つまり、組合が自分たちで決めたことなんだ
「俺、来月から、管理職になるって……。副部長、だって」
さっき屋代さんから言われたことを、さっそく執行部のみんなに伝えた。
事情を知らない丸井くんは純粋に祝福してくれたが、他のみんなは困惑している。そりゃそうだよな。
「……丸井さん。管理職になったら、組合、抜けなきゃいけないんすよ……」
俺の代わりに伍代くんが説明してくれた。
丸井くんは、きょとんとした顔で呆然としている。頭が追い付いていない、といったところか。
しばらくみんなが考え込んでいたなか、杉本さんが口を開いた。
「……これって、支配介入じゃないのかなあ?」
うん、さすが杉本さん。良い指摘だ。
「俺もちょっとそう思ったんですけど、かなり微妙なとこなんですよね」
「まあ、そうかあ。転勤とか退職勧奨じゃないからねえ」
「あの……支配介入って、なんですか?」
お、丸井くんの脳が復活したか?
さすがに切り替えが早いな。
「支配介入ってのはね、会社が組合の運営に対して介入してくること。労働組合法って法律で禁止されてるんよ。面白いことに、会社が組合に資金の援助をすることも、支配介入の一つになってんだよね」
「へええ。援助してもダメなんですか」
さっきまで呆然としていたのに、もう目がキラキラして好奇心に満ちている。
「そうなんだよ。組合は会社から独立した組織じゃなきゃいけないからね。だから
「なるほど!」
知らないこと、わからないことを恥ずかしがるよりも、好奇心の方が勝る。この貪欲さは、丸井くんの武器だ。
「ただ、援助の中でもいくつか例外はあって、必要最小限の広さの組合事務所を与えるのはオッケー。だから、この書記局はタダで使わせてもらってるんだよ」
「はー、勉強になります。知らないことばっかりです」
「んにゃ、こういう細かいこと知るのは後からでいいんだよ。対応しなきゃいけないことは山ほどあるんだしさ」
そう。まだ丸井くんが来てから三ヵ月しか経っていない。それなのに、もう執行部に欠かせない存在になっている。いまや経営協議会も丸井くんの準備無しでは対応できないし、労務の梅ちゃんとも予想以上にコミュニケーションを取れてるみたいだし。
「あの……質問ついでにもう一ついいですか?」
「お、なになに?」
丸井くんの調子が戻ってきた。つられて塞ぎ込んでいた気持ちが少しずつ晴れてくる。
「管理職になったら、組合を抜けなきゃいけないっていうのは、それも法律で決まってるんですか?」
「グッドクエスチョン! うんとね、法律で決められてるのは、管理職のなかでもちゃんとした管理職だけ、だったはず。だよね?」
自信がないので、細かいところはみんなに頼る。
「ええ、そうですね。正確には『使用者の利益を代表する者』、つまり役員のことですね」
篠原さんが正確に答えてくれた。よくそんな細かいところまで覚えてるな。さすがだ。
「他には、人事権を持つ人と、労務担当者は入れないって決まってたはずっすよ」
伍代くんもきっちりと補足をしてくれる。みんなしっかり成長してる。うんうん。
「あれ? じゃあ部長とか課長とかだったら組合に入っても問題ないんじゃ……?」
丸井くんが期待に満ちた目で俺を見る。
そう。法律上はそうなんだよ。でも、残念ながらそうはいかない。
書記局のロッカーを開き、冊子を一つ取り出して丸井くんに差し出す。
「……組合規約?」
そう。
「最初の方……。組合員の項目を見てみ」
丸井くんがすぐにページを開き、読み上げる。
「えっと……。――会社の従業員は次のものを除き全て組合員とする。一つ、課長以上の管理職――。これって、つまり……」
「つまり、組合が自分たちで決めたことなんだよ。別にウチだけじゃない。ほとんどの組合がそう。会社の就業規則上の管理職っていうのを、労使を分けるラインにしてるんだよ」
もちろん、『名ばかり管理職』なんてのは論外だけど、ちゃんと権限のある管理職であれば、その線引きはとても分かりやすい。
「じゃあ、やっぱり、どうしようもないんですね……」
そんな泣きそうな顔をするなよ。まったく、交渉のとき、そんなに感情が表情に出てたら不利になるぞ。今度ポーカーフェイスのコツも伝授してやろう。
「と、いうことでさ。決まったもんは仕方ないので、これからどうするかを考えよう。っつって、俺が言うのも変だけどさ」
みんなを見て、無理矢理に笑う。
「来月付で公示が出るから、もう一か月もない。だから、まず決めなきゃいけないのは、次の委員長をどうするか」
周りの空気が一気に緊張したのを感じ取る。
委員長を含めた組合役員はすべて選挙で決める、と規約でも定めている。でも、実際に立候補なんてする奇特な奴はそうそういないし、あんまり偏った思想を持った奴が立候補してきてもいろいろと危ない。
だから、旧委員長が新しい委員長を指名する方式が、慣習的に行われてきた。
こればかりは、みんなで決めるわけじゃない。俺の独断になる。
あまりにも早い、委員長としての最後の仕事だ。
「伍代くんさ、よろしく」
「お、俺っすか!?」
「うんうん、いいんじゃないかな。僕もちゃんとフォローするよ!」
「ですね。私も及ばずながらお力添えします」
「俺も……一緒に頑張りましょう!」
みんなが伍代くんを一斉に鼓舞する。
「ああ、先に言っとくけど、拒否権はないからね」
うそだけど。
「えええ……マジっすか……。わかりました。やります!」
「いいね! その腹を括った感じ!」
伍代新委員長、よろしく頼むよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます