第4話 委員長の一ノ瀬ですよ

どういうことなのか説明してもらえますよね

「おかしいですって! なんで俺が副部長なんですか!? 他にも人はいるでしょうよ!」

 人事部長の屋代やしろさんに呼び出され、なんの用件かと思ったら、まさかの内示だった。俺が管理職なんて、さすがに早すぎる。

「落ち着け、一ノ瀬いちのせ。お前らしくない。……気持ちはわかるが」

「これが落ち着いていられますかっての!」

 と言ったものの、屋代さんに当たっても仕方ない。

 何度か深呼吸をして、頭を冷やす。

「……すみません。でも、コレ、どういうことなのか説明してもらえますよね。俺、組合の委員長ですよ? この辺は会社にも理解してもらってると思ってたんですけど」

「ああ……」

 屋代さんは目を伏せて言う。

 言いづらいことを言うとき、この人はいつもそうだ。ちゃんと目を見て話しましょうよ、なんて普段なら注意するとこだけど、今は俺もそんな余裕がない。とにかく話を聞かないと。

「……外薗ほかぞの本部長直々の推薦だった。役員会議の稟議をゴリ押しで通された」

 外薗!?

「っのクソ野郎!」

 あっと、つい反射的に汚い言葉が出てしまった。

 ここが個室の打ち合わせブースで良かった。

「……組合への仕返しのつもり、ですかね? 丸井くんを辞めさせられなかったのが、そんなに悔しかったんでしょうか」

 屋代部長は何も言わない。

 肯定も否定もしない。なら、その前提で話を進めさせてもらう。

「だからって、普通ここまでしますかね。俺みたいな若造をわざわざ管理職にしてさ。誰も文句言わないんですか?」

「……お前が優秀なのは、みんな知ってるからな。それについては誰も文句言わんよ」

「ん、それはどうもですけど、そうじゃなくて、明らかに不自然だって誰も指摘しなかったんですか?」

「時期尚早ではないかと、役員会議の中で俺も言ったんだがな。優秀な人材は積極的に登用すべき、という方針を外薗本部長が以前から打ち出していてな。他の役員はみんな納得していた」

 前から計画していたってことか。あんの野郎。

「組合委員長の任期中だって話もしたんだが、会社の人事施策を労働組合に気を遣う必要があるのか、ということで他の役員達も言いくるめられてしまった」

 屋代さんが眉をひそめ、机の上で指を組みながら苦しそうに言う。

 人事部長という立場上、謝罪の言葉を口にするわけにはいかない。それをしたら、会社と組合とがことになってしまう。俺としても、それを言わせるわけにはいかない。


「……まあ、既に役員会議で決まったことなら、やむなしですわ。会社勤めのキビシーところですねえ」

 これ以上、屋代さんを問い詰めても仕方ない。次のことを考えないと。

「じゃあ、俺行きますわ。これから執行委員会なんで」

「あ、一ノ瀬」

 打ち合わせブースを出ようとする俺を、屋代さんが呼び止める。

「……これからの組合の体制についても考える必要があるだろう。執行部内だけに留めてくれれば、今回の人事の件について相談してもらって構わない」

「はい! どうもです!」

 本来は内示の段階で誰かに口外することは固く禁止されてるけど、執行部内でなら構わないと人事部長のお墨付きをいただいた。きっと屋代さんなりの最大限の配慮なんだろう。こういうとこあるから、この人好きなんだよな。


 ブースを出て、小走りで書記局に向かう。

 そうだ。これからの組合の体制、と屋代さんから言われて、ようやく思い立った。

 やっぱり俺、冷静じゃなかったらしい。こんなことが頭からすっかり抜けていた。


 次の委員長、誰にしよう。

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