そもそもなんでウチに来たのか、わかんない

「斉藤部長がそんなことするはず、ないです!」

 つい声を荒げてしまう。

 とにかく無実を証明しようと、斉藤部長あてに内線をかけようとする俺を、一ノ瀬さんが制止する。

「おいおい、ちょい落ち着けって。いきなり当人に連絡しちゃうのはマズいでしょ」

「でも、斉藤部長は嫌がらせなんてする人じゃないです!」

「ああ、わかってるって。きっと清洲さんの勘違いか、ちょっと大げさに言ってるだけだと思うよ。でも、組合員から執行部に相談があった以上、調査をして報告しなきゃいけないわけでさ。そんとき『本人はそんなことしてないって言ってますよ』で納得はできんでしょ。事実はどうあれ、さ」

 ああ、そうか。一ノ瀬さんの言う通りだ。

 つい反射的に熱くなってしまっていた。

「俺も斉藤さんが悪いとは思えないよ。だから、まずは産休明けの女性とやらに聞いてみようよ。誰のことだかわかる?」

「ええと、俺と行き違いに復帰した内務の方がいるので、おそらくその人だと思います。面識もあるので、話はしやすいです」

「おっけ。んじゃ、軽ーく、最近営業部どうですか? 産休明けで大変じゃないですか? くらいなノリで聞いてみてよ。せっかくだから育休関連の法改正があった話なんかも教えてあげてもいいかもね。いきなり『営業部内でマタハラがあったと報告を受けた』なんて言っちゃうと、向こうも身構えちゃうだろうからさ」

 なるほど。確かにそうだ。

「わかりました。……今日はもう帰社してると思うので、明日にでも電話してみます」

「んじゃ、何かわかったら清洲さんに返事する前に共有してね」

 了解です。

 やはり一ノ瀬さんは頼りになる。



 翌朝、すぐに第三営業部に内線をかける。


「おはようございます。組合書記局の丸井です。ご無沙汰してます」

「あ、丸井くん? お久しぶりー! 私が休んでる間に専従になったんだって?」

 受話器の向こうから元気な声が響く。

「ええ、そうなんですよ。いろいろありまして」

「私と行き違いになっちゃって残念だよー。今度また営業部に遊びに来てよね。みんなも寂しがってるよー」

「ええ、落ち着いたらぜひ」

 この明るさ。やはり問題を抱えているとは思えない。

「でもどうしたの? しょきちょーが私に内線かけてくるなんて。あ、わかった。女の子紹介してほしいんでしょ!」

「違います!」

 そんなことで朝っぱらから内線をかけるような奴だと思われてるのだろうか。

「あっはっは。ジョーダンジョーダン。んで、どうしたの?」

 いきなりここで、最近どうですか、なんて聞くのはあまりにも不自然だ。昨日の一ノ瀬さんの案に乗らせてもらおう。

「えっとですね。組合として、産休明けの方に育休の法改正のお知らせをしていまして。お子さんが体調崩したときなんかに取れる看護休暇っていうのが年に5日間取れるんですけど、今年から半日単位での取得ができるようになったんですよ」

「へええ! それは知らなかったわ!」

「それ以外にも、法改正に合わせて細かな就業規則の変更があるので、一度目を通してみると良いと思いますよ」

「なるほどねー。こういう啓蒙活動みたいなのも組合の仕事なのね。助かるわー。有休も半日単位じゃなくって、もっと細かく取れればいいんだけど」

「ああ、やっぱり保育園の送り迎えとかで大変ですよね」

「そう! そうなのよう。子供が体調崩したらすぐ迎えに行かなきゃいけないしさー。やっと保活が終わって安心してたんだけど、これが全然気を抜けないのよねー。育児、マジ大変ですわ」

 お、期せずして、本題に入れそうだ。よし、この流れで聞いてみよう。

「……そういうときって、半休を使って早退するんですよね? 斉藤部長はちゃんと対応してくれてます?」

「うん。急な休みが入ることも了承してくれて、朝も電話かける余裕がなかったらメール一本送ったらいいよって言ってくれてね。すんごく助かってる」

 ほら。やっぱり斉藤部長が嫌がらせなんてするわけがない。

「たださ、私が急に休んじゃうと、営業さんに迷惑かけるじゃない? だから、大事な案件には関われなかったりするんだよね。仕方ないんだけど」

「なるほど。……その辺りの業務の調整も斉藤部長が?」

「うん。私が復帰したとき、内務担当の割り振りも見直してくれてね。責任が重い仕事は外してくれたのよね」

 清洲さんが言っているのは、もしかしたらこのことなのだろうか。

 穿った見方をすれば、育児を理由に責任のある仕事から外した、というように捉えることもできる。もしかして、そういうことなんだろうか。


 そうだ。せっかくだから、清洲さんのことも聞いてみよう。

「そういえば、俺と入れ違いに清洲さんっていう営業の人が来たんですよね。どんな方です?」

「あー……そうねえ……」

 急に声が小さくなる。

「んっとね、丸井くんのお客さんをいくつか引き継いだみたいなんだけどね、けっこうトラブってるみたいなのよね」

「トラブってる? どうしてまた?」

「んー、ぶっちゃけあの人、全然仕事してないみたい。今日も朝一でお客さんとこに斉藤部長が謝りに行ってるしさ。せっかく人が増えたと思ったら、周りの仕事の方が増えてる感じ」

「……マジですか」

「うん、マジですよ」

 一体なんなんだろう。

 少し頭に血が上っていくのが自分でもわかる。

「そもそもなんでウチに来たのか、わかんない。丸井くんが抜けたあと、別に補充要員を申請してたわけでもないみたいだし」

「……どういうことなんでしょう」

「さあ。上の人同士でなんかあったのかもって、みんな噂してる」


 そんな消化不良の疑問を残したまま、とりあえず電話を切った。

 とにかく、当初の目的は達成した。

 斉藤部長は無罪だ。まずはそれがわかった。


 でも、清洲さんの仕事ぶり。言いたいことも聞きたいこともたくさんあるが、そんなところにまで組合として口を出すわけにはいかない。

 モヤモヤとしたものが胃の辺りにずっと残ってしまう。

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