その無愛想さを、とても心強く感じてしまう

「――なので、こういう就業規則の変更情報はイントラに載せただけじゃ不十分だと思うんですよね。忙しいと読まない人多いですもん」

「そうですか。ではメールで配信をすれば良いですか?」

「それだと、途中で新しく管理職になった人には伝えらんないですよね。うーん、どうしよっか。丸井くん、なんか良いアイデアない?」

「え? 俺ですか。えっと、ポイントだけ書いたQ&A形式の冊子を配布、とかですかね。それくらいなら忙しい人でも見るでしょうし。新しく管理職になった人がいても、それを渡すだけで済みますし」

「お、いいじゃん。梅宮さん、どうですかね?」

「……わかりました。検討してみます」


 昨日の晩、清洲さんとのやり取りの中で出てきた問題について、さっそく経営協議会で対策を話し合う。

 法改正に合わせた細かな就業規則の変更を、どのように従業員、特に管理職に通達するか。

 これが簡単なようで、意外と難しい。

 自分も経験があるが、業務が忙しいと、そういったメールが送られたとしても、まず見ることはない。必要なときには埋もれてしまって、すぐには探し出せない。

 とりあえずの案が出たところで、梅宮さんには持ち帰ってもらう。


「では、他に何かありますか?」

 梅宮さんがこちらを見回す。

 以前と比べると話しやすくなったとはいえ、相変わらずの仏頂面に、銀縁眼鏡の奥から光る冷たい眼で見られると、やはり緊張してしまう。

「あ、そうだ。一つだけいいですか?」

 この前、聞いた話を思い出した。

「今は有給休暇を半日に分割して取得する半休制度がありますよね。これをもう少し細かくして、たとえば一時間単位に分割することってできませんか?」

「できません」

 即否定。

 やっぱり俺には特に当たりがきつい気がする。

「えっと、それはどうしてです? この制度を導入している会社はたくさんあると思いますが」

「時間休制度を導入する場合、勤怠システムの改修が必要です。その為に一体いくらかかるかご存知ですか? 要求するだけの立場は楽ですね」

 確かに、金銭がかかる以上、簡単にはできないのはわかる。とはいえ、言い方というものがあるのではなかろうか……。

「もし、どうしても導入したいというのであれば、システム改修のための稟議書を回さなければなりません。十中八九、通りませんが」

「……わかりました」

 仕方ない。残念だが今回は諦めることにする。

 

「今日はこんなところですかね。んじゃ、お疲れさんでしたー」

 協議会を締める一ノ瀬さんの言葉と同時に、書記局の扉が開く。

 

 そこにはつい昨日見たばかりの男性が立っていた。

「清洲、さん? どうしたんです?」

 一ノ瀬さんの問いに、清洲さんが答える。

「今日は第三金曜日。経営協議会だと思ったんでね。直談判に来たんだよ」

 ああ、そうか。元書記長だから経営協議会のスケジュールも知っているのは当然だ。しかし――。

「その件については、昨日納得されたはずでは?」

 篠原さんが清洲さんに向けて言う。

 そう。昨日の話はもう終わったはず。

「マタハラの件については、ひとまずお預けということで構わないよ。今日来たのは、人事部を糾弾するため」

 その言葉を聞いて、梅宮さんが眉をしかめる。

 ただでさえ不機嫌そうな仏頂面が、さらにしかめっ面になる。

「管理職への通達の不備。これはあきらかに人事部の怠慢だ。ここは組合として舐められないように、びしっと言わなきゃダメなんだよ」

 意味がわからない。

 確かに、人事部の不備があったかもしれない。だから、こうして対策を練っている。

 それなのに、それを糾弾? 舐められないように?

「今の執行部はとても甘いからね。一ノ瀬くんも、杉本さんも、みんな甘い! 言うべきことは言わなきゃダメなんだ!」

 みんなが圧倒されている中、雄弁に語った清洲さんは、梅宮さんの方を向いて言う。

「アナタが今の労務担当?」


 梅宮さんの表情が固まる。

 さすがの梅宮さんも驚いているのか。


「はああ」

 梅宮さんが声に出る程の大きな溜め息をつく。

 これは、驚いたというより、呆れているのか。

「そうです。私が労務担当です」

「やっぱりそうか。だったら――」

「今は経営協議会の最中です。部外者は即刻立ち去ってください」

 無表情で言い放つ。

「ぶ、部外者じゃ――」

「部外者です」

 取り付く島もない。

 だが今はその無愛想さを、とても心強く感じてしまう。

「ぐっ、でも」

「それとも、組合執行部の役員をされているのですか? の清洲さん」

 人事部預かり?

 なんだそれは?


 その言葉を聞いた瞬間、清洲さんの顔色が変わった。

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