仕事を奪われないために、次世代を育てない

「とりあえず、こっちで話しましょか」

 さすがに部署のみんなの前で言い合いをするのもはばかられるので、来客用の会議室に入る。

 何も言っていないのに、部長の中山さんもついてきた。

 三人とも座らず、机を挟んで向かい合って立つ。

「ちっ、違うよね! 言い間違いかなにかだよね!? ほら、誤解を生むような言い方をしたことを早く謝って!」

 個室の中で流れる沈黙を破ったのは、俺と外薗の間に立っていた中山さんだった。

「いえ、言い間違いなんかじゃないです。心からの言葉です」

 中山さんが青白い顔をして黙ってしまう。

 微妙にかばってくれようとする辺り、悪い人じゃないんだよな、この人。

「もちろん誤解を生む言い方をしたつもりもありません。もう言葉通りの意味です」

「……一ノ瀬クンな。さすがにその言い方は失礼やろ?」

 ようやく外薗が口を開く。

「いいえ。だって本部長の言い方をそのまま使わせていただいただけですよ。腐ったミカンって。もし失礼だと俺をとがめるのなら、本部長が先に謝るべきじゃないでしょうかね」

 丸井くんだけじゃない。これまでお前が好き放題してきたことに。

「……せやな。確かにワシの言い方も良くなかったな」

 あれ? 言い返してこない。

 ここは個室だぞ。いつもみたいに怒鳴ってこいよ。

「最後の確認やで。一ノ瀬クンは、ワシの考え方とは違うっちゅーことやな」

 ああ、そうか。外薗は自分の派閥に俺を入れたかったのか。俺を管理職にして組合から外したのも、自分が元々いた部署に俺を持ってきたのも、そういうことか。

 今さらながら、ようやく外薗の意図が読めた。

 まあ、それがわかったところで、そんなことはどうでもいいんだが。

「そうですねー。全っ然違いますね。丸井くんは今後の会社を担う貴重な人材だと思いますし、これまで本部長が辞めさせてきた人達もみんな真面目で優秀だったし、本当にもったいなかったと思ってますよ」

「なあ、一ノ瀬。人聞きの悪いこと、言わんといてや。いつワシが辞めさせたんや?」

 おっと、呼び捨てですか。そうですか。

「ああ、そうでしたね。本部長の意向を読んで、本部長の部下の人達が辞めさせたんでしたっけ」

 中山さんがビクッと肩を震わせる。

 別にあなたを糾弾するつもりはないし、それを言うなら俺だって同罪だ。

「なんやら誤解されとんのう。なあ、中山クン」

「あ、は、はい!」

 俺と外薗の間に立っていた中山さんが、こころなしか少し向こうに寄って行く。

「ワシらは会社の方針と合わんような社員に、他の生き方があるんやないかって提案しただけや。それを退職強要と言われてもなあ。元組合委員長やったら強要と勧奨の違いくらいわかるやろ?」

「いやあ、実際かなり微妙なラインだったと思いますけどね」

 証拠がない。ただそれだけの話だ。

 俺や清洲さんみたいに、レコーダーを持つ習慣のある人なんかそうそういないから。

「その辺は価値観の相違やな。まあしゃーない。んじゃ、ワシはもう行くわ。このあと役員会議があるからの」

 のそのそと外薗が会議室から出ようとする。

 くっそ。今日は尻尾を掴むチャンスだと思ったのに。

 歯がゆく思いながら、ポケットのなかのレコーダーを握りしめる。

「あ、そうだ。いっこ確認してもいいですか?」

 んん、と面倒くさそうに振り向く外薗に、質問を投げる。

「今回、本部長の意向に沿わなかったことで、俺もだって判断されたってことですかね?」

 中山さんが何か言いかけるのを制止し、歪んだ笑みを見せて外薗が言う。

「いいや、そんなことないで。優秀な一ノ瀬には会社のためにしっかり働いてもらわなあかん」

 そう言い、外薗は会議室から出て行った。


 会議室に残された俺と中山さんとの間に、少し気まずい沈黙が流れる。

 とりあえず意識的に大きく溜め息をついてみる。

「はー、疲れたー」

「……疲れたじゃないよ。僕は知らないからね。さすがにもう、かばいきれないよ」

 ああ、やっぱりフォローしてくれてたんだよな。ちょっと悪かったかな。

「別に大丈夫ですよ。そもそも本部長が現場に口出してくることがおかしいんです。ここの責任者は中山さんですからね。しっかりしてくださいよ」

「ああ、まあ、うん」

 あまりにも煮え切らない返答だ。

「ぶっちゃけて聞きますけど、なんで上の人達は本部長の言いなりなんですかね? 誰もおかしいって指摘しないんですか?」

「ちょ、ちょっと、言いなりとか、変なこと言わないでよ」

「だって、言いなりでしょう。人事も評価も全部」

「……上司の方針に従うのは社会人として当然だし、仕方ないよ」

 ふむ。中山さんは今、仕方ない、と言った。つまり、納得してない部分もあるということか。

「ある程度はそうかもしれないですけど、あまりにも本部長一人に権限が集まりすぎているように思えますよ。あの人、そんなに有能なんですか?」

 そうは見えませんけど、と続けたいところをぐっと抑える。

「……営業として結果を出してきた人だからね。僕たちの世代はみんな外薗本部長を見て育ってきたから。……それに、営業時代に築き上げてきたメーカーとの人脈も大きいよ。本部長が首を横に振れば、仕入れができなくなる商品はたくさんあるし」

 ただ威張ってるだけじゃないとは思ってたけど、そういう理由もあるのか。

「その人脈ってのは、誰かに引き継いだりしてないんですよね?」

「え? ……うん、そうだね」

「後任を育てたりは?」

「……いまのところは誰もいない、かな」


 なるほど。“権力”の仕組みが少し見えてきた気がする。

 自分の仕事を奪われないために、次世代を育てない。そうすれば自分の優位性を保持することができるから。

「中山さん、マジで頑張ってくださいよ。部長なんですから。管理監督者なんですからね」

「え、あ、まあ、うん」

 外薗のようなヤツの好き勝手にさせないためには、組合だけじゃ足りない。俺や中山さんみたいな管理職も、ちゃんと声を上げなきゃダメだ。アイツにしかできないことを奪わなきゃダメだ。


「俺、管理職になれて、よかったかもです」

「え? じゃあ、本部長に感謝しないと」

「それはないです」


 別に反外薗派になれとは言わないけど、俺は外薗が大嫌いだということを、そろそろ中山さんも理解してくれないかな。

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