第二部 伝説の勇者編

<伝説の勇者01>かつて救った異世界に再召喚されたら二百八十五年も経過していた件

 この感覚は……忘れるはずもない。今から二十八年前、まだ高校生だった頃の強烈な一年間の経験。いや、自分の体感では一年間だったが、日本での経過時間はゼロだった。そのときと同じ感覚。私は、今、異世界に召喚されている。


 自分を包んでいた光が消え去り、視力が回復したときに見たのは、かつてと何も変わらないように見える部屋だった。セイクリッド王国の王城、召喚の間。私が、この世界に呼ばれ、そして日本に帰るときに使った部屋と、魔法陣だ。


「急に召喚して申し訳ございませぬ。ことが終わりました暁には、必ず元の世界、元の時間にお戻しいたしますゆえ、勇者様、何とぞこの世界をお救いくだされ!!」


 ああ、同じだ、あのときと。既視感デジャブを覚える光景に、思わず苦笑しそうになる。目の前で土下座しながら懇願しているのはセイクリッド王国の国王だろう。


「顔をお上げください、陛下。この佐藤さとうまこと、二十八年たったとはいえ、まだこの世界のことを忘れたわけではありませんよ」


 そう声をかけると、土下座していた国王が顔を上げる。おや? 顔が違う。私の記憶にあるセイクリッド王国国王フランソワ二世とは、雰囲気は似ているが顔が違う。


「もしかしてジョルジュか!? 国王になったのか?」


 つい、ぞんざいな口調で尋ねてしまったのは、その顔にかつての親友、セイクリッド王国王太子ジョルジュの面影を見たからだ。わずか一年間の付き合いだったが、共に魔王との激しい戦いをくぐり抜けた戦友だ。このくらいの態度は許されるだろう。


 だが、国王の反応は予想と異なっていた。


「い、今、佐藤誠とおっしゃられたか!? それは、魔王デモンキングを倒した伝説の勇者様のお名前! もしや、あなたは……?」


 この反応は!? ……そうか、時間の経過が違うのだろうな。なら、あのとき私と共に旅をした仲間は既に……いや、今は国王の問いに答えよう。


「ええ。私は佐藤誠。かつてセイクリッド王国王太子ジョルジュ殿下と共に魔王デモンキングを倒した者です」


 私の答えに対する国王の反応は劇的だった。感涙にむせびながら叫んだのである。


「おおおおおっ!! 神よ、感謝いたします! これで、これで世界は救われます!!」 


 ……なるほど。勇者召喚の魔法陣を使わなければいけない状態。それはつまり、無敵不死身の勇者の力が必要になっているということだ。それはつまり……


「魔王が再び現れたのですね?」


「いかにも! この十五年間、世界は魔王の脅威にさらされ続けておりますゆえ、二百八十五年前に世界をお救いになった誠様の力を、今一度お貸しくだされ!!」


 私の確認に対する答えは、予想通りのものだった。だが、その中で示されたひとつの情報が、私に大きな衝撃を与えた。


「二百八十五年……」


 思わず、つぶやいてしまった。そうか、こちらの世界では、そんなにも時間がたっていたのか。


「どうか、なされたか?」


 私の様子を見た国王が尋ねてきたので、ひとつだけ聞きたかったことを尋ねる。


「当時の王太子、ジョルジュ殿下は、その後どうなさいましたか?」


「父であるフランソワ二世が亡くなったのちに国王ジョルジュ一世として即位されましたぞ。余はジョルジュ十四世と申し、その直系の子孫でしてな」


 そうか、ジョルジュはちゃんと国王になったんだな。そして、子孫を残した。なら、私があいつの子孫のために力を貸すのは当然のことだ。


「そうでしたか。もとより力をお貸しすることはやぶさかではございませんが、ジョルジュの子孫ということでしたら、なおさら断ることはできませんね。微力ですがお力になりましょう」


「おお、ありがたい! 微力どころか、あなたのお力なら、今までの勇者たちがなしえなかった魔王打倒を必ずやなしとげていただけることでしょう!」


 国王がそう叫んだとき、異なる声が頭上から降ってきた。


「そう上手くいくかな? 今度の勇者くんの素質がどれだけのものか知らないけど……どぁぁぁぁぁぁっ!?」


 最初は、いかにもクールな調子で語っていた言葉が、一瞬にして崩れる。その声の方を見上げた先には、かつての魔王デモンキングの鎧によく似た鎧を身にまとい、禍々しい意匠の兜と仮面を着けた男が浮かんでいた。


「な、何で、何で、何で、とう…………の昔に異世界に帰ったはずの伝説の勇者が、今更こんな所に!?」


 恐らく、これが今の魔王だろうが、随分と焦って慌てているようだな。それに「とう」の後ろが随分と間があいていたが、何か別の言葉を口にしようとしていたのを誤魔化しているような感じだ。


「さしもの魔王デモンキングも、かつて己を倒した伝説の勇者様を見ては平静ではいられなかったようじゃな! こんなに慌てた姿を見るのは初めてじゃ!! これなら勝てる! 今度こそ勝てるぞ!!」


 国王が興奮したように叫び、周りの重臣たちも歓声を上げる。


「だから僕の名前はもうデモンキングじゃな…………まあいい。伝説の勇者が再召喚されるとは少し予想外だったから、今日は大人しく引き下がろう」


 そう言うと、魔王らしき人物は転移呪文を唱えて、その場から消え去った。


「国王陛下、今の者が今代の魔王ですね?」


 私が尋ねると、国王はうなずいて答えた。


「左様。魔王デモンキングの生まれ変わりで『グレートシャイン』などと自称しております。魔法語で『偉大な輝き』とは、魔王の分際で何とも傲岸不遜な奴めですが、残念ながら実力があることも事実でしてな」


「『グレートシャイン』?」


「はい。こちらが『デモンキング』と呼ぶと、大抵は『今はグレートシャインと名乗っている』と言い返すのですよ。もっとも、先ほどは珍しく言い返さずに逃げ帰りましたが。やはり、伝説の勇者様に恐れをなしたのでしょうな、はっはっはっはっは」


「なるほど」


 高笑いする国王に、曖昧に笑ってあいづちを打ちながら、私はその名前について考え込んでいた。国王の言葉は『偉大な輝き』と私には自動翻訳されて聞こえたが、私は同じ意味の名前を持つ者を知っている。いや、知っているどころではない。私が名付けたのだから。


 佐藤大輝、私の息子である。


 いや、名前が同じ意味だからといって、どうしてあの子のことを思い出したりしたのだろうか。成績優秀にして剣道でも全国優勝を果たす文武両道ぶり。少し斜に構えたところはあるが、少年らしい潔癖な正義感を持ち、理知的で冷静な面と、それでいて友のためなら自分のことを省みずに奔走する熱血的な面を併せ持つ、麒麟児と呼ぶにふさわしい子だ。二年半くらい前、中二くらいの頃は第二次反抗期で随分とやんちゃをしていたが、あるときを境にピタリと反抗期がおさまり、最近は随分と大人びてきた。


 ああ、そうだ。声こそ違っていたものの、あの魔王の話し方は、私に反抗していた頃の息子の気取った話し方にそっくりなのだ。だから、あの子のことを思い出したのか。話し方が、そっくり……


「まさかな……」


 先ほどの魔王の体格は息子とほぼ同じくらいだったな、などという埒もない疑念を振り払い、私は国王に告げる。


「とりあえず、今の世界情勢と、魔王の勢力、そして今までの魔王との戦いの様子を教えていただけますか? 私も二十八年前ほど若くはありませんが、代わりに積んだ経験で少しは智恵がついたと思っています。今、生活している世界では、警察……治安維持組織の幹部として不法行為への対応を指揮しています。私の知識と経験は、魔王に対抗する上で、お役に立てるかと思います」


 はばかりながら警視庁第八方面本部長として奉職している身。今の私なら、昔のように単身で魔王に挑むのとは違った方法で魔王と戦うこともできるはずだ。


 私は、国王自らの案内に従って召喚の間を出ながら、魔王と戦う決意を新たにしていた。

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