今はそうではない、ということなんだろうか
一ノ瀬さんとの面談の翌日、すぐに斉藤部長に報告をした。専従書記長を引き受けたいと、考えていると。
斉藤部長は俺が言う前から既にそのつもりでいたらしく、顧客への挨拶回りのスケジュールをしっかりと作ってくれていた。俺の異動(正確には『出向』)は一ヶ月後となった。
その間、何度か外薗やその取り巻きからの電話が斉藤部長に入っていたが、その度に斉藤部長はニヤニヤと笑いながら対応をしていた。
「いやあ、そうは言われましても組合の専従ですからねー。どうしようもないですねー。私にはそこまでの権限はありませんからねー。本人も希望してますからねー」
おそらく、俺が退職しないことを知った外薗が、あからさまな左遷を部長に命じてきたんだろう。当人である俺よりも、斉藤部長の方が楽しそうにしているのが印象的だった。
斉藤部長曰く、上司に反発していた若いころの感覚を思い出した、だそうだ。
顧客への挨拶回りもスムーズに終わったが、一つだけ戸惑ったことがあった。お客さんから次はどこに異動になるのかと聞かれ、組合専従の仕事をすることになったと告げたとき、返ってくる反応は大きく二つに分かれた。
「へえ、組合専従なんてものがあるんですね」
というパターンが一つ。これは若い人に多かった。おそらく俺と同じで、専従の仕事のことをあまり知らないのだろう。まあ、普通そうだと思う。
もう一つのパターンは、年配の方が多かった。
「すごいな、出世コースだろう! これはめでたい!」
と、妙にテンションが上がっていた。
一ノ瀬さんに聞いたところによると、確かに昔はそういうものだった、とのこと。前に斉藤部長が言っていた通り、今の会社役員の多くは組合役員の経験者というのも本当らしい。だが、昔は、とわざわざ言うのは、今はそうではない、ということなんだろうか。
まあ、今はあまり余計なことを考えず、目の前の仕事をこなすだけだ。ただでさえ知らないことばかりなのだから。
そして、気付けば営業としての最後の一ヶ月が終わり、労働組合専従書記長としての仕事が始まる。
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