<勇者Side08>恐怖! 悪夢の魔王妃見参!!

「魔王の『秘密計画』が少なくとも一部は読めたんじゃないかと思う」


 俺は、エルアーラさんたちに、そう言った。


「そ、それはウミソラ市が既に魔王の支配下にあると思われることと関係があるのですか?」


 問い返すエルアーラさんに、俺はうなずいて答える。


「ああ。魔王の狙いは『奴隷の平和』じゃないかと思う」


「『奴隷の平和』というと?」


「平穏と安全、そして日々のささやかな娯楽。日常生活さえ守られれば、支配者が誰になろうとかまわない。そういう環境に人々を慣らして、徐々に隷属させていく。そうして支配権を確立してしまえば、そのあとは何だろうと好き放題にできるって寸法さ」


「……確かに、そう言われると、あの魔王の占領方針が納得できます」


「その目論見さえ見抜かれなければ、あるいは見抜かれたとしても実際に攻め滅ぼされるよりはマシだと思わせれば、軍勢で囲まなくても使者を送るだけで無血開城させることもできるだろうさ。特に、ウミソラ市みたいに、領主がいるわけじゃなくて住民の代表の合議で方針を決められるような街ならね」


「!! それはつまり……」


「ウミソラ市が一度も魔王軍に攻められていないってのは本当だろうさ。その前に降伏したんだろうから。それを隠して、人類側の情報を流すスパイ……つまり密偵の役を果たしてるんだろうよ。そう考えれば、交易船が止められないのも当然だ。わざわざ魔王軍のために情報や利益をもたらす商品を持ってきてくれるんだからな」


「すぐに戻って報告しなければ!!」


 勢い込んで言うエルアーラさんを、俺は止めた。


「大人しく人類側の勢力圏まで戻してくれると思うか?」


 魔大陸から人類側の勢力圏に戻るには、ウミソラ市の貿易港から貿易船に乗らないといけない。既に魔王の支配下にあるウミソラ市がそれを許すはずがないだろう。


「俺ひとりなら何とでもできるけど、ウミソラ市全体が敵に回ったら君たち全員を守り切れるかどうか……それに、魔大陸の外へは転移できないし」


 俺は不死不滅だし、海に落とされたっておぼれない。無限の体力と魔力があるから、飛行魔法で空を飛んで帰ることも、海を泳いで渡ることもできる。海底を歩くことさえできるだろう。


 だけど、エルアーラさんたち三人と一緒に帰るのは無理だ。例えば俺が彼女たちを連れて空を飛んで帰るにせよ、俺は飲まず食わずでも平気だけど、彼女たちはそうはいかない。飛行速度は船より速いから二十日もかかりはしないだろうけど、普通の人が飲まず食わずで耐えられる時間では大洋を越えるのは無理だろう。


 それと、実は俺は転移魔法も使える。魔王が使っているのを見て練習したんだ。一度も行ったことがない場所へは行けないので、アパッチ市やパイレーツ市に最初に行くときは神殿の転移魔法陣を使って移動したんだが、二回目からは自分の転移魔法で行くことができる。


 しかし、前にエルアーラさんが言っていたように、この魔大陸には転移魔法を防ぐ結界が張られているらしい。実はこっそり試してみたんだけど、人類側の大陸に戻ろうとしても転移魔法は効果を発揮しなかった。もっとも、近場の転移を試してみたところ転移できたので、あくまで結界の中と外の転移を防ぐだけの効果しかないようで、魔大陸内での転移は可能なようだ。


 なお、人類側の王城などでも、この転移阻止結界は使われている。神殿間の転移を行うために街全体を覆うことはないが、重要な建物には使われていて、転移魔法を使った侵入は阻止できるんだ。ただし、異世界からの勇者召喚を行う前後だけは、転移阻止結界も停止される。転移と異世界召喚はどちらも時空間に働きかける魔法なので、転移阻止結界を働かせている状態だと異世界召喚ができないからだ。そのせいで、毎年そのときだけは魔王が王城に侵入してくるのを防げないらしい。


 俺の言葉を聞いて少し考えていたエルアーラさんだったが、やはり同じ結論に達したようだ。


「確かにそうですね。実は、今までの歴代の勇者様やその従者も、魔大陸に渡って以降は一切の報告がなかったのです。ウミソラ市で遮断されていたのだとすると、当然ですね」


「だから、俺たちは前に進むしかないんだ。魔王を倒す。それですべてが終わる」


 そう言った俺に答えたのは、エルアーラさんでも、コニーさんでも、ミーアさんでもなかった。


「あ~ら、そんなこと、させるワケにはいかなくってよ!」


 聞き覚えのない声が、空から振ってきたんだ。


「誰だっ!?」


 声のする方を見上げた俺の視線の先には……


 痴女が空に浮かんでいた。


 な、何を言ってるのかわからねーと思うが、俺も何を見てるのかわからない……頭がどうにかなったんじゃないかと思えるような格好の女がいるんだ……あれはグラドルとかレイヤーとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ。


 ……なーんて、思わず定番のネタゼリフかましたくなるような、そういう姿なんだよ、マジで!


 ゴテゴテとしたトゲトゲのついた肩当てと、裏が赤い黒マントはまあいい。頭の黒色の兜も悪魔的な飾りがしてあって、目のところだけ覆い隠す黒い仮面は、炎を思わせる赤い飾りで縁取られている。その仮面から見えている鼻から下の部分は、なかなか整った顔立ちに見える……んだが、問題はその下の格好だ。


 エナメルっぽい光沢のある材質の黒いビキニなんだよ! それも、相当きわどいデザインの!! 鋲みたいな飾りで縁取りされてたりはするけどね。肘まである手袋と、膝丈のブーツも同じくエナメルっぽい黒光りする材質で、鋲が打ってあったり、鎖が巻き付いてたりする。


 そして、ご丁寧に、手に持っている武器は鞭だったりする。


 要するに、ボンデージ風ビキニを着た女王様っぽい格好なんだな。

 

 そして、そんな格好をしているからよくわかるんだが、スタイルは抜群だ。爆乳バストと形のよいヒップがせり出していて、ウエストは細く引き締まっており、正にボン、キュッ、ボンって言葉が当てはまる。


 そいつは、俺の視線を受け止めると、右手をピンと伸ばして甲を左頬に当て、左手は鞭を持ったまま腰に当てて、空中で高笑いしながら名乗りを上げた。


「ヲーッホッホッホッホ! あたしの名前は『魔王妃フューチャー』!! 偉大なる魔王グレートシャイン様の正妃にして魔王軍副司令長官よっ! このあたしがいる限り、魔王様には指一本触れさせないわ!!」


「「「ま、魔王妃フューチャー!?」」」


「知っているのか!?」


 エルアーラさんたちがハモって驚いたので、思わず尋ねてしまった。


「はい! 魔王軍でも魔王に次ぐ実力者と言われています。魔王が一軍を率いて侵攻してくるとき、別働隊を率いて同時に他の地域へ侵攻し、自ら陣頭に立って街を攻め落とすと聞いています」


「魔王妃に攻め落とされて、あとで一回解放された街の防衛隊所属だった騎士に話を聞いたことがあるんだけど、何万もの魔物を率いて攻めてきてるのに、実際に戦ったのは魔王妃だけだったって言ってたんだ。弓矢も魔法も、槍も剣も一切通じなくて、逆に魔王妃の方は鞭や素手、それに麻痺魔法なんかで騎士や兵士、魔法使いなんかを容赦なく打ち倒して、たったひとりで数千の防衛軍を全滅させたって! それも、


「それ、あたしも聞いた事がありますぅ~。労働力を確保するために殺すより捕虜にするって魔王の方針に忠実だって話ですぅ~」


 エルアーラさん、コニーさん、ミーアさんが口々に魔王妃の噂を話してくれた。


 外見はイロモノもいいところだけど、実力は確かみたいだ……


「ヲーッホッホッホッホ! あたしの実力はわかっているみたいじゃないの。いくらあなたが不死身だからって、女の子たちは違うでしょう? 彼女たちを痛い目に合わせたくなかったら、さっさと降伏なさい! あたしの鞭は痛いわよぉ……ムフフフフフフフ」


 そう言ってエルアーラさんたちを舌なめずりしながら見やる魔王妃。女のくせに何か仮面からのぞいている目つきがイヤらしいんで、思わず聞いてしまった。


「お前、ビアンか?」


「いいえ、両刀よ……って、ちっが~う! 何言わせるのよっ!! あたしは魔王様一筋なんですからねっ! 邪悪な魔王妃なのに、魔王様に捧げるのは、じゅ・ん・あ・いッ!! ああ、何てステキな響きなのかしら。今夜も魔王様のたくましい●●ピーを、あたしの下のお口でたっぷりと××バキューンして……」


「どこが純愛!?」


 何か変な妄想を口から垂れ流し始めたので、思わずツッコんでしまった……ってぇ、声こそ違うものの、この女、もの凄くを思い出させるんだが!?


 あれ? 凄くスタイルがいいのに露出狂気味で、えらく芝居がかった言い回しが大好きで、脳内の妄想、特にエロい(その割には色っぽくない)のが口からダダ漏れになる女なんて、異世界まで含めたって、そうはいないはずだ。


 だけど、あいつは今、魔王の奴隷にされて……って、チョット待て、魔王妃『フューチャー』だと!?


 ああ、うん、正にだったな。声ぐらい、魔法でいくらでも変えられるだろうし。


 よく考えてみたら、あのメンタルがフルメタルジャケットな女が、何をされたって心を壊されて奴隷に堕ちたりするワケがないじゃないか! ……もっとも、アレは逆に最初から壊れ切ってるのかもしれないが。


 そのことに気付いた俺は、魔王妃フューチャーに向かって言い放った。


「おい、お前、一体何やってんだ?」


「ぎく」


「いや、擬音を口に出すなや……ってか、それお前の癖だよな?」


「なななな、何のことかしら?」


「いや、今更誤魔化そうとしたってダメだろ」


 シラを切ろうとしたんでツッコむと、さすがに観念したのか、魔王妃は自分の正体を明かした。


「……バレてしまってはしかたないわね。お察しのとおり、あたしは未来よ。勇者でありながら魔王に敗れ、身も心もボロボロになるまで辱められたあげくに魔王の奴隷に堕ちてしまったの。ああ、弱いあたしを許して……」


 宙に浮いたまま、よよよ、と泣き崩れる魔王妃フューチャーこと鈴木未来。だが、俺にはそれが彼女お得意の小芝居だとハッキリわかってるんで、さっさとツッコむ。


「大嘘つくなや『フルメタルメンタル』未来! お前だったら、どんな目に合わされたって心が折れたりするはずないだろ。それよりも、何でお前が魔王妃なんかやってるんだよ? もう五年も友達付き合いしてるんだ、お前が大輝を裏切るはずがないってことぐらい……」


 そこまで言ったときに気付いてしまった。『魔王妃未来フューチャー』がだったら、『魔王グレートシャイン』だって、正にじゃないか!!


「マジかよ……」


 俺は半ば呆然として、未来に向かって叫んだ。


「何で大輝が魔王なんかやってるんだよ!?」

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