まさに、綿々と受け継がれていく負の遺産だ

 安全衛生委員会の話が一段落したので、次の議題に移る。


「では、次の議題です。大阪支店のハラスメント報告について。こちらも一ノ瀬委員長からの報告になります」

「んじゃ、まあ出し惜しみせずに、と。まずはこれを見てもらえます?」

 プリントアウトしたA4の紙を二枚ずつ配る。

 そのうちの一枚は前回の経営協議会で梅宮さんに見せたものと同じだ。

「これは大阪支店の人から転送してもらったメールなんですけどね。こういうメールを支店の社員全員に送ってるみたいなんです。つるし上げ、ですよねえ」

 成績の悪い営業担当者に対する叱責を、宛先に支店全員を入れたメールで行う。その言い方も、かなり強い言葉を使っている。

 パワーハラスメントに限らず、ハラスメントの定義はとても難しいらしい。

 言っている本人は純粋に“指導”だと思っているケースもあり、前回梅宮さんが言った通り、結局は言われた人がどう受け取るか、というところも大きい。


 資料をさっと見た梅宮さんが言う。

「前回も伺いましたが、これは本人からの相談があったということですか?」

「いえ、前回も言いましたけど、周囲の人間からの報告ですね」

「では、それだけだと現時点では――」

「まあ、そうですよね。で、もう一枚の方も見てもらえます?」

 全員が資料をめくる。内容としてはほぼ同じメールだ。

 ただし、が違う。

 そのことに、屋代部長が先に気付いた。

「これ、日時が15年前、か? 送信者は……外薗ほかぞの本部長? ああ、当時の支店長か……」

「そうなんですよ。余りにも内容が似てるんで、ぱっと見それがそんな昔のものだってわかんないですよね」

 そう。それくらい似ていた。言い方も、やり方も。

「その時代は今ほどパワハラって考えが浸透してなかったので、ある意味仕方ないかなって思うんですけど、今は違いますよね? 管理職になるとき、イヤってほど研修を受けるって聞きます」

「ああ、そこは管理者教育の一環でプログラムを組んでる」

「その甲斐もあって、他の支店ではあんまりこういう報告受けないんですよね。でも、大阪支店ではこういう習慣が残っちゃってるわけです」

 しばらく資料を見つめていた梅宮さんが口を開く。

「大阪の文化というのも、あるのではないのですか?」

「それは多少あるかもしれないですね。でも、ちょっと面白いこと見つけたんで、メールの宛先の方を見てもらえます?」

 梅宮さんが資料を目を戻す。

「メールの受信者の中に、今の大阪支店長や部長、前の支店長もいるんですよね。つまり、次世代の管理職がこういうのを見て育ってきたわけです」

 屋代部長が小さく頷く。

 梅宮さんは視線を資料に向けたまま動かない。

「上司はこうやって叱咤激励をするもんだって刷り込まれちゃってるから、管理職になるときに研修を受けたくらいじゃ、変わらないし、変われない」

 まさに、綿々と受け継がれていく負の遺産だ。

「ということで、組合からの提案としては、今回のメールの件についてどうこうっていうんじゃなくて、こういう“刷り込み”を考慮した管理職教育を組んでもらいたいなってことです。ここで、負の連鎖を断ち切りましょう」

「……なるほどな。わかった。この資料はもらっていいか?」

「もちろん。ぜひ、よろしくです」

「……しかし、よくこんな昔のメール入手できたな」

「そこは、まあ企業秘密です」

 一ノ瀬さんがニヤリと笑って俺を見る。


 この15年前のメールを送ってくれたのは俺の元上司、第三営業部の斉藤部長だ。

 メールの受信者の中の一人に、斉藤部長もひっそりと名前を連ねている。


 大阪支店の支店長がどういう人物なのか、俺は全く知らなかった。なので、これまで会社の情勢をずっと見てきたというパートの橋田さんに聞いてみたら、自分はよく知らないが斉藤部長が以前大阪支店にいたことがあるので聞いてみるといい、と教えてくれた。

 そして斉藤部長に相談をすると、俺が驚くくらいに協力をしてくれて、保存していたメールのデータから当時のメールを転送してくれたのだ。

 斉藤部長曰く、この経験があったから本社勤務になって執行委員をやったんだぜ、とのこと。

 上司としてお世話になっていたときよりも頼もしく見える、というのは少しおかしかった。


「ということで、この件については管理職研修の再構成ということで、お預けしますね」

「わかった。梅宮、また仕事が増えたな」

「……必要なことですので、問題ありません」


 梅宮さんに、必要なこと、と言わせた。

 そんなことを、ほんの少し誇らしく感じてしまった。

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