<勇者Side11>オーク・キング、哮(たけ)る

 オークランド市は清潔感あふれる街だった。名前のとおりオークの木が特産品だそうで、木造の住宅が多いのだが、地球の北欧風に近いデザインの小ぎれいな建物が多い。そして、道にはゴミひとつ落ちていない。


 そして、もうひとつ。オーク族も多い。一瞬ダジャレかと思ったのだが、元々から楢の森に住む種族だったそうな。ここはオーク族の本拠地らしい。ただ、ほかの種族も普通に大勢歩いている。オーク以外で特に多いのは背が低くて額に角がある種族で、どうやらあれがゴブリン族らしい。そのほか、人間やエルフ、獣人などもそれなりに見かける。その全員が結構小ぎれいな服装をしている。


「ですからオーク族にとって、この街は特に思い入れがある所なのです。しかし、今、この街の市長をしているのはゴブリン族のヘンリーです。だから、オーク・キングのピョートルは、この街を奪還すべく立ち上がったのです。これから向かうのは、その決起集会です」


 待ち合わせしていた正門から入った大通りを歩みながら、プレイリーが解説する。オーク・キングのピョートル? どこかで聞いた名前だけど……あ、あの自爆したオーク姫騎士アナスタシアの父親か!


 それにしても、気になることがある。プレイリーに聞いてみるか。


「魔物同士で争うのか?」


「別に珍しいことではありませんよ。人類側だって魔王軍の脅威にさらされる前は人間とエルフが戦争したり、獣人とドワーフが戦争したり、獣人同士でも猫族と犬族が争ったり、人間同士でもエルフ同士でも戦争したりと、いろいろやっていました」


「それはわかるさ。だけど、魔物ってのは魔王の支配下にあるんだろう?」


「ええ。ただ、魔物にとっては強いことがすべてです。魔王が魔物を支配しているのは、最強の存在だからです。だから、魔王の支配下にあっても、その中の序列争いにおいては、互いに殺し合いをして地位を奪い合うことが以前は普通だったと聞いています。しかし、それでは魔王国の国力が衰えるので、今の魔王様は殺し合うことは禁止しました。別の方法で権力を奪い合わせることにしたのです」


「別の方法?」


「ええ。それについては、実際に見ていただいた方が早いでしょう。もう着きましたよ」


 そう言いながらプレイリーが指さしたのは、かなり大きな建物だった。一見すると、劇場か公会堂のように見える。決起集会ということは、ここでオークたちが集まって気勢を上げてからゴブリンと戦いに行くんだろうか? 殺し合いではないそうだが、どんな方法で争うんだろう? とにかく、まず様子を見てみないとな。


「勝手に入っていいのか?」


「観覧は自由です。殺し合い禁止なので普通は武器は持ち込めませんが、そこは私が特例で認めさせましょう」


 そう言ったプレイリーが入り口に立っている衛兵オークの所へ行き、何やら耳打ちをすると、そのオークがうなずいて入り口の扉を指さした。


「武器を渡さなくてもよいと認めてもらいました。でも、使わないでくださいね」


「魔物の方から襲ってこなければ使う気はないさ」


 そう言いながら扉を開けて入り口をくぐったとたん、目の前に大きな魔物が二頭居ることに気付いてギョッとした。


「グリフォン!?」


 思わず、ほんの今し方自分から使うつもりはないと言ったばかりの腰の剣に手を伸ばしてしまう。


 だが、そこでプレイリーがすっと俺の目の前に出てやんわりと制しながら、目の前の魔物について説明してくれた。


「違いますよ。グリフォンはライオンの体に鷲の頭と翼でしょう。彼女たちは豹の体に烏の頭と翼です。豹烏パンサークロウという種族ですよ。彼女たちも情報局のメンバーでして、今回の見学に際してオークたちとの折衝をお願いしたのです。お疲れさま、ゾラ、ジル」


「あら、いらっしゃいプレイリー。それじゃあ、そちらが噂の勇者様かしら?」


「結構いい男じゃない。そう思いません、お姉様?」


 烏の頭だけど、色気のあるお姉様みたいな声と話し方だな。別に敵意はないようだ。とりあえず、剣から手を離して、挨拶をしてみよう。


「はじめまして。俺の名前は高橋拓海です」


「あら、礼儀正しいのね。はじめまして、わたしはゾラ」


「はじめまして、わたしはジル。ゾラお姉様の妹よ」


 ……うん、何というか、種族名と名前にすごくツッコミを入れたいところだけど、今はそんなことをしてる場合じゃない。それに、俺、愛の戦士とか、そんなに詳しく知ってるわけじゃないし。


「それで『秘密計画』とやらは見せてもらえるんですか?」


「もちろん。そろそろ始まる頃じゃないかしら。入っていいわよ。でも騒いだり邪魔したりはしないでね」


 建物の入り口から入ったところは、劇場のロビーみたいな空間だったようで、さらに会場内につながっていると思われる扉がいくつもあった。ゾラという名前の豹烏パンサークロウが、そのひとつをくちばしで指していたので、その扉に向かう。


 ギィ、と軽くきしむ音を立てて開いた扉の先は、予想していたとおり、前方にステージがあり、それに対面する形で多くの座席がある劇場のような空間だった。


 そのステージの中央に演壇が設けられており、そこで今まさに一体の大柄なオークが右の拳を顔の前で握りしめながら叫んだところだった。


「諸君、大衆は豚だ!!」


 それに対して、客席から大きな声でヤジが飛ぶ。


「お前が豚だーッ!!」


 それを聞いたオークは、悠然とうなずいて言葉を続ける。


「そのとおり。だから私こそが大衆の代表にふさわしい!!」


「強引すぎるッ!?」


 再び客席からヤジが飛び、会場が爆笑に包まれる。それに頭をかきながら苦笑いするオーク。


 ……これは、まさか「つかみはOK」ってことなのか?


 その笑いがおさまるのを待ってから、オークは一転して丁寧な口調で語り始めた。


「そうは申しますが、皆さん、豚についていろいろ誤解してる方も多いのですよ。例えばよく『薄汚い豚』のように罵られることがありますが、実は豚というのは本質的には清潔を好む性質があるのです。薄汚れた環境だとストレスがたまって尾かじりなどをやってしまうのです。その豚の性質をもつわれわれオーク族からすると、今のオークランド市には大きな問題があります」


 そこで一息ついてから、おもむろに大きく声をはり上げる。


「我が市の下水道普及率は六十七パーセントにすぎません。魔王国主要都市の中で下水道普及率が七割を切っているのは、我がオークランド市だけなのです。これは大いに恥ずかしい数値ではありませんか! 

衛生面から考えても、決して望ましいとは言えません。


それに、清掃工場の稼働率は常に百二十パーセント。つまり職員の方たちが毎日二割も残業しないとゴミを処理し切れないのが現状です。このような状態を放置しておいてよいのでしょうか!?


確かにヘンリー市長の指導のもとで、オークランド市の産業は大いに発展しました。特産のオーク材を用いた家具はブランド化し、市の財政を大いに潤しています。しかし、そこで得た資金を再び産業振興に用いる必要があるでしょうか?


遅れているインフラ整備こそが喫緊の課題ではないかと私は考えます。また、急激な産業振興の影響で、オークの森が減少しており、環境破壊が起きてしまっています。植林も行われてはいますが、オークの木が育つのには時間がかかります。我々は、先祖から受け継いだこの大切な資産を子孫に伝えていく義務があります。


ですから、私、ピョートルは、皆様にお約束いたします。私が市長に返り咲いた暁には……」


 ピョートルの演説はなおも続いていたが、俺はそれを聞き流しながら、半ば呆然とプレイリーに尋ねた。


「……なあ、これは、もしかしなくても『選挙演説』じゃないのか?」


 俺の問いに、プレイリーは実に楽しそうに答えた。


「はい。『オーク民主同盟』代表のピョートル前市長が、『ゴブリン自由連合』総裁であるヘンリー現市長から市長の座を奪還するための選挙運動です。本日正午、魔王国統一地方選挙が公示されて立候補受付が始まりました。これから二週間にわたって地方自治体の首長と議員の座をめぐって、魔王国各地で激しい選挙戦が繰り広げられることになります」


「じゃあ……じゃあ、大輝が言っていた『秘密計画』っていうのは……」


 そこで絶句してしまった俺に、答えを告げたのは、プレイリーの声じゃなかった。


「そう。これが、この世界の秩序を根底からくつがえし、人類のを根こそぎ滅ぼすために僕が立案したな『秘密計画』……『世界民主化計画』の実態さ」


 振り向くと、いつもの魔王ルックではなく、この世界の一般市民のような服装をした大輝が立っていて、俺を見るとニヤリと笑った。


 そんな大輝に、俺は思わず叫んでいた。


「『民主化計画』のどこが『邪悪』なんだ!?」


 それに対する大輝の答えは簡単だった。


「わからないのかい? 封建社会においては民主主義ってのは立派な反社会的邪悪思想じゃないか」

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