見えないところで執行部を支えるのが書記長

 水曜日の終業時間後、書記局に執行部が全員集まった。もちろん引間さんを除いて。

 委員長の一ノ瀬さん、副委員長が一名と、執行委員が二名。俺を入れて計五名が、長机に向かい合って座っている。

 俺の隣に座っている一ノ瀬さんが音頭を取り、会議が始まる。

「んじゃ、ちょうど18時になったので執行委員会を始めますよっと。このあとにも話すけど、引間くんがお休みなので今日は俺が司会進行をやります。で、伝達事項が二点、協議事項が三点、かな。まず一つめ。今週から丸井くんが専従で来てくれましたー!」

 ぱちぱちと拍手を送られ、軽く会釈を返す。

「じゃ、簡単に自己紹介よろしく」

 一ノ瀬さんが俺を見る。向かいに座る三人からの視線も同時に浴び、少し緊張が膨らむ。

「えっと。丸井倫太郎と申します。入社して五年、ずっと第三営業部で営業をやらせていただいておりました。組合の仕事は初めてですが、これからしっかり勉強していきますので、ご指導ご鞭撻の程どうぞ宜しくお願い致します」

ってーよ! こっちが緊張するわ!」

 一ノ瀬さんのツッコミが入る。

 向かいに座っている三人がクスクスと笑う。

 真ん中に座っている、年配の男性が口を開く。

「丸井くんってもっと怖い人かと思ってたよ~。この前の全体会議のときの印象が強かったからさあ。あ、僕は杉本研すぎもとけん。副委員長をやらせてもらってるよ。所属は仕入部だから、メールでやり取りは何度かしたことあるよね?」

「ああ、杉本さん! お初にお目にかかります!」

「杉さんはベテランだから、何かあったら聞くといいよ」

 一ノ瀬さんが付け足す。

「俺の前の委員長で、その前も副委員長だったから、執行部……何年目ですっけ?」

「もう十年になるなぁ。そろそろ引退したいんだけどねぇ」

「いやいや、俺が委員長のうちは引退させませんよ」

 また軽く笑いが起こる。会議と言っても、ずいぶん和やかな雰囲気だ。

 緊張が少しほぐれてきた。

「じゃ、次は俺かな」

 杉本さんの右隣に座っている男性が笑顔を向ける。短髪でスポーツマンのような爽やか雰囲気を出している。俺と同世代か少し年下くらいか。

「執行委員の伍代雄介ごだいゆうすけっす。丸井さんの二コ下の代っすね。趣味は登山とベースと落語と料理と読書っす! 今度なにか一緒にやりましょう! そうだ、丸井さん、趣味はなんすか!?」

 伍代さん、めちゃくちゃ多趣味だな。今度なにか一緒にと言われても、何をすればいいのか。

「ああ、こいつウンチクばっかり言うから、まあ話半分に聞いとくといいよ」

「一ノ瀬さん、ひでえっす! 丸井さんに変なイメージを与えないでくださいよ! あ、そうそう所属を言ってなかったっすね、今は総務部所属で、その前は――」

「じゃあ最後に私でいいかしら?」

「シノさん! 俺まだ喋ってる途中っす!」

「執行委員の篠原綾子しのはらあやこです。商品開発部所属で、伍代さんの一つ上の代ですから、丸井さんの一つ下になりますね。よろしくお願いします」

 左端に座っていた女性がマイペースに最後を飾る。

 軽く茶色に染めた髪がお辞儀と一緒に揺れる。髪の間からピアスがきらりと光る。

 なるほど、執行部の紅一点といったところか。

「これが執行部のメンバー。ということでよろしくー」

 一ノ瀬さんが軽く締める。

 委員長の一ノ瀬さん。

 ベテラン副委員長の杉本さん。

 多趣味な執行委員の伍代さん。

 紅一点の執行委員、篠原さん。

 よし、覚えた。


「引間くん、お休みで残念だったね。風邪かなにか?」

 杉本さんが一ノ瀬さんに問いかける。

「そう。伝達事項の二つめです。引間くん、親御さんが入院したそうで、しばらく実家に帰るそうです。いつ戻ってくるかはまだわからないです」

 えええ、という感嘆の声が三人から漏れる。

 昨日のメールの雰囲気からすると、すぐには戻ってこられない気がする。

「なので、丸井くんはいきなり一人で大変だから、みんなでフォローよろしくね」

「当然っす!」

「もちろん」

「はい」

 向かいの三人が即答してくれる。とてもありがたい。

 ただ、俺はまだ、何がどう大変で、どんなフォローが必要なのか、全くわかっていない。


「じゃ、次。協議事項の一つめ。前回の安全衛生委員会に俺と引間くんが参加したんで、その報告……なんだけど、報告書は引間くんが持ってるので、これは来週にするね」

 一ノ瀬さんが俺に目を向ける。

 俺は何をどうすればいいのかわからず、黙るしかなかった。

「二つめ。大阪支店から先週相談のあったパワハラの件で……引間くんが支店の人たちに状況のヒアリングをしてたはずなんだけど……、ごめん、これも来週に持ち越しで」

 一ノ瀬さんがまた申し訳なさそうな目を俺に向ける。

 せっかくの会議なのに、何も言えないのが情けない。

「三つめ。明後日の経営協議会について。人事部の屋代やしろ部長から退職金制度の変更について打診があってね。資料を書記長宛に添付ファイルで送ったってことなんだけど――」

「あ、それ多分わかります。大事そうなメールが来てたんで、とりあえず印刷しておきました」

 デスクから資料を持ってくる。

「おお、さっすが」

 急いで人数分をコピーして配布する。

 資料と睨めっこをしたまま、みんなが黙ってしまう。

「えっと、簡単に説明すると“ポイント制”に変更したいってことらしいんだけど……、ぱっと見ただけじゃわかんないな、これ」

 全員が唸りながら、資料をめくる。

「そもそも今の退職金制度がどうなってるのか、正確に理解できてないんだよねえ」

「あれ、わかりづらいんすよね。ああ、だから変えたいんすかね」

「でも、比較しないと、検討しようがないわよね」

 ああ、そうか。

 専従書記長の仕事が少しわかってきた。

「あの……俺、就業規則を読み込んで現行制度との比較表作っておきます。それで検討しましょう」

「おお、頼むわ!」

 一ノ瀬さんが力強く俺の肩を叩く。


 専従書記長の仕事。

 それは一ノ瀬さんが言っていたように、軍師なんだ。

 みんなは自分の業務たたかいで手一杯だ。

 だから、その間に会議の準備をする。問題の調査をする。会社の資料を読み込む。

 議論さくせんが滞りなく進むために、見えないところで執行部を支えるのが書記長なんだ。

 

 とりあえずやるべきこと。

  “安全衛生委員会”とやらの資料を準備して。

 “大阪支店のパワハラ疑惑”について調査を行い。

 “ポイント制退職金”と現行制度の比較表を作る。 


「明後日までに、できるかい?」

 一ノ瀬さんから投げられた言葉に少し驚く。来週の執行委員会までにやればいいと思っていた。

「あ、明後日ですか?」

「実は明後日の夕方に経営協議会っていうのがあるからさ。経営本部と組合執行部との定期的な打ち合わせね。できればそのときまでに資料があるといいな」

 一ノ瀬さんがまっすぐに俺を見据える。

 君ならできるだろ、と目で言っている。

 ああ、やってやろうじゃないか!

「わかりました。明後日までに全部準備します!」

「良い返事! ……まあ、わからなかったら連絡してよ。杉本さんに」

「ええ? 僕ぅ?」

 また和やかな笑いに包まれる。


「ということで、今日の執行委員会はここまで。んじゃ、この後は丸井くんの歓迎会~! みんな行くよね?」

「当然っす!」

「もちろん」

「はい」

 向かいの三人が即答してくれる。とてもありがたい。


 あれ? デジャヴ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る