<勇者Side10>『秘密計画』への招待

召集令状あかがみ、ですか?」


 エルアーラさんが困惑したように問う。そうか、わかるわけないか。


「徴兵命令書さ。俺の住んでいた国は、昔は一般人を徴兵して戦争に駆り出していたんだ。それで徴兵されるときに来る命令書が召集しょうしゅう令状れいじょう。赤い色をしていたんで『赤紙あかがみ』と呼ばれてた。確かに、これで一般市民を徴兵してぶつけられたら、俺らの世界の勇者は戦意を損なうだろうな」


「それは、我々人類側の国にも似たような制度はありますよ。雑兵や輜重兵は農民や都市下層民を徴用して使う事があります。それが、なぜ勇者様がたの戦意を損なうと?」


 エルアーラさんは困惑したように問う。そうか、この世界は日本の戦国時代とかと同じで、一般人が徴兵されて戦争に出るのが普通なんだ。それじゃあ、俺たち平和な暮らしに慣れた日本人の感覚はわからないだろうな。


「無理矢理徴兵されて戦場に送り込まれた罪も無い一般市民を殺したりはできないからさ。俺の国では、前の戦争が終わってもう七十年以上も争いのない平和な時代が続いてる。人殺し自体が忌避されるような状況なんだ。そりゃ、オークみたいなのが戦意にあふれて襲ってきたら戦うし、殺せるよ。だけど、家に帰ったら普通に優しいお父さんやってそうな人が、命令されて嫌々向かってくるのを殺すなんてことしたら、それこそ精神が保たない。特に無敵不死身の勇者ならなおさら、ね。だってそうだろう? 自分が死ぬかもしれないと思ったら、相手を殺すこともやむを得ないと言い訳できるけど、自分は絶対に死なないんだから、それで相手を殺しちゃったら、それこそ『ただの虐殺』でしかない」


「なるほど……」


 俺の話を聞いて、半ば納得したようにうなずいたエルアーラさんだったが、残り半分はまだ不審そうな雰囲気が残っている。


 そこに、コニーさんが割り込んで来た。


「だけどさ、無敵不死身の勇者様なら、相手を殺さないで無力化もできるんじゃない? だって魔王や魔王妃はそれやってるよ」


「あ!?」


 言われてみれば、コニーさんの指摘はもっともだ。大輝や未来は、確かにそれをやってる。なら、俺だってできないことはないはずだ。


「確かにそうだな。だけど、徴兵制じゃないとすると、魔王の秘密計画ってのは、一体何なんだ?」


 思わずつぶやいた俺の言葉に答えたのは、しかし、仲間三人のうちの誰かの声じゃなかった。


「それをお知りになりたいなら、オークランド市に向かわれるとよろしいでしょう」


「誰だ!?」


 振り向いた先には、若い獣人の男が立っていた。細面のイケメンだが、あの耳は狼……いや、犬だろうか?


「プレイリー先輩!?」


 そう叫んだのは、ミーアさんだ。その名前は前に聞いたことがある。一昨年に召喚された勇者の従者をしていたという犬族獣人だったはずだ。


「久しぶりだね、ミーア。元気そうで何よりだ。そして、初めまして、勇者拓海様」


 優雅に一礼するイケメン獣人プレイリー。それに対してミーアさんが叫ぶように問いかける。


「ど~してここにいるんですか~!?」


 微笑みさえ浮かべてプレイリーは答える。


「簡単さ。勇者様の監視が、今の私の任務だ」


「任……務?」


「ああ、魔王国中央情報局職員としての、ね」


 魔王国の情報局職員!? つまりスパイか!


「その情報局員が何で俺に情報を寄こす?」


 絶句してしまったミーアさんたちに代わって、俺がプレイリーに問う。スパイなんてのは監視対象に正体を明かしちゃいけないはずなのに、堂々と俺たちの前に現れて秘密計画のことを教えるというのには、一体どんな魂胆があるんだ?


 だが、俺の問いに対するプレイリーの答えは意外なものだった。


「それが魔王国にとっての利益になると考えたからですよ。あなたは早めに真実を知った方がいい。魔王様はもう少しあなたをからかって楽しみたいようですが、あまり遊ばれても我が国のためになりません」


 その言葉で、三つわかったことがある。ひとつは、元は勇者の従者をしていたという人類側のエリート、プレイリーは既に魔王国を自分の国と思い、そのために誠心誠意働こうとしているということ。


 二つ目は、こいつは魔王の配下でありながら、魔王の意図に逆らってでも、自分の判断で魔王国の利益になると考える行動を取れるということ。


 そして三つ目は、魔王の秘密計画の実態というのは、本当に俺の戦意を失わせるようなものだということ。少なくとも、プレイリーはそう考えているということだ。


 つっつけば、もう少し情報が得られるかもしれない。そう思った俺はプレイリーにさらに問いかける。


「おいおい、魔王の意図に逆らって大丈夫なのか?」


 だが、プレイリーはさわやかに笑いながら答える。


「勇者様への対応は確かに魔王様の専権事項ではありますが、今の魔王様の対応は多分に趣味的です。魔王国憲法第一条第三項『魔王は魔王国の発展と魔王国国民の福祉のために誠心誠意働かなくてはならない』に抵触していると考えられます。ですから、もし魔王様が私の行動を処罰するというのでしたら、私も裁判に訴えて魔王様の憲法違反を立証して処罰撤回を勝ち取る自信はあります。ただ、魔王様はこれを理由に処罰などはされないでしょう」


 憲法!? 裁判!? ……大輝のヤツ、思った以上に国家体制を整えてやがる。だけど、そのせいで逆に『魔王』としてワガママを通すこともできなくなってるみたいだ。大輝らしいと言えば、らしいのかもしれないけどな。


 でもまあ、少し揺さぶってみるか。


「処罰されない自信はあるってか? だけど、大輝のヤツは逆らう相手には容赦しないぞ」


 だが、俺の揺さぶりなんぞは、プレイリーに対してはまったく効果がなかったらしい。


「確かに魔王様は国や国民のためにならないことをする者には容赦なさいませんが、逆に国や国民のためになるような独断は賞賛なさいますから」


 一昨年までは敵対する側のエリートだった相手に、ここまで信頼されているってのも凄いな。さすがは大輝だ。よし、もう少し聞いてみよう。


「で、俺が『秘密計画』について知るのは魔王国のためになるのか?」


「はい。歴代勇者様は『秘密計画』の実態を知ると、みな元の世界に帰られたり、王妃様のように積極的に協力するようになりますので」


「そこまで言うか……一層『秘密計画』に興味がわいてきたな。さっき言ってたオークランド市ってのは、どっちの方にあるんだ?」


「このまま魔王城に向けて進めば三日ほどで着きますよ。ここから魔王城に向かう場合の中間地点になりますね。ちょうど三日後から今回の『秘密計画』が実施される予定になっておりますので」


「何だと!?」


 ……乗せられているようで少ししゃくだが、確かにこいつは行かないといけないようだ。


「それでは、三日後の昼過ぎにオークランド市正門でお待ちしております。そこで『秘密計画』の実態が最もよくわかるところにご案内いたしましょう」


 俺が行く気になったのがわかったのか、プレイリーは待ち合わせ場所と時間を指定してきた。いいだろう、乗ってやろうじゃないか。


「わかった。『秘密計画』の実態、しっかりと見せてもらうぞ!」


 そう言った俺に対して、優雅に一礼すると、プレイリーはきびすを返して街の雑踏の中に消えていった。


「プレイリー先輩……」


 ミーアさんが切なそうな声でつぶやいているのが聞こえた。もしかして……いや、プライベートの詮索はやめよう。


「さあ、みんな、オークランド市に向かって出発しよう!」


「「「はい」」」


 俺の言葉に三人が声を揃えて答える。よし、目指すはオークランド市だ!

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