<勇者Side12>邪悪な邪悪な魔王様の思惑

 ニヤニヤと笑う大輝を前にして、俺はただ唖然としていた。そりゃそーだろ。大前提にしてた『邪悪』ってのが根底から覆っちゃったんだから。


 そこで、ハッと気付いたことがあったので、大輝のヤツに問いかける。


「おい、スーパースター市で昔のアメリカの募兵ポスターみたいなの見かけたんだが、あれはもしかして……」


「ああ、アレは確かにあの有名な募兵ポスターをパロディにした投票呼びかけポスターだよ。この世界じゃあ、まだ選挙はなじみがないから広報しないといけないんだ……もっとも、日本だって投票日前には『投票に行きましょう』なんて呼びかける広報車が回ってるか」


「やっぱりそうかよ! ……ん? じゃあ、あのとき散らばってた赤い紙は投票用紙か!」


 思わず叫んでしまった俺に答えたのは、大輝じゃなくてプレイリーだった。


「そうです。統一地方選挙の首長用の投票用紙は、他の選挙と区別するため赤色なんです」


 ……召集令状とか、全然関係なかったよ。予想が大外れだったので、ついガックリとうなだれてしまった。そんな俺を尻目に、大輝はプレイリーを賞賛していた。


「いつもながら君の進言は的確だ。僕の世界に『百聞ひゃくぶん一見いっけんかず』ということわざがあるけど、その通りだね。魔王城で待っていて説明するより、秘密計画の現場を見てもらった方が話が早い。魔王城で『よくぞ来た異世界の勇者よ』って様式美をやるのも捨てがたいけど、確かに君の言うとおり、それは『趣味』だからねえ……」


 その大輝の言葉を聞いて、いままで硬直していたエルアーラさんが我に返って俺に尋ねてきた。


「拓海様、先ほどからのお話の意味がよくわからないのですが、『魔王城で待つ』と言うこの方は一体どなたでしょうか? そして、魔王の『秘密計画』の正体という『世界ミンシュカ計画』や『ミンシュシュギ』とは何なのですか!?」


 ああ、そういえば彼女たちを完全に置いてけぼりにしちゃってたな。「どなたでしょうか?」と聞いてるけど、頭のいいエルアーラさんのことだ、既に察してはいるだろう。認めたくないんで質問してるんだろうけど、誤魔化せる状況じゃないし、はっきり言っておくか。


「まず、こいつこそ魔王グレートシャイン、佐藤大輝本人だよ。俺の同級生で、部活の主将で、結構昔からの知り合いで、五年来の友人だ」


「「えっ!?」」

「やはり……」


 コニーさんとミーアさんが驚いているのに対して、やっぱりエルアーラさんは予想してたみたいだ。そんな彼女たちを見て、大輝が声をかける。


「やあ、君たちとは初めましてかな。僕が魔王グレートシャインさ。よろしくね」


「「「……」」」


 魔王本人からフレンドリーに挨拶されてしまったエルアーラさんたちは硬直してしまい、声も出せないようだ。そんなに怖がらなくてもいいのに。


「前も言ったけど、こいつは別に悪いヤツじゃないから怖がらなくてもいいよ。『秘密計画』の正体である『世界民主化計画』について説明すれば、簡単に言えば世界全体をウミソラ市みたいに共和都市にしようって計画さ。世界中の誰もが自分たちの代表を選んで、その代表が政治をするという制度に変えようってことだ」


 そう説明すると、硬直していたエルアーラさんが真剣な顔で考え込みはじめた。そして、しばらく考えたあとで俺の方を向いて口を開く。


「拓海様、さきほどから気になっていたのですが、それのどこが『邪悪ではない』のでしょうか? 政治とは、神からまつりごとをする権を与えられた王や貴族が行うものです。わたしたちエルフ族のように、族長に王権がなく長老会議が合議で政治を行う共和制を取る種族もありますが、長老会議に参加できる家は限られており、ほかの人類で言う貴族にあたる家になります。それを覆し、ただの市民が代表を選んで政治をするなど、どう考えても神の定めた秩序に逆らう邪悪な行いに思えます。魔王自身が、そう言っていたではありませんか。確かに人類側にもウミソラ市という例外もありますが、これは魔大陸という邪悪な土地に入植したから、その悪影響を受けたのだというのが人類側大陸でのもっぱらの評判です」


 さて、これに何と答えようか……と悩んでいたら、意外な人物が口を開いた。プレイリーだ。


「君はエルアーラさんだったね。それじゃあ、君は今まで自分が見聞きしてきたことから考えて、それが本当に正しい秩序だと思えるかい? 君も王家の養子になったのなら、魔王軍の占領政策を知らされたはず。

それまで孤児として苦労してきたこと、戦士訓練学校で習ったこと、実際の腐敗した貴族の横暴……そういったものを総合的に考えて、本当に『神が定めた』と言われている今までの秩序が正しいものに思えるのかな?」


「そ、それは……」


「即答できない時点で、答えは決まっているよね。僕も同じだった。だから、僕は魔王国に仕えることを自分で選んだ。僕の先輩たち、歴代の従者の皆さんも同じだよ」


 それを聞いて疑問に思ったことがあったので、俺は大輝に聞いてみた。


「おい、初期の頃の従者の家族を誘拐したのって、もしかして……」


「もちろん、彼らが自分から魔王国に仕えたいと言ってきたんで、彼らの家族を連れにいったのさ。彼らは『祖国も家族も捨てる』とか悲壮な顔で言ってたけど、国はともかく家族と離れて暮らすのは可哀想だと思ったんでね」


 ああ、やっぱりそうか……って、チョット待て、それだとおかしいことがあるぞ。


「それなら、何でわざと『効率よく働かせたいなら……』みたいなこと言ってたんだ?」


「ああ、それは『悪の魔王』っぽくふるまうためだよ、もちろん」


 ……そんなこったろうと思ったよ! だけど、大輝には確かに露悪趣味があるにせよ、それだけでいちいち『悪』を気取るとも思えない。真意は聞きたいところだ。


「何でわざわざ『悪』を自称するんだ!?」


「ひとつは『正義』と『正義』の争いにしたくないから、だね。『正義』を掲げたら、相手を『悪』と断じることになる。自分が絶対的に正しいって思うと、相手を全否定して、どんな残酷なこともできるようになる。僕は、僕自身も、僕の国にも、そんな愚かしいことはさせたくなかったんだ。自分が、絶対的『正義』だ、なんて思い上がるよりは、この世界の常識では『悪』だと自己認識してる方がまだマシだ、と思ったのさ」


「……お前らしいな。それ以外にも理由があるのか?」


「実際に、ある意味では『邪悪』だからさ。『文化侵略』という面で考えれば、僕はれっきとした邪悪な侵略者だよ。この世界の宗教には、僕らの世界のキリスト教や、浄土宗系の特に浄土真宗あたりみたいな『神の前では平等』『阿弥陀仏の前では平等』みたいな平等思想がない。日本の伝統思想の根幹、十七条憲法第一条『和をもって貴しとなす』みたいな衆議優先の思想もない。古代ギリシャやローマのような『民主主義』の伝統もない。そんな世界に、平等思想や民主主義を持ち込んで強制するのは、どう考えたって文化侵略以外の何物でもない。そういう意味では『魔王グレートシャイン』は人間を何千人と殺した『魔王デモンキング』なんかより、よっぽどタチの悪い邪悪無比な侵略者だ」


 なるほどな。だが、一点ツッコみ所がある。


「ちょっと待て、ウミソラ市はどうなんだ? あそこは、お前の侵略以前に自分たちで民主主義的な共和都市になっていたみたいじゃないか」


「あれこそ『伝説の勇者』召喚の弊害だね。僕の前世である魔王『デモンキング』を倒した伝説の勇者。彼が、彼の世界、つまり僕たちの世界の『常識』を持ち込んでしまった。雑談か何かの際に、僕らの世界の政治体制、『代議制民主主義』について語ってしまったんだろうね。その結果として、この世界としては異端としか言いようがない共和都市が生まれてしまったんだ。伝説の勇者の無自覚な文化侵略による文化汚染の結果だよ、あれは」


「そういうことか……」


「ああ、まだ理由はあるよ。心理的な問題さ。『邪悪』と思っていた相手に侵略されて、どんなひどい目に合わされるだろうと思ってたときに、実際に占領政策を見てみたら意外に悪くなかった、となったら、それまでの悪印象が一気に好転する。貴族やインテリ層はともかく、一般庶民なら特にそうだろう。そこで『邪悪』と思っていたものが違う、というインパクトを与えておけば、今まで『邪悪』だと思っていた民主主義についても……」


「同じように悪印象を一気に好転できると」


「一気にそこまでは行かなくても、少なくとも色眼鏡で見なくはなるかな、と思ってね」


 なるほどな。『邪悪』を気取っている理由はわかった。だけど、もうひとつ聞きたいことがある。


「それで、何で『民主主義』なんだ? プレイリーさんが言ってたぞ。お前のやり方は『憲法違反』だから自分が命令違反しても無罪を勝ち取れるって。お前、最強無敵の『魔王』なのに、なんで自分の権力を規制する『憲法』を定めたり、そもそも自分の権力を失うことになる『民主主義』を推進しようとしてるんだ?」


 そんな俺の問いに対して、大輝のヤツは「よくぞ聞いてくれた」と言わんばかりのドヤ顔で答えやがった。


「決まってる。僕が『魔王』なんかやめたくてしかたないからさ。僕が『魔王』をやめたら、魔物や人類が世界を征服した『魔王』の権力を奪い合うのは仕方ない。だけど、そこで凄惨な殺し合いをさせたくなかった。だから『殺し合い無しで権力を奪い合える』システムとして『民主主義』を普及させようとしてるのさ」


 それは、ある意味予想していた答えだった。だけど、だからこそ、もう一段深く聞かないといけないことがある。


「だから、それは何でなんだ!? このまま順調に世界征服を進めれば、お前は世界の支配者だ。その権力をわざわざ放り捨てたいってのは、どういうことだ?」


 俺の問いを聞いた大輝は、ドヤ顔から一転して真面目な顔になって答えた。


「その答えも簡単だよ。この世界の支配者の地位なんて、僕らの世界、現代日本の一般庶民にも劣るからさ」


「はぁ?」


 思わず素っ頓狂な声を上げてしまったが、大輝は冷静に指摘を続ける。


「子供のころに、アイスクリームについて歌った童謡を聴いたことはないかい? あれと同じさ。この世界での贅沢なんて、たかが知れてる。食べものひとつ取っても、現代日本の豊かな食生活とは比べものにならない。僕自身が『内政チート』して少しは改善できたところもあるけど、生活全般で言えば日本の方がよっぽど便利だよ」


 言われてみれば、確かに俺も今回の旅の中で日常生活の不便さや、飯のまずさについては痛感していた。


「確かにそうか……」


 そう納得した俺だったが、そこで大輝のヤツは思いっ切り人の悪い笑顔になって、とんでもないことをぶっちゃけやがった。


「それにね、僕の立場を考えてごらんよ。僕はニートでも引きこもりでもない。都内有数の進学校に通ってて、このまま順調にいけば現役で一流国立大合格なんてことも夢でも何でもなく、ただ来年の現実でしかないってレベルの学力を持った高校生だよ。さらに言えば、趣味嗜好に相当な問題があるとはいえ、美人でスタイルも頭も気立てもよくて、運動神経抜群で料理も上手い彼女までいるんだから、どこからどう切ってみてもリア充そのもの。異世界なんかに夢だの希望だのを持つ必要なんか、これっぽっちもないじゃないか」


 俺は思わず叫んでいた。


「お前、やっぱり『邪悪な大魔王』だよ!!」

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