でも、残業が可能な人は、申請してください。力を貸してください」
だけど、飲み込んだら必ず腹に溜めて、しかるべきときに吐き出す。そうしないと、いつかお腹を壊してしまう。
「今日から俺も、営業として客先をまわります。一緒に頑張りましょう!」
いわゆるプレイングマネージャーとして、俺も動く。管理職が本気を見せなければ、部下が動くわけがない。
もちろん当初立てた有休消化率の目標も、達成を諦めない。有休はしっかり消化して、理不尽な予算も達成して。めちゃくちゃカッコいい部署にしてやる。
久しぶりに燃えてきたぜ。
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