<魔王Side03>魔王様の邪悪な邪悪な裏話Part2

「待たせて済まなかったね。のライオン市とは違って、メイプル市の方は初占領なものだから、どうしても戦後処理に時間を取られてしまったんだよ」


 僕は、目の前の獅子族獣人に謝った。立派なたてがみと鋭い目を持つ偉丈夫だ。


「いえ、こちらも反対派を押さえ込むのに時間が必要でしたので」


「いやいや、君の手腕のおかげで、無駄な流血は避けられた。望ましいことだよ。君は賢明だ……せっかく解放してあげたのに、さっそく臨時徴税をかけたアストロ侯爵とは違って、ね。ま、それは置いておこう。それじゃ、改めて降伏条件を読み上げようか」


 にこやかに笑いかけながら、手元の降伏条約の文言を読み上げる。


「ライオン王国は魔王国に対して以下の条件で降伏する。一、住民の生命と身体の安全を完全に保証する。二、住民の別紙規定の資産額以下の動産保持を完全に保証する。三、住民の別紙規定の基準に従って算定された資産額以下の不動産保持を完全に保証する。四、規定の保証資産額を超える動産、不動産は没収の上、元ライオン国の国民に対して完全に還元する。五、没収不動産のうち、農地については同農地を現在耕作中の者に優先的に支給する。六、農地以外の不動産および動産の還元配分については魔王国任命の臨時総督に一任する。七、別紙規定の資産額以上の資本を保有する商会については、魔王国統一独占禁止法の規定に従い分割する。八、ライオン王国の王侯貴族特権については一切認めない。九、魔王国統一法の執行まで一年間の猶予期間を与える。その間はライオン王国法の執行を認める。十、ライオン王国の軍備については完全に解体し、国家の安全保障は魔王軍が行うものとする。以上の条件を守ることを、魔王グレートシャインの名において誓う。降伏条件はこれでよろしいかな?」


「結構です。ライオン王国国王ダンディ七世の名において、降伏条件に同意いたします」


「では、降伏文章に調印を」


 僕が降伏文章に署名をして公印を押すと、偉丈夫ダンディ七世も同じように署名して公印を押す。これで、歴史と伝統ある獅子族獣人の国家ライオン王国は魔王国に併合された。


 その上で、僕はライオン国王ダンディ七世改め、魔王国市民ダンディ・ライオン七世に向かって宣言する。


「それでは、魔王国統一新領地統治基本法第一条第一項に基づき、魔王グレートシャインの名において魔王国市民ダンディ・ライオン七世を、ライオン市および元ライオン王国地域の臨時総督に任命する」


「ありがたき幸せ」


 優雅に一礼するダンディに、僕は改めて命令を下す。


「君の臨時総督としての最重要の任務は、魔王国統一秘密計画推進法に基づき、元ライオン王国地域全域において、五年以内に秘密計画を実行することだ。今までにまったく考えもしなかったことだから大変だろうとは思うけど、住民に対して啓蒙と教育を行い、何としても予定期間内に実行して欲しい」


「かしこまりました。身命に代えても実行してご覧に入れます」


 堅苦しく宣言するダンディに、僕はあえて軽い口調で飴を投げる。


「まあ、そこまで気張らなくてもいいさ。でも、ここで上手くやれば臨時総督解任後もライオン市の実権を握ることはできるよ。旧領主や元国王が、元の支配地域の市長を勤めることは、ままあることだからね。だから、のために統治するか、ってことさえ忘れなければ、きっと君は成功できるだろう」


 国王や族長自身は逃げていたとしても、その一族が市長をやってる例は結構ある。確かメイン大森林の中心都市オーガスタの現市長は、前族長の弟で大森林陥落時に捕虜になっていたトップレー・ベルド・メインが勤めてるはずだ。まあ、それと同じようにダンディがライオン市の臨時総督から市長にスライドしたいなら、きちんと仕事をしてアピールして欲しいね。


 だけど、ダンディはニヤリと笑って僕の予想以上の答えを返してきた。


「私は、その程度に留まるつもりはございませんよ。市長の地位など踏み台にして、もっと上を目指しますから。そのためには、まず『秘密計画』を期限内に完全に遂行してご覧に入れましょう」


 へえ。大人しく降伏してきたと思ったら、むしろ魔王国での出世を狙っていたのか。いいねえ、そういう有能な野心家は、我が魔王国にはもっと多く必要だ。ダンディはまだ三十代で、これからどんどん活躍してくれそうだから楽しみだね。


「言うねえ。期待しているよ。じゃあ、さっそく始めてもらおうか。下がっていいよ」


 最後に握手をしてダンディを送り出す。と、魔道インターホンが軽快な音を鳴らしたので受信ボタンを押すと、侍従の声が聞こえてきた。今はコボルドのジェイムズが当番みたいだな。


「ウミソラ市長ケーン・リッツ様が、勇者の件についてのご報告があると面会をお求めですが」


「通してくれ」


 すぐにケーンが魔王執務室に入ってきた。ウエストのサイズは変わらないが、相変わらず元気そうだ。


「やあ、ケーン」


「お久しぶりです、陛下。勇者拓海様がウミソラ市を出立したので、ご報告に上がりました」


 握手をしてから、さっそく報告を聞く。


「鋭い方ですね、拓海様は。私のわずかな言葉から、我が市が魔王国の傘下に入ったことを察したようです」


「へえ」


 さすがだよ、拓海。中学時代からの親友……いや、実はそれ以前からの知り合いだったりはするんだけどね。お互い、少年剣道やってたから、地区大会で何度か対戦してる。あの頃から読みの鋭さは変わってないね。僕が何を狙ってるか、一瞬で看破するんだから、ほんと参ったよ。


 今だって同じ高校で同じ部活。僕が主将なら拓海は副将。今年、団体戦でもインターハイ優勝できたのは、拓海が頑張ってくれたからだ。いつも明るいムードメーカーで、みんなのまとめ役。常に前向きで、不正を許さない正義感の持ち主。それでいて遊びも上手で、交友関係の広さは僕なんかとは比べものにならない。父さんが「ぜひ警察官になって欲しい」と言ってるくらいだ。


 本当に『勇者』が似合うタイプだね。だけど、君は僕の脅威には絶対ならない。


 そんな風に思いながら、ケーンの報告の続きを聞く。


「食料などは買い込んでいかれたようです。途中の街にはあまり寄らずに、まっすぐ魔王城を目指されるのではないかと。購入量からして、ウミソラ市から北上すると、スーパースター市あたりで一度食料を買い込むかと思われますが」


「ふうん……わかった。ご苦労だったね。ほかには何かあるかい?」


「貿易収支については報告書を出しておりますので、特には……」


「了解。それじゃ下がっていいよ。今後も頼むね」


 再び握手をしてケーンを送り出す。と、入れ違いに入ってきた人影がある。じゃないか。


「やあ、お帰り。メイプル市の戦後処理お疲れさま。で、メイプル子爵の様子はどうだい?」


 そう労うと、本当に疲れたような声で報告をしてきた。


「マジ疲れたよ~。でね、メイプル子爵ってのは、ホントに市特産のカエデ糖メープルシロップの利権のことしか気にしてないっぽいよ。会社法とか、独禁法のこととか、法人税のことばっかり聞かれたモン。あと特許法ね。アレ、かなり本気で自前の商会設立して、製法の特許取って独占商売やりたいみたいよ。総督とか市長とかの仕事にはあんまり興味ないみたい。市民気質もそっち寄りっぽいから『新思想』に対しての反発も少なそうなのは助かるけどね」


「ふうん。それだと、メイプル市は一度取り返させる候補からは外すかな。まあ、次の勇者次第だけどさ」


 せっかく、こっち側に来てもいいと思ってる市民が多いなら、無理に一度返す必要はないだろう。アストロ候みたいなのがトップだったら、わざと一度取り返させて、市民感情をさらに領主から引きはがしてからの方がいいんだけどね。


 そう思って言ったんだけど、王妃は別のことに気を取られたみたいだ。


? 拓海はどうしたのよ?」


「もう、この大陸に来てるよ。さっきウミソラ市長が報告に来た」


「へえ、早いじゃない。なら、あたしもそろそろ出てもいいよね?」


「おいおい、君が出てったら、それだけで拓海帰っちゃうだろ?」


「え~、何でよ!? 拓海の性格だったら、むしろ一層気合い入れて、あなたに会いに来ると思うけど」


「……それもそうか。ま、君も戦後処理みたいな仕事でストレス溜まってるだろうから、遊んでくるといい」


「そうこなくっちゃ!」


 そう許可を出すと、王妃は一気に元気を取り戻して、意気揚々と魔王執務室を出て行った。やれやれ、彼女の手綱を取るのも大変なんだよ。


 さて、拓海、君は彼女に会ったら、一体どんな顔をするんだろうね?

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