<伝説の勇者02>自分自身の若さゆえの過ちだと認めざるを得ない

 私は、内心で困惑していた。もちろん、表情にはおくびにも出さない。上司の動揺は部下に伝染する。キャリア警察官僚として若くから指揮官の立場にいた私は、内心どれほど動揺していようと、それを表に出さないすべを既に完全にマスターしていた。


 だが、それにしても教えられた状況が酷すぎた。人類側は、既に勢力圏の八割を失っている。セイクリッド王国以外の諸国は既にわずかな例外を除いてほぼ陥落。セイクリッド王国も既に国土の半分以上が失われている、残っているのは、王都周辺の穀倉地帯と、私も行ったことがある港町パイレーツ市へつながる回廊状の細い領域、そして魔大陸の新興港町ウミソラ市だけだという。


 そして、今までの戦争の経過を聞いたのだが、正直、頭を抱えたくなった。魔王軍の戦略は、非常にシンプルである。勇者のいない所を圧倒的戦力で攻め取る。勇者に攻められたら逃げて戦力を温存する。そして勇者がいなくなったときに奪還する。まことに理にかなっており、シンプルであるがゆえに小手先の策では対抗できない。


 だから、対抗策は正攻法でなければいけなかったのだ。勇者が居れば、都市を守れる。ならば、勇者は攻撃戦力ではなく防衛戦力として使うべきだったのだ。勇者召喚の儀式は、年に一度しか行えない。逆に言えば、一年守り抜けば、勇者をひとり増やせるのだ。守れる拠点が二か所に増える。いや、都市間をつなぐ転移魔法陣を使えば、より機動的に防衛することも可能だろう。


 そうして、守りを固めながら、戦力としての勇者を蓄積する。十四年もあれば、勇者が十四人になっている。現時点で、魔王軍最強の戦力は、魔王自身とその王妃であるという。二人しかいないのだ。その二人を、二人の勇者で抑えておけば、残り十二人の勇者をもって魔王国の支配領域への侵攻が可能となる。


 そういった戦争指導を行っていれば、私を召喚するまでもなく、歴代十四人の勇者で魔王や魔王軍を打倒できていただろう。


 もっとも、これは召喚された勇者全員が志願した場合の前提だから、そこまで人数が揃うとは限らないか。今までの召喚勇者の場合、その場で断って帰った者はいないと聞くが、そういう者がいても不思議はないし、一年二年ならともかく十年以上ともなると、さすがに帰りたくなる者も出るだろう。私なら一度志願したからには最後までやり遂げようとするのだが、こういった点で自分を基準にして他人に同じことを期待して失敗したという苦い経験は何度かある。それでも、話を聞く限り歴代勇者はボランティア精神の強い者が召喚されているように思えるので、それなりに残る者がいて、ある程度の人数の確保は期待できそうに思える。


 だが、現実には、勇者は対魔王戦線に逐次投入され、各個撃破されていった。どうやって不死身無敵の勇者の戦意をくじいて日本に送り返しているのかは想像もつかないが、現実に送還されてしまっている以上、魔王軍には勇者の戦意をくじく何らかの方法があると判断せざるを得ない。魔王はそれを仰々ぎょうぎょうしく『秘密計画』などと称しているようだが。


 そうした状況でありながら、どうして何とかのひとつ覚えと言わんばかりに勇者を逐次投入していったのか、と一瞬尋ねそうになったのだが、次の瞬間には理由を悟って口をつぐんでいた。


 成功体験に縛られていたのだろう、ということに気付いたのだ。


 『成功体験』とは何か。二百八十五年前、猛威を振るっていた魔王デモンキングと、その魔王軍を打倒したことである。その戦略は『心臓部直撃戦法ハートランドアタック』。魔王軍を力で支配している魔王を、少数精鋭の勇者パーティで討つという作戦である。


 それに成功し、魔王が力で抑えつけていた魔物たちは統制がとれなくなり、魔王軍は瓦解。人類は救われた。


 それまで、魔王軍の侵攻の前に何千もの兵を失っていた人類側は、無敵不死身の勇者の活躍で最小限の被害で勝利をおさめることができたのだ。


 それをなしたのはか?


 だ。『伝説の勇者』こと佐藤誠なのだ。


 まだ若かりし高校生時代、まだ世の中の仕組みを半分くらいしか理解していなかったころ。青臭い正義感と、英雄を気取る稚気、そして当時大ブームとなっていたテレビゲームのロールプレイングゲームの主役になったような気分。今となっては気恥ずかしい、若さに駆られて突っ走った、青春時代の一コマ。


 いや、当時としては決して失敗ではなかった。しかし、過ぎた成功体験は、それに縛られ、それゆえに次なる失敗のもとになる。


 日本帝国海軍が日本海海戦の巨大な成功体験に縛られ、海軍本来の任務であるシーレーン防衛を忘れ、艦隊決戦至上主義に走ってしまったように。


 この世界の人類も、同じ過ちをしてしまった。無敵不死身の勇者を中心とした少数精鋭による魔王打倒。それだけが勝利につながる道だと、視野狭窄におちいってしまったのだ。


 そして、その原因を作ったのが、他ならぬ私自身なのである。


 私は、今まさに、若かりしころの自分自身の過ちの結果を突き付けられているのだ。そう認めざるを得ない。


 だから、私は人類側の最高戦略会議に呼ばれて出席した際に、二つの提案をした。


 ひとつ、今後は勇者を防御に用いながら時間を稼ぐ持久戦略に切り替えること。とにかく勇者の数を増やさなければ反撃もままならない。


 ふたつ、魔王の秘密計画の正体を暴くこと。それを知り、対策を立てない限り、今後も勇者が戦意をくじかれて送還されてしまうのだから。


 これらの私の提案は……否決された。


「何を弱気な! 無敵不死身の勇者ともあろう者が臆したか!?」


「そんな悠長なことはしていられぬ! とにかく余の街を奪い返すのだ!!」


 最高戦略会議に列席していた亡国の王や所領を奪われた貴族たちに突き上げられたのだ。


 ジョルジュ十四世陛下などは、私が気を悪くしないかと心配していたようだが、この程度のことで感情的になるほど、私は子供ではない。


 また、この結果は予想がついていたのだ。およそ世界のどこであろうと、いや異世界であろうと、官僚や保守的な政治家などというものは新しいことはやりたがらないのだ。そんな連中を相手に新しいことを通そうとするなら、人脈をフルに活用して情報収集を行い、既得権がどこにあるか、それを誰が握っているか、その人物にコンタクトを取るにはどうすればいいか、その人物に見返りとして何を与えられるか……等々の根回しを行わなくてはならない。そういった手間を惜しめば、何も通らない。私とて、そういう世界で二十年以上生きてきたのだ。警察にしたところで官僚機構の一部であることは変わらない、いや、その中でも特に保守的な組織なのだから。


 普通なら、人類滅亡の瀬戸際で既得権益にしがみつくなど愚かとしか言いようがないだろう。だが、日本だって敗戦直前なのに面子にこだわっていた軍人だの、倒産寸前まで社内の権力闘争にうつつを抜かしていた経営陣だのは山ほどいたではないか。いや別に日本に限ったことでもない。外国だろうと、異世界だろうと、人間なんて大して変わりはしないのだ。


 だから、こんな提案は小手調べのようなものだ。人類側の指導層の大半に現状認識能力が無いということがわかっただけで収穫と言える。


 ただ、こんな害毒でしかないような連中であっても、敵に回すのは得策ではない。自分のやりたいことを通したいなら、敵は少ない方がいい。こんな連中であっても、明確に敵に回すよりは、たぶらかして味方に付ける方が、まだ建設的なのだ。皮肉を飛ばしたり馬鹿にして敵に回すなど、子供のやることである。


 だから、私は次のように答えた。


「なるほど、持久戦をしている余裕はないということですね。皆様のご意見、確かに承りました。この佐藤誠、人類側の都市を奪い返し、魔王を打倒するために全力を尽くすとお約束いたしましょう。吉報をお待ちください」


 自信ありげに言い切ると、先ほどまで非難の声を上げていた亡国の王や貴族たちも掌を返してにこやかに「さすが伝説の勇者」「期待しておりますぞ」などと口々におだててくる。


 こんな連中のために戦わなければならないというのは、いささか業腹ごうはらではあるが、真面目に人類の未来を憂いているジョルジュ十四世のような王もいるのだ。それに、真面目に生きている庶民に罪はない。彼らを守るために戦うと思えば、やる気もわいてくるというものだ。


 それに、やり方は私に一任されている。『いつ』やるかについては確約などしていないのだ。ああいった手合いを誤魔化しながら、自分のやりたいようにやる方法など、いくつもあるのだ。


 だが、それにしても、得た情報で気になることがいくつかある。


 ひとつは、魔王軍の戦略から見えてくる魔王の異常さだ。今の魔王は、かつて私が倒した魔王デモンキングの生まれ変わりだそうだが、明らかに戦略が違う。


 かつての魔王デモンキングは、魔法に精通するなど決して頭は悪くなかったが、戦略は単純な力押しだけだった。相手より多くの戦力を注ぎ込み、正面から叩きつぶす。まあ、それができるだけの戦力がある場合は、戦略として間違えてはいない。その一方で、部下の損耗などはまったく気にせず、オークやゴブリンなどの雑兵はどれだけ死んでも気にせず、使い捨てにしていた。


 そして、占領政策などというものは、まったくなかった。征服したのだから、好きに収奪する。力ある者は何をしてもよい。それで財産や食料などを奪われて死ぬなら、死ぬ方が弱いのだ。そういう態度だったのだ。


 だが、今の魔王、グレートシャインとやらは、明らかに戦力を温存している。ゴブリンやオークたちを多く引き連れていながら、自分が率先して敵陣に単身突入して敵軍を戦闘不能にする。勇者に攻められそうになったら退かせる。部下を大事にしているのだ。


 そして、占領政策は、人類側よりも庶民に優しい政策をとっている。労働基準など、はっきり言って警察よりホワイトだ。飴と鞭の飴なのだろうとは思うが、実際に効果的ではある。庶民が人類側より魔王側の方がマシだと考えるようになれば、街を奪い返してもすぐに再征服されてしまうだろうし、実際にそうなっているようなのだ。


 おかしい。どう考えても、同一人物とは思えないような戦略や政策の転換なのである。この異常はどういうことなのだろうか?


 そして、もうひとつ非常に気になることがある。歴代勇者の名前を聞いたのだが、その中によく知っている名前がいくつかあったのだ。特に、十五年前、今回の魔王の脅威に対して最初に召喚された勇者の名前が私のよく知る名前と同じなのである。


 佐藤さとうさくら。大輝の年子の妹にあたる我が娘の名前と同じなのだ。


 これは、どういうことだろうか?

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