検討と言いつつ何も変わらないまま繰り返す

 俺が書記局に来てから約半月が経った。

 引間さんはまだ休んだままだが、たまにメールでやり取りをするので、その際に資料だけではわからないことを補足してもらっている。一ノ瀬さんは電話で何度か話していると言っていたが、やはり復帰の見込みは立たないらしい。


 そして今日は二度目の経営協議会だ。

 前回、俺は全く役に立たず、梅宮さんに議論の主導権を握られてしまった。軍師失格だ。

 今回、俺はどこまでやれるだろうか。とりあえず一言でも意義のある発言をすることを目標にしよう。スモールスタートでも良い。一歩ずつだ。


「先週は悪かったね。急な出張が入ってしまって」

 今日は人事部長の屋代さんも参加している。屋代部長の隣には前回と変わらぬ仏頂面の梅宮さんが座っている。

「丸井くんと会うのも久しぶりだね。もう6年くらい前だったっけ?」

「はい。ご無沙汰しています。まさかこんな形でまたお会いすることになるとは思いませんでした」

 屋代部長とは入社面接の際に会って以来となる。さすが人事部長ともなると、自分が面接した社員のことはしっかりと覚えてくれているんだろうか。


「さて、と」

 隣に座る一ノ瀬さんが時計と俺の顔を交互に見る。

 そうだ。今日は俺がやると、一ノ瀬さんと話して決めたんだった。

 ふう、と息を一度ゆっくり吐いて、気持ちを落ち着ける。

「では、時間になりましたので、経営協議会を始めたいと思います。議事進行は書記長の私、丸井が務めさせていただきます」

 一ノ瀬さんがニコニコと笑顔で、かてえよ、と声に出さずに言っている。

 向かいに座る梅宮さんは、対照的に厳しい顔を見せる。つい気後れしそうになるのをこらえ、メモを見ながら続ける。

「本日の議題は三点。一点目は、安全衛生委員会での超過残業対応について。二点目は、大阪支店のハラスメントの報告について。三点目は、退職金制度について、これは屋代部長から導入の目的についてご説明いただけるということでしたので、お願い致します」

 屋代部長が大きく頷く。

 議題自体は前回と全く同じだ。

「では一点目について、一ノ瀬委員長から――」

「それは前回の会議で、安全衛生委員会の中で検討をするということになっていたのでは?」

 予想通り、食い気味に梅宮さんの指摘が入る。そう、予想通りだ。

 一ノ瀬さんがにやりと笑って俺のあとを引き取る。

「そうですね。前回話した通り36サブロク協定の運用については安全衛生委員会の中で協議するってことになってました。ですが、今回議題に挙げたいのは、安全衛生委員会のやり方に対してです」

 ふむ、と屋代部長がまた頷いた。

 梅宮さんは眉をしかめている。

「屋代部長もご存知だと思いますけど、安全衛生委員会では残業時間が45時間を越えた従業員のリストを共有してます。でも、それだけです」

「なので、その運用方法については安全衛生委員会の中で――」

「これを見てくれます?」

 今度は梅宮さんの発言に一ノ瀬さんが被せた。

 一ノ瀬委員長の目配せで、準備していた資料を配布する。安全衛生委員会12回分、つまり一年分の議事録だ。

「このマーカーを引いたところは、組合側が、まあだいたい俺ですけど、超過残業の対策を練りましょうよって提案して、人事部が『検討します』ってなってたところです。ほぼ隔月ですね。俺、こんなに言ってたんですね。自分じゃ気付かないもんですね」


 書記長のPC内のフォルダの中から見つけた議事録を読んだとき、単純に何かの間違いかと思った。多少の差はあれど、毎回同じ話をしていた。そして、検討と言いつつ何も変わらないまま繰り返す。一ヶ月に一度の片手間のような会議ではこうなってしまうのか、と愕然とした。

 前回の執行委員会で議事録を共有したとき、皆も驚いていた。そして、これを経営協議会で見せようという話になったのだ。

 しっかりと几帳面に議事録を作っていた引間さんの功績だ。


「……そうだな。完全に形骸化してるな」

 屋代部長が眉をひそめて頷く。

「で、テコ入れしましょって話です。ちょうど来月から安全衛生委員に丸井くんも加わるんで、せっかくですし梅宮さんも入ったらどうでしょ?」

「は? 私?」

 え? 梅宮さんも?

 それは聞いてないんだが。

「あくまで提案です。ただ、マンネリになった委員会を変えるのは、フレッシュな人材かなーって思うんですよね」

 少しの間、考えたあと屋代部長が口を開く。

「ふむ。そうだな。じゃあ、来月から梅宮も委員に加わるように」

「え……わかりました」

 屋代部長の命令に、梅宮さんが渋々と了承する。


 とりあえず、第一段階クリア、なんだろうか。

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