<伝説の勇者04>オーガスタの新田健(にったけん)

 オーガスタ市は、私の記憶からほとんど変わっていなかった。この世界では二百八十五年も経過しているというのに、自然の木材を組み上げて作られた住宅が周囲の森と調和した美しい町並みは記憶にあるオーガスタと同じ風景である。もちろん、建物自体は建てかえているのだろうが、建築様式が同じなので町並み自体の印象が変わっていないのだ。


 そして、街行く人々の七割はエルフである。残り三割が猫族獣人。それ以外の人種は見かけない。もともと、このオーガスタ市があるメイン大森林はエルフと猫族獣人が住む領域だし、その中でもこの街はエルフ族の本拠地なのだから、当然と言える。猫族獣人の本拠地は少し離れたところにあるワイアラエ市であり、そちらでは猫族獣人七割、エルフ三割と人口比が逆転する。


 ゴブリンやオークといった魔物の姿は見えない。魔王軍が進駐している様子もない。ときおり、小さな子供がはしゃいで走り回っている声がするが、それ以外は静かなものだ。もっとも、エルフは長寿種族であり、寿命は人間のほぼ倍。日本でなら小学生くらいに見える子供でも、実際の年齢は二十歳を超えている場合がある。とはいえ、二百八十五年もたっているので、さすがの長寿種族でも私と直接面識がある者は生きてはいないだろう。


 それにしても、街の様子は予想以上に静かで落ち着いている。この感じからすると、どうやら事態は私が想定していたうちの最悪のケースに当たるようである。


 魔王は、支配下の街から搾取も収奪もしていないのだ。市民生活は魔王国に占領される前と同じ。それならば、人類側に戻ろうという気はなくなるだろう。


 だが、そうだとすると魔王の目的は何なのだろうか?


 魔王の『秘密計画』とやらは、『人類の王国をすべて滅ぼす』計画らしい。


 ここで注目すべきは『王国』だ。『人類を滅ぼす』とは言っていない。『主権国家としての人類の王国』をすべて滅ぼし、魔王国が世界を統一する、そういう計画なのだろう。


 『世界征服』……確かに魔王らしい目的ではあるだろう。だが、そこで支配下の人類から搾取も収奪も行わないのであれば、そもそも何のために世界を征服するのだろうか?


 支配欲、権勢欲……そういうものはあるだろう。あるいは名誉欲だろうか?


 実のところ、かつて『世界を救った英雄』なぞになったことがある身から言わせてもらうと、そんな名誉を受ける立場になってみたら、実際のところ気恥ずかしいだけなのだ。まあ、世の中そういう名誉を好む人間もいるので、魔王もそういうメンタリティの持ち主なのだと言われればそれまでだが。


 ともあれ、狙っていた情報収集のうち、魔王国の占領政策については、かなり甘そうであることがわかった。人類側にとってはマイナスの情報だが、それを把握できた意味は大きい。


 あとは、少しでも『秘密計画』について知ることができればよいのだが……などと思いながら街中を散策していると、この街としては珍しいことに街頭に人だかりがあるのを見つけた。


 見てみると、人だかりの中心に四頭立ての箱形馬車があった。馬車自体は、この世界では珍しくもないのだが、その形は私の知る馬車からすると普通の形ではないので驚いてしまった。いや、普通の形ではないこと、に驚いたのではない。現代日本でなら、比較的よく見かける形をしていたので驚いたのだ。


 箱形馬車の屋根の上に、人が乗れるようになっているのである。屋根の外周に沿って転落防止用の柵が立てられており、その柵には看板がくくりつけてあった。その看板には恐らくエルフ語であろう文字が描いてある。もっとも、私の場合は召喚時に言語理解能力が与えられているので、文字の種類に関係なく読むことができる。その看板には、こう書いてあった。


『緑と平和を愛する党 公認 元老院議員候補 パーヴ・リクード・メイン』


「は?」


 私としたことが、思わず驚きの声を出してしまった。それに気付いたので、慌てて口を閉じ、平静を装う。


 それにしても、アレは一体何なのだ? どう見ても『選挙カー』にしか見えないのだが。


 と、そのとき、私と同じ物を見ながら会話していた、通りすがりの夫婦らしき猫族獣人たちの声が耳に入る。


「おや、そういえば、もう『秘密計画』の時期なんだねえ」


「あら、もう四年たってるんですか。早いものですねえ。まあ、今回もパーヴさんの再選でしょうけど」


「この街だと『人類解放同盟』の勢力は弱いからねえ。あまり争点にはならないだろうよ」


「そうですねえ。それでも、あんまり物騒なことを言うような人たちが議会に増えて欲しくはないんですけどねえ」


 私は、咄嗟にその夫婦に声をかけていた。


「ちょっとすみません、私は旅の者で、この街には着いたばかりなのでよく知らないのですが、あそこの馬車に書いてある人は現役の議員さんなんでしょうか?」


 状況がわからないので、下手なことは聞けないが、今の会話から想定できたことを元に、なるべくボロがでないような内容で話しかけてみたのだ。どうやら、アレは本当に選挙カーで、その主は『再選』されそうということは現役の元老院議員ということだ。任期は四年。そして、どうやら『秘密計画』というのは元老院議員選挙と関係があるらしい。


「え? ああ、そうですよ。パーヴ・リクード・メインさんは今二期目で、次に当選したら三期目になります。『緑と平和を愛する党』の副幹事長ですけど……党自体の勢力が少ないから、ほかの街の人だとご存じないですかねえ」


「ええ、そうなんですよ。どこかで一度くらいは聞いたことがあるかもしれませんが。ところで、この街では『人類解放同盟』の勢力は少ないとお話しされていたようですが、そうなのですか?」


 無難に合わせながら、一番聞きたいことを軽く質問してみる。『人類解放同盟』などという名称からすると、魔王の支配から人類を解放しようという政党の可能性があるからだ。


 だが、初老くらいとおぼしき猫族獣人夫婦の答えは、予想とはまったく反対の内容だった。


「ええ。もうエルフ族も、私ら猫族獣人も、みんな解放されしまっていますからねえ。今、強硬に『封建主義からの早期解放』を訴えているのは人族だけでしょう。いやまあ、私らの仲間でも魔王国から逃げた見る目のない人たちが何十人か何百人かは人類側にいますけど、それは自己責任ですからねえ。魔王様の『なるべく人的被害を出さないようにゆっくり解放する』という方針でいいと思うんですよ。ただ『人類解放同盟』の主張する『なるべく早く人族をすべて封建主義から解放するために更なる武力行使も辞さない』という方針は過激だとは思うんですけど、気持ちはわからなくもないんですよねえ」


「本当にねえ。この街だって最初に占領されたときは、どんなに酷い目に合わされるかと心配してましたけど、逆に生活が楽になりましたものねえ」


「ほんとうだねえ。二回目のときは逆に魔王軍を歓迎したものです。あのとき逃げたのは、街の長老会議で威張ってた老害みたいな連中と、そいつらと結託して儲けてた悪徳商人が大半ですからねえ。あれから、もう十二年ですか。慣れてみると民主主義というのも、いいものですねえ。いや、確かにパーヴさんも、市長のトップレーさんも、元族長家のメイン一族の出ではありますよ。だけど、私らがきちんと選んだんですから」


「それに、市議会だって、エルフ族だけだった長老会議と違って、三割は私たちの代表がいますからねえ」


「本当に、住みよい世の中になったものです。それを守っていくためにも、私らがきちんと自分たちの代表を選ばないといけないんですよねえ」


「……誠に、おっしゃるとおりですね」


 私は、そう答えるしかなかった。それにしても『民主主義』とは!


 どうやら、魔王の『秘密計画』とは選挙のことらしい。あるいは民主化計画のことかもしれないが。


 いずれにせよ、これほど『魔王』らしからぬ計画はないだろう。特に完全ワンマンだったデモンキングからは想像がつかない。


 そして、私は既に歴代勇者が『戦意を失った』理由を悟っていた。強欲残忍で人々を圧政で苦しめる魔王なら戦意もわくだろうが、庶民の福祉向上を心がけ民主化を推進する魔王にどうやって戦意を抱けばよいのか?


 あるいは、これはすべて勇者の戦意を失わせるための策略なのだろうか?


 それは実際に魔王と対決してみなければわからないだろう。だが、私は非常に嫌な予感を覚えていた。魔王『グレートシャイン』の名を聞いたときに感じたかすかな疑惑が、再び私の中で大きくなってきたのである。


 と、そのとき、猫族獣人の老婦人が何かに気付いて指さした。


「あら、お父さん、あの人は……」


 つられて、老紳士と私もそちらの方を見る。その指し示す先には、黒目黒髪の人族の少年が立って馬車の方をながめていた。この街に人族が居るということ自体が珍しいのだろうが、それ以上に衣服が異彩を放っている。黒い学生服。日本では珍しくもないが、この世界ではまず見られないデザインの服だ。


 そして、私はその少年の顔に見覚えがあった。彼が幼い頃には、非番の日に何度か大輝と一緒に遊んであげたことがある。幼稚園時代からの大輝の友人で、中学までは一緒だったのだが、高校は都の西北にある有名私大の付属高校に進学したので最近は会っていない。もっとも、つい先日、選抜高校野球で甲子園に出場していたのをテレビ中継で見たばかりだから、顔は覚えている。子供の頃から野球が得意だったのは知っていたが、まさか甲子園で活躍するほどになるとは、と感慨深かったものだ。


 それだけではなく、つい先日、全然別のところで彼の名前を聞いたばかりなのだ。歴代召喚勇者のうちの四代目勇者『新田にったけん』として。


「おや、健様じゃないか。久しぶりに遊びにいらしていたんだねえ」


「また、うちの店にも顔を出してくださいませんかねえ」


「もしかしたら、今日、来てたのかもしれないよ。帰ったら婿殿に聞いてみようじゃないか」


 そして、老夫婦は彼の名前を知っているらしい。どうやら娘夫婦と一緒に何かの店をやっていて、その店に彼が来たことがあるようだ。


 私はさりげなく聞いてみた。


「彼は、もしかして四代目勇者の新田健ですか?」


 それに、老夫婦はうなずいて答えた。


「ええ、そうですよ。この街が魔王国に組み込まれるときに、いろいろとお口添えをいただいたんですよ。何しろ、魔王様の幼なじみということですからねえ。健様が魔王様にかけあってくれたおかげで、ほかの街よりも多めに復興資金を融資していただけましたから、感謝しているのですよ」


「私らは食堂をやっているのですが、ひいきにしていただいておりましてね」


「ほう、やはりそうでしたか。いや、名前と特徴は知っていたのですが、見るのは初めてでして……」


 表面上は平静に老夫婦に答えながらも、私は今得た情報に打ちのめされていた。『魔王様の幼なじみ』だと!?


 それでは……それでは、ほぼ確定ではないか!


 私の最愛の息子である大輝こそが魔王『グレートシャイン』であるということが!!

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