<魔王Side02>魔王様の邪悪な邪悪な裏話Part1

「やあ、アナスタシア、ご苦労だったね」


 僕は任務から帰還したばかりのオーク族魔王軍騎士アナスタシアにねぎらいの言葉をかけた。オークたちの間では『姫騎士様』と評判の美人だけど、責任感が強く任務に忠実なので、僕も信頼している。


「申し訳ございません、通信機の存在と、我々の文化レベルについて勇者に察知されました。この失態はすべて私の責任で、部下には罪は無く……」


「ああ、いいよいいよ、そんなことは。どうせ、そろそろバレる頃だったんだから。それより怪我はないかい、部下たちにも?」


「もったいないお言葉。魔王様のご加護のおかげをもちまして、部下も全員無傷で撤退いたしました」


「それはよかった。それじゃあ、勇者遭遇規定に従って、二週間の休暇だ。故郷くにに帰ってゆっくり休むといい」


 フッフッフ、僕が異世界人として持つ無限の魔力と魔王の魔法知識を応用すれば、『魔物』が即死クラスのダメージを受けそうになった瞬間に金貨と入れ替えて転移させることなんか造作もないことだ。その結果、人類側が倒したと思った『魔物』はこっちでは元気にピンピンしてて、休暇をもらって鋭気を養い、次の出撃を待つってワケさ。金貨を残しておくのは、まあ一種のシャレだね。召喚勇者なら「ゲーム的だ」と思うかもしれないけど、だからこそ逆に倒した相手が救われてるとは思わないものさ。


 いくら倒そうと、全員が復活してくる軍隊。それも、戦って負けるたびに経験を積み、どんどん強く、賢くなっていく。素晴らしいね。


 思えば、前世ではバカなことしてたものさ。ゴブリンやコボルドやオークたちを使い捨てにしてたんだから。繁殖力が高いんで、使い捨てにするにはちょうどいいなんて思ってた。何てバカバカしい。現代の軍隊で一番金がかかってて手に入れるのが大変なものは何だかわかるかな?


 戦車? 戦闘機? 戦略爆撃機? イージス艦? 原子力潜水艦? 原子力空母? 大陸間弾道ミサイル?


 違うね、よく訓練された優秀な軍人だよ。


 どんなスーパー兵器だろうと、最終的に使うのは軍人なんだから。そこを勘違いして人間をミサイルの誘導装置代わりに使い捨てにしたバカな軍隊と国家があったけど、あんなのは滅亡して当然だね。


 まあ、今後はドローンだのロボットだのが戦うようになるかもしれないけど、それだって後ろで操るのは軍人だ。もし、コントロールまで自動化しちゃったら、今度は本当に『ター○ネーター』の世界になっちゃうだろうしね。


 ま、僕はこの世界をそんな風にするつもりはない。だからこそ、十年かけて魔物たちを訓練して、軍規と命令に忠実に従うよう育て上げてから世界征服を開始したんだから。


 それから十年、もう第二世代、第三世代の軍人たちが育ってきている。アナスタシアなんか、かなり有望な幹部候補なんだから、この失敗を経験に成長して欲しいね。


 あれ? 故郷に帰れるって聞いたら、アナスタシアの顔が暗くなったけど……あ、そうか!


「ああ、済まなかったね、アナスタシア。君たちの故郷のオークランド市は、今はゴブリンが……」


「いえ、陛下! あれは父の失態ですので。それに、今度こそ奪い返すと父も意気込んでおります」


「そうか……君もピョートルには協力するんだろう?」


「魔王軍騎士としては、いけないことなのかもしれませんが……」


「いや、個人として参加することまで禁止してはいないよ。それに、娘としては当然だろう。勇者と戦ったというのは、陣営の士気を上げるには役立つはずだ」


「よろしいのでしょうか?」


「魔王という立場にある僕としては、一方に肩入れすることはできない。だけど、君たちが僕の決めたルールに従って権力を奪い合うことは、僕の『秘密計画』でも特に重要な要素なんだ。どうせ死にはしないんだから、思う存分、正々堂々と戦って欲しいね」


「ありがとうございます。それでは、失礼いたします」


 敬礼をして下がっていくアナスタシア。フッフッフ、僕の『秘密計画』は順調に進んでいる。『魔物』同士が殺し合って権力を奪い合うような非効率的な内部闘争は、もはや過去のもの。最初は抵抗も強かったけど、二十年たった今では、誰もがその新しい『戦いかた』の効果を認めている。いや、魔物だけじゃない。もはや、僕が征服し、支配する旧人類領域でも『秘密計画』は順調に進行しつつあるんだ。


 それをさらに進めるためには……僕は魔道インターホンで部下を呼んだ。


「アストロ市の一般市民に対する『新思想』の浸透状況の報告書レポートを持ってきてくれ」


 すぐに、侍従のゴブリンが書類を持ってくる。彼の名前は何だったかな? ああ……


「ありがとう、ウィリアム」


「いえ、陛下。またご用がございましたら、お呼びください」


 優雅に一礼して下がっていくウィリアム。うん、魔王軍もずいぶんと洗練されてきたね。


 パラパラと報告書をめくる。うん、要点が整理されていて、僕の欲しい情報が過不足なくまとめられている。この報告書を書いたのは誰だ? おや、何とプレイリーじゃないか!


 再びインターホンでプレイリーがいたら呼ぶように伝える。


「プレイリー・ドッグ、お召しにより参上いたしました」


 入室してきた犬族獣人のさわやかイケメン青年が僕の前に来て、膝をついて一礼する。


「やあプレイリー、立ってくれ。君もすっかり慣れたようだね。相変わらず君の報告は完全で、正確だ。君みたいな優秀な人材を得られたのだから、もえには感謝しないとね」


 立ち上がりながら田中萌~九代目勇者~の名前を聞いたプレイリーの顔が少し心配そうになる。


「萌様はお元気でしょうか?」


「ああ、相変わらず元気だよ。バレー部の主将として頑張ってる。残念ながら今年の春高バレーでは全国大会を逃しちゃったけど、捲土重来を狙って部員をビシバシ鍛えてるよ」


 何しろ、召喚される勇者ってのは、僕の知り合いばっかりだからね。今回の十一代目勇者、拓海は間柄だけど、未来の親友の萌とだって小学校以来の友達なんだから、期間だけ言えば拓海より長い。


「それを聞いて安心いたしました。それで、本日はいかなるご用命でございましょうか?」


「うん、この報告書レポートを書いてもらったアストロ市に潜入調査を頼みたいんだ。今回の勇者が来るんでね」


「勇者が!? では、既に……」


「うん、アストロ市に対して『防衛計画E』は命令済みだよ。同時に『ツインラビット四十三号作戦』を発動する。僕がライオン市を、王妃がメイプル市を攻略する予定さ。だから、その間は君に勇者を監視してて欲しい。同時にアストロ市の市民感情の再チェックも頼むよ」


 無敵の勇者がいる所を攻撃するのはバカのやることだ。なら、勇者がこちらの街をひとつ奪い返している間に、こっちは敵から二つ奪ってしまえばいい。二引く一は一。それを二回繰り返せば、敵からは二減り、こっちは二増える。それが戦略というものさ。


 そして、勇者が奪い返しに来るアストロ市の方でも、万一にも勇者がライオン市やメイプル市の救援に向かったりしたら、そのことは把握しておく必要がある。それに、奪われた場合に再奪取するための手も打っておこう。そのためにはプレイリーに頑張ってもらわないとね。


「順調だ。すべて順調だ」


 敬礼して去って行くプレイリーを見送り、ひとりだけになった魔王執務室の中で独りごちる。


 それにしても、何で僕の知り合いばかりが召喚されるのかねえ? まあ、仮に知り合いじゃなかったとしても、僕の『秘密計画』の全貌を知ったら戦意を失って帰って行くだろうけどさ。


 そう思って愉快になった僕は、誰もいないのをいいことに魔王らしく高笑いすることにした。


「アッハッハ、アーッハッハッハッハ……」

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