<伝説の勇者03>勇者召喚の秘密

 異世界勇者召喚魔法陣を管理しているのは、宮廷魔術師長のマリリン・マリーン女史だという。かつての旅の仲間で、異世界勇者召喚魔法陣の生みの親でもあった天才魔術師イーエ・ロサーブ・マリーンの子孫だそうな。イーエは本当はシャイなのだが、一見すると天才にありがちな唯我独尊タイプに見える口の悪い男だった。それに比べると、子孫であるマリリン女史は、人柄の練れた、どちらかというと教師、それも女学院の校長先生などがよく似合いそうな、品がよく見た目からして優しそうな初老の女性である。


 初代勇者のことについて聞きたいとマリリン女史に尋ねたところ、彼女は明確に私の疑問に答えてくれた。


「はい、初代勇者の佐藤さくら様は、伝説の勇者様のお名前を聞いて『わたしの父の名前です』とはっきりおっしゃっていました。ただ『よくある名前なので同姓同名の別人の可能性もあります』ともおっしゃっていました」


 やはりか。確かに『佐藤』は日本で一番多い姓。私の名前の『誠』もよくある名前だ。それに娘の名前『さくら』もよくある名前だが、親子で完全に一致するとなると話は別だ。偶然一致した別人と考えるよりは、私の娘だと考える方が合理的だろう。


 それにしても、歴代十五人のうち、さくら以外にも聞いたことのある名前がいくつかある。一番は、二代目勇者の鈴木未来だろう。大輝のガールフレンドと同じ名前である。高校に入って正式に交際をはじめたらしいと妻から聞いている。隣家の娘なので幼い頃から知っている子だったのだが、いずれ義理の娘になるかもしれない。


 ほかにも、十一代目勇者の高橋拓海というのも聞いたことがある。大輝の友人で、剣道部で副主将をやっていた少年と同じ名前だ。彼とは何度か会ったことがあるのだが、気性が真っ直ぐで思いやりと責任感があり、ぜひ警察官になってもらいたいと思ったものだ。


 それにしても、召喚される人物に大輝の周囲の人物が多いというのは、どういうことだろうか?


 何か、召喚に際して条件のようなものがあるのだろうかと思い、マリリン女史に尋ねてみたところ、少し困ったような顔をして悩んでいたが、やがて意を決して答えてくれた。


「実は、わたくしの祖先イーエが誠様を送還する際に、少し細工をしたのです。誠様の魂に、異世界召喚の目印となるような魔力を埋め込んだのだとイーエの日記に書き残されていました。そこで、魔王が復活したときに異世界召喚の魔法陣を二百七十年ぶりに再起動する際に、その埋め込んだという魔力の波長を目印にして召喚するように設定したのです」


 なるほど、と一瞬納得しかけたが、すぐにそれではおかしいことに気付いて問いただす。


「しかし、それなら十五年前に私が召喚されるはずでは?」


「そうなのですが、さくら様が誠様の娘らしいと聞いて、これは魂に埋め込んだ魔力が誠様の魂から漏出して、近くにあった魂に染み入ってしまったのではないかと考えたのです。実際に、今回誠様が召喚された際に確認させていただいたのですが、目印にした魔力は相当に漏出していて、ごく微量しか検出できませんでした。そのため、今になってようやく誠様が召喚対象となったのでしょう」


 ふうむ……それならば納得はいくが、まだ気になることがある。


「ですが、娘以外に私の家族が召喚されていないのが気になりますね。近くにいたということなら、妻や息子の方が接触している期間は長い」


「召喚条件はほかにもございます。たとえば『戦う意志を持つ者』という条件がございます。奥様やご子息は、あまり戦いなどは好まれない性格なのではないでしょうか」


「なるほど、確かに妻は穏やかな性格で争いは嫌いです。しかし、息子の方は武道をやっているのですが」


「ご子息は、別の条件に合わなかった可能性もございます。たとえば『元の世界に愛着がある』という条件もあるので、普段から『異世界に行きたい』などと考えている場合は召喚の対象外になる可能性がございます」


「ああ、そういえば息子はそんな漫画や小説を読んでいましたね」


 そうは答えたものの、あの子の普段の言動からすると、そんなに異世界に憧れていたような様子はないのだが。もっとも、思春期の子供だから、現実社会以外のところに夢を見ても不思議ではない。私自身にしてから、高校生時代には変な空想をしていたものだ。それが現実になってしまったために『選ばれた勇者』などと思い上がって色々と恥ずかしい言動をとってしまったことは、今となっては青春の苦い思い出ではあるのだが。


 いささか疑問は残るものの、とにかく私の周辺の人間が召喚された理由はわかった。


 だが、明らかにおかしい点がある。二代目勇者の未来が十四年来、魔王の奴隷にされているというのだ。こちらの世界の時間の流れと、日本の時間の流れには、十倍ほどの差がある。それからすると、一年半前くらいから隣家の娘が行方不明になっていないとおかしい。ところが、つい先日も非番で家にいたときに息子の所へ遊びに来た彼女と会っているのである。


 もっとも、召喚勇者については召喚された瞬間に戻せるという特別な例外がある。だから、もしかしたら私が彼女を救って、一年半前に戻すのかもしれない。このあたり下手をするとタイムパラドクスが起きるのではないかという感じもするが、何しろ魔法なのだから我々の常識は通じなくても不思議はない。


 それにしても、あの屈託のない笑顔を見た限りでは、到底『魔王の奴隷』にされるなどという体験をしたとは思えないのだが。


 まあいい。とにかく魔王を倒す方法を考えなくてはならない。だが、そのための情報が足りない。何よりも重要なのは、魔王軍の体制と、魔王国の占領地政策だ。


 かつての魔王デモンキングは、すべてをトップダウンで命令するタイプの指導者だった。それゆえに魔王がたおれると命令者を失った魔王軍は即座に瓦解した。もっとも、四天王などの一部は地下に潜伏して魔王の復活を待っていたようではあるが、そいつらも自発的には動かず、魔王の遺命に忠実に従っていただけのようだ。


 だが、今度の魔王グレートシャインは、少し違うタイプに思える。もし、魔王が魔王軍を組織的に運用する仕組みを整えていた場合は、魔王を斃したとしても、すぐに後継者が立って世界征服の事業を引き継ぐ可能性がある。例えば、魔王妃フューチャーというのは実力的にも人望的にも魔王に次ぐナンバーツーのように思える。魔王と魔王妃を両方斃したとしても、さらなる後継者が立つというように、指揮継承権を定めていた場合は、かつてとは違って魔王討伐では終わらない可能性があるのだ。


 それから、占領政策はもっと重要だ。今まで一度魔王から取り返した街の占領政策は、かなり甘いものだった。私は、これは魔王が人類側にしゃぶらせた飴ではないかと考えている。一度は人類側に取り返されても、再征服の際に内応者を出させるために、わざと甘くしているのではないだろうか。その場合は、再占領後には本性をむき出して住民を搾取するはずだ。そうして住民が苦しめられているならば、私が魔王軍を駆逐して魔王国の支配から解放すれば、喜んで人類側に戻ってくるだろう。


 だが、もし魔王国の占領政策が、あの甘い政策のままだった場合は、まったく話が変わってくる。私が魔王軍を駆逐したとしても住民は喜ばず、かえって人類側による『解放』に抵抗するだろう。


 だから、私はまず情報収集のために、かなり昔に魔王軍に占領された街に潜入してみることにした。私は以前の召喚時に転移魔法を習得している。一度行ったことがある街になら自力で転移できるのだ。魔大陸への転移は結界のためできないらしいが、人類側の大陸にはそのような大がかりな結界はない。だから、私はかつて訪れたことがある街のひとつに転移して、秘かに潜入することを試みた。


 その街の名はオーガスタ。エルフや猫族獣人が多く住むメイン大森林の中心都市であり、人類側大陸の南部に位置するセイクリッド王国の王都からははるか彼方の大陸北部中央に位置する。魔法で髪と目を緑色に変え、耳を尖らせてエルフに擬装した私は、この世界の冒険者風の装備を身にまとって引退間際の中年エルフ冒険者になりすまして、遙かなるオーガスタの街を目指して転移したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る