<勇者Side13>異世界最後の日

 俺が叫ぶのと、ほぼ同時にドオッと大きな拍手が起こっていた。どうやらオーク・キング、ピョートルの演説がちょうど終わった所だったらしい。俺の叫び声は、その拍手の音に埋もれて、近くの者にしか聞こえなかったはずだ。


 あ、危なかった。もうちょっと早く叫んでたら演説会の邪魔になるところだった。別に選挙妨害なんかしたくないからな。いや、実は今までも結構大声出してた気もするけど、聴衆はほとんどが真ん中から前の方の席に座っていて、入り口付近は空いていたから周囲の気を引くほどじゃなかったようだ。


「こんな入り口付近で立ち話してるのも何だし、魔王城の方に移動しないかい?」


 大輝がそう提案してきたので、俺もうなずこうとしたのだが、その時ちょうど聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。


「それでは、次はピョートル候補の娘であり、現役の魔王軍騎士でもあるアナスタシア嬢の応援演説です」


 そう告げる司会の声に、思わず演壇の方を見ると、いかにも騎士の盛装ですといった感じの軍服に勲章らしきものを着飾ったオークが登壇するところだった。


「あれは……?」


 思わずつぶやいた俺の声に、大輝が反応する。


「ああ、そういえばアナスタシアは君と戦ってたんだったね」


「だ、だけど、あいつは手榴弾で自爆したはず……」


 俺の疑問に、大輝はあっさりと手品の種を明かす。


「フリだよ、フリ。魔王軍に所属する魔物は、全員が僕の加護を持っているのさ。致命傷を受けそうになったら、自動的に防御魔法が発動すると同時に、所属部隊の本営の転送魔法陣に瞬間移動するような魔法をかけてあるんだ。入れ代わりに金貨が転送されてくる仕組みになっているのさ。こういう面では魔法って凄く便利だよね。まあ、僕たち魔力無尽蔵の異世界召喚者でもなきゃ使えないくらい魔力消費は激しいけどさ」


「な、じゃあ!?」


「君が倒したと思った魔物は全員ピンピンしてるよ。ほかのオークやグリフォンたちも含めて、ね。魔王軍の規定では勇者と戦ったら二週間の有給休暇を与えることになってるから、みんな休みをとって羽を伸ばしてたろうさ。アナスタシアは有休取得ずらして今から父親の手伝いをしなきゃいけないみたいだけどね。姫騎士アナスタシアといったらオークの若者のアイドルだから、選挙権のある若オークの票をだいぶ稼げるだろうさ」


 そう言って笑う大輝に、俺は思わず尋ねていた。


「じゃあ、今まで魔王軍の魔物で戦死したヤツはいるのか?」


「僕が魔王になってからは、いないよ。純粋にゼロさ。ちなみに魔王軍侵攻開始後の人類側にもいないよ。怪我人は大勢出たけど、戦死者はゼロだね。そうなるように毎回僕か未来だけが敵陣に単身突入してるんだから」


「それは、つまり……」


「そうさ。恨みを残さないためだよ。いや、もちろん既得権を奪われる王侯貴族は恨むだろうけど、そんなのは大したことじゃない。実際、魔王国の所属になったあと、選挙で市長や元老院……ああ、魔王国の国会のことだよ……の議員に返り咲いてる元国王や領主は多いんだ。日本だって、滋賀県とか熊本県じゃ元の殿様の家系の人が知事やってたことがあるだろ。あれと同じで、特に悪政をしてないような王や領主だったら、首長や議員に選ばれることが多いのさ」


「……」


 俺はもう何も言えなかった。ここまで徹底的にやられたら、確かに戦意喪失するわ。今までの勇者たちが未来を除いて全員帰っちゃったのも無理はない。その未来は大輝のために協力してるんだろうし。


 ふと見てみると、エルアーラさんもコニーさんもミーアさんも、魂が抜けかけてるような顔をしてた。無理もないだろうな。今まで信じてた常識がひっくり返ってるんだから。


「さあ、行こうよ。この街には魔王城への直通転送魔法陣があるんだ」


 大輝にうながされるまま、応援演説を始めたアナスタシアに背を向けると、俺たちは会場の外へ向かって歩き出した。


◆ ◆ ◆


「さて、これで帰れるよ」


 大輝が指さした先には、セイクリッド王城にあったのと同じような魔法陣が描かれていた。


「魔王城にもあったのか……」


 そうつぶやいた俺に、大輝は自慢気に答える。


「異世界に転生した魔王デモンキング、つまり僕を召喚するために魔王軍四天王が二百六十年かけて配下の魔術師たちに作らせた異世界召喚と送還の魔法陣さ。だけど、セイクリッド王城の魔法陣とは、ひとつ決定的に違う点がある」


「違う点?」


安全装置セイフティがかかってないんだ。セイクリッド王城の方は、召喚対象に一定の条件をつけて、その条件に当てはまらない者は召喚できないようになってる。その条件がわかるかい?」


「条件? ……想像もつかないな」


 ちょっと考えてみたが、召還時に条件をつける意味なんてあるのか?


 そう思ってたら、大輝が答えを教えてくれた。


「わからないかい? 異世界召喚者は無敵で不死身、かつ魔力体力無限。もし悪心を持った者を召喚してしまったら、それこそ第二の魔王、いや、それ以上の恐ろしい存在になってしまう。だから、セイクリッド王城の召喚魔法陣では、召喚条件として『正義感の強い者』と『元の世界に愛着がある者』という二つの条件をつけているのさ。召喚者が悪さをしないように、そして、何かあったらすぐ帰ってもらえるように、ね」


「なるほど」


「ところが、彼らは魔法陣を作るときに、この条件付けに関して大きなミスをしてるんだよ。何と指定する『正義感』の正義の基準が、この世界の正義じゃなくて、召喚者の世界の正義なんだ。つまり、現代日本から召喚された場合は、『現代日本の基準での正義』を重んじるタイプの人間が召喚されちゃうのさ。で、現代日本の基準で言ったら、封建制度と代議制民主主義では、どっちが正義だと思う?」


「民主主義だよな……」


「前世の僕、魔王デモンキングは、伝説の勇者に殺される前に『転生の秘法』を完成させていたんだ。それで、勇者に殺された瞬間に、魂だけが勇者の体に入り込んで、一緒に日本に異世界転移してきて、それで僕に転生したのさ。ただ、勇者の体に入り込んでいたときも魔王の意識は持ってたので、日本に送還される際にセイクリッド王城の異世界召喚・送還魔法陣の術式を見ることができて、このミスに気付いていたんだ。それで、ここに召喚されて前世の記憶を取り戻したときに、すぐに考えたんだ。無敵の勇者に対抗するには、この世界では『悪』であっても、勇者にとっては『悪』ではなく、むしろ『正義』である民主主義を推進すれば、勇者の戦意を削げるだろうってね」


「……そういうことだったのか」


 そう聞けば、殺し合わずに権力を奪い合うシステムだけなら色々考えられる中で、なぜ『民主主義』を選んだのかも納得がいく。


「さあ、それじゃあ帰るかい?」


 大輝にうながされたんで、うなずいてからエルアーラさんたちに向き直って声をかける。


「エルアーラさん、コニーさん、ミーアさん、短い間だったけど、助けてくれてありがとう。俺は自分の世界に帰るけど、君たちと一緒に旅したことは忘れないよ」


「こちらこそ、ありがとうございました。私はまだ混乱していますが、それでも、もう魔王軍や魔王国と敵対しようとは思わなくなっています。もう少しゆっくり今後の身の振り方を考えたいと思います」


「ボクも、まだ何するか悩んでるけど、でも、人類側に戻るって選択肢は無いよ。先輩従者みたいに魔王国で働こうかなと思ってる。意外だったけど、神への信仰は認めてくれてるみたいだからね」


「あたしはプレイリー先輩と一緒に魔王国中央情報局で働くことに決めました~。人類を封建制度から解放するために働くんですぅ~」


「そうか……三人とも元気でな」


 三人とも、それぞれ自分の道を選ぶことにしたようだ。


 そして、俺が召喚・送還魔法陣に向かって歩き出そうとしたとき、その魔法陣が光り出した。


「あれ? おい、俺はまだ入ってないぞ!」


 慌てて大輝に声をかけたんだが、大輝は特に慌てた様子もなく落ち着き払って立っている。


 やがて、魔法陣の中に人影が現れた。あれは……未来と、その友人の田中たなかもえじゃないか!


「お、間に合ったみたいね。そろそろ拓海が帰る頃だと思ってたんだけど、ちょうどいいタイミングだったかな?」


 そう言う未来に続けて、田中も俺に声をかけてきた。


「高橋君、こんにちは。あなたが十一代目勇者ってのは本当だったのね」


 俺は少し混乱しながら尋ねた。


「未来はともかく、何で田中がここに?」


「だって、萌は九代目勇者だもん。プレイリーは萌の従者やってたんだよ。だから、今でもときどき遊びに来るんだよ」


「あれ、高橋君もプレイリー知ってるの? 彼、有能だから仕事が忙しいみたいで、せっかくこっち来ても、たまにしか会えないんだよね」


「来れるのかい!!」


 未来と田中の答えに、俺は思わず結構勢いよくツッコんでしまったのだが、未来は平然と答えた。


「来れるよ。それも、時間経過なしで戻れるから、息抜きに遊びに来るにはちょうどいいんだよね」


「そうなの。部活のあと家に帰って宿題やる前に、こっちで少し気分転換しようかと思ってね」


 田中も悪びれずに続ける。


「そんな簡単に行き来できるモンだったのかよ!?」


 再度ツッコんでしまったんだが、未来のヤツは平然とうなずいて答えた。


「そーだよ。ほかの歴代勇者もときどき遊びに来るんだ。拓海も来たかったら、あたしか大輝に言ってよね」


「は、ははははははははは……」


 その、あまりにもあっけらかんとした脳天気な答えに、俺は笑うしかなかった。


「さ、魔法陣を送還モードに切り替えた。いつでも行けるよ」


 そう声をかけてきた大輝にうなずくと、俺は魔法陣に足を踏み入れた。


 こうして、俺、高橋拓海の勇者としての異世界最後の日は終わったのだった。

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