<勇者Side05>オークを倒したら辱めを受ける寸前の姫騎士が……

「ウオォォォッ!!」


 雄叫びを上げて吶喊とっかんする。藪に突っ込み、真っ先に目に入った人影に切りつける。


 ガリィン!


 何だこの変な音と手応え!?


 王都で受けた戦闘訓練のときに試し切りしたガラス器みたいな感じなのだ。肉体や皮鎧を切ったような手応えじゃない。


 もしかして、これが「魔王の加護」とかいうヤツなのか? 魔物は致命的な攻撃を受けると自動的に働く防護の加護を魔王から授かっているという話を訓練のときに聞いたんだが。


「グエッ!!」


 しかし、その変な音や手応えとは裏腹に、切った人影の方は悲鳴を上げると光を放って金貨に変わった。どうやら殺せたらしい。


 魔法で吹き飛ばしたさっきのグリフォンと違って、この手で殺した……という実感が、実のところ、あまり無い。あの変な手応えや、血や内蔵などが出るでもなく金貨に変わってしまったせいだろうか。だが、今はそんなことを考えている場合じゃない。


 周りの様子を確認すると、コニーさんもミーアさんも一体ずつの敵を殺していた。


 それでも残った敵は七体ほどいる!


 ここで、ようやく敵の姿を観察する余裕ができた。直立歩行する人型で、身長は人間と同じくらいだが、かなり太っている。皮膚はピンク色で、そこに皮鎧と片手剣、盾、兜で武装した姿。そして何より、その顔は豚そのもの。


 こいつら、オークだ! ファンタジー世界の悪役として定番~もっとも最近のラノベでは主人公張ることも結構あるか~の典型的なオークじゃないか。オークの部隊だったのか。後ろの方には剣と盾じゃなくて弓を持っている弓兵っぽい奴らも三体いる。


「グゲゲ、オノレ人間ドモメ! オイ、オ前ラ、ヤッテシマエ!!」


 中央にいた、一体だけ銀色の鎧を着たオークが叫ぶ。


 あれ? 声からして先ほど「隊長」と呼ばれていたリーダー格の女~というか雌~らしいのだが、何で片言になってるんだ?


「お前、さっきまで流暢りゅうちょうに話してなかったか?」


「うっ!?」


 俺が思わずツッコんだら、雌オークの顔が青ざめた。ピンク色なんで血色が悪くなるのわかるんだな。


「デトックス!!」


 これは解毒げどく魔法!? マズい、こいつは麻痺の解除もできるんだ。声の方を見てみると、奥にいた一人だけ白い皮鎧を着たオークが魔法を使っていた。あいつは治癒魔法を使えるのか!


「オーク・プリーストがいましたか!」


 ヒュン! ヒュン!!


 俺のすぐ後ろからエルアーラさんの声が聞こえると同時に、俺の横を二条の矢が通り過ぎ、狙い過たず白鎧のオークの顔に命中する。どうやら、エルアーラさんも俺の後について藪に入ってきたようだ。


「グェッ」


 白鎧のオーク・プリーストは悲鳴を上げて金貨に変わる。


「ああ、衛生兵メディックが!」


「うろたえるな! 作戦Eに変更、機密保持と生還を最優先せよ!!」


 残ったオークの一体が悲鳴を上げたのを、雌オーク隊長が叱咤し命令を下す。


「プチエクスプロージョン!!」


 ボム!


 雌オーク隊長と並んで部隊の中央にいた黒い鎧を着たオークが最下級爆裂魔法の呪文を唱えると、その手に持たれていた道具が爆発する。しまった!


「通信機を破壊したな!?」


「うぬ、やはりそこまで聞かれていたか、迂闊うかつっ!」


 ヒュン! ヒュン! ヒュン!


 雌オーク隊長の声に重なるように、後ろの方にいた三体の弓兵オークが俺目がけて矢を放ってきた。


 しかし…


「効かない!? やはり貴様、勇者か!」


 そう、飛んできた矢は見事に俺の顔に命中したが、あっさりと跳ね返されて落ちただけだったのだ。


「サンダー!」


 ビシャア!


「ウゲッ!」


 エルアーラさんが雷撃魔法の呪文を唱えると同時に、俺の横を電撃が通過して黒鎧のオークを直撃し、金貨に変える。


「撤退だ、撤退しろ!! 殿しんがりは私がつとめる! 一人でも生還して味方に勇者の情報を伝えるんだ!!」


「隊長は高貴なお方、置いてはいけません!」


「高貴なればこそ、このようなときに命をかける義務があるのだ! いいから行け、これは命令だ!!」


 ……オークにもノブレス・オブリージュってあるんだ。何かイメージと違うんだが。


 雌オーク隊長の命令に、生き残りのオークたちが一瞬躊躇したものの、すぐさま全員が雌オーク隊長の前に駆け寄って立ち並び、盾を持つ者は盾をかかげて雌オーク隊長を守る陣形を組む。


「お、お前たち……」


「命令違反のお叱りは、あの世で受けます!」


 ……何か感動的な光景っぽいんだが、オークなんだよなあ。それに、いくら献身的な態度を見せても、それで敵を許すほど俺は甘くないぞ!


「メガエクスプロージョン!」


 陣形を組んだ五体のオーク目がけて、準備していた上級爆裂魔法を放つ。


「「「「「ギャーッ」」」」」


 ギガエクスプロージョンに比べると威力は落ちるが、ほぼ直撃をくらった五体はあっさりと金貨に変わる。


「おのれ、よくも部下たちを!!」


 怒りに燃えた雌オーク隊長が切りかかってくる。その剣先は意外に鋭いが、ここ数日、ランス騎士団長の猛特訓を受けたので何とか受けることができた。まあ、切られても効かないんだが。


 ヒュン! トスッ!!


「ウグっ」


 横合いから飛んできた矢が雌オーク隊長の右の二の腕に刺さり、俺と鍔迫り合いしていた剣から力が抜けたのがわかる。その隙を逃さず、俺は雌オーク隊長の剣をはじき飛ばす。


 矢が飛んできた方を見るとミーアさんが短弓を構えていた。支援してくれたらしい。胴体や頭部は銀色の金属製の鎧兜で固められているので、それ以外の部分を狙ったのだろうが、いくら太めとはいえ利き腕をピンポイントで射るとは、なかなかの腕だ。


「降伏しろ、そうすれば命までは取らない」


 武器を失った雌オーク隊長に剣を突きつけて要求する。通信機は破壊されたが、降伏させて尋問すれば何か情報でも得られないかと思ったんだ。


 だが、俺の降伏勧告に対して、雌オーク隊長は憤然として叫んだ。


「クッ、殺せ!! このアナスタシア、魔王軍の騎士として戦場に果てる覚悟はできている! 生きて虜囚の辱めを受け、オーク・キングたるわが父ピョートルの名を汚すつもりは無い!!」


 魔王軍の騎士なのか。それでオーク・キングの娘ってことは、オークの姫。つまりは姫騎士。


 ……普通、姫騎士の「クッ、殺せ」は、オーク言うセリフであって、オーク言うセリフじゃないと思うんだが。


 にしても名前はアナスタシアかよ!? に、似合わねえ。いやまあ、声だけ聞いてる分には姫騎士アナスタシアと言われても大して違和感ないんだが、姿を見ちゃうとね……


 ……なんてことを考えていたのがいけなかったのだろうか。俺はアナスタシアがそろりと左手を腰に吊した袋に入れるのを漫然と見逃してしまっていた。剣だの弓だのが入るサイズではなかったからだ。仮に毒付きのダーツなんかが入っていても、俺には効かないしね。


 だが、そこからアナスタシアが取り出したモノは掌サイズの楕円球体だった。滑り止めの溝が縦横に刻まれた表面は果物のパイナップルに似ている。それを見た俺とエルアーラさんの声がハモった。


「「手榴弾!?」」


「魔王軍騎士の死に様を見よ!!」


 どう見ても手榴弾としか思えないモノの安全ピンを引き抜いたアナスタシアが、それを胸に抱えて地面に伏せる。


 ボガァン!!


 爆発の後には、数枚の金貨が残されているだけだった。敵とはいえ、その死に様を見て、俺の胸には苦い物がこみ上げてくる。戦争、なんだな……


 それにしても、最後にアナスタシアが使った代物が気になる。


「何で手榴弾なんて物があるんだ?」


 思わずつぶやいた俺の疑問に、エルアーラさんが答えてくれた。


「あれはエクスプロージョンの魔法を封じ込めた使い捨ての魔道具です。伝説の勇者様が考案したと言い伝えられており、人類側の武器としては珍しいものではありません。ですが、魔物が使ってきたなどという話は今まで聞いたことがありません」


 なるほど、二百八十年前の勇者のチート知識の産物だったのか。俺は納得したのだが、エルアーラさんは深刻な顔でさらに話を続ける。


「それに、もっとゆゆしきことがあります。オーク・プリンセスとはいえ、あんなに流暢に会話ができるオークなど今まで報告がありません。いえ、プリンセスどころか、周囲の一般オークですら普通に会話していました」


「え、それって異常なことなのか?」


「はい。オークというのは単一の種族ですが、個体差が非常に大きいのです。キングと呼ばれるような存在は腕力が強く智恵もあり狡猾ですし、邪神に仕えるオーク・プリーストや魔法を使うオーク・メイジなどは人類に匹敵するほど頭がよいものもいます。ですが、一般のオークはそれほど賢くありません。また、賢いキングやメイジでも文化の程度は低いので、会話は片言であるのが普通とされていました。ところが……」


「さっきの様子からすると、どうも片言で話すのは演技だったみたいだな」


 言いよどんだエルアーラさんの言おうとしたことを、俺が続ける。


「はい。それにオークは身勝手で士気が低く、勝っているときは勢いに乗って攻めてきますが、少しでも不利になったら士気崩壊して潰走するのが普通とされてきました。ですが、先ほどの様子からすると、それも演技だった可能性があります」


 深刻そうな顔で説明するエルアーラさん。そこに、コニーさんが口を挟んできた。


「そういえば、ゴブリンでも前にそういう報告があったよね?」


「一昨年ですぅ~。流暢に会話をして士気が高いゴブリンが数体いたとプレイリー先輩が…」


 ミーアさんが答える。ゴブリンもファンタジーでは定番の雑魚怪物モンスターだな。そいつらにも今回のオークと似たような奴らがいたという報告があったのか。


「そういえば、当時の勇者様の従者は、あなたの知り合いだったわね」


「そうですぅ~。犬族獣人だけど仲良しだったプレイリー先輩ですぅ~。先輩は嘘つくような人じゃないのに、誰も先輩の報告を信じてくれなかったんですぅ~」


「それだけ信じがたい報告だったのよ。でも、こうして実際にオークの実例を見てみたら、ゴブリンの方も信じざるを得ないわね」


「きっとコボルドとかにも居るはずですぅ~」


「あり得るなあ」


 深刻そうな顔で話し合ってる三人娘に聞いてみる。


「流暢に話せる魔物が居るってことは、そんなに重大な事態なのか?」


「それが一部の特異個体なら大した影響はありませんが、オークやゴブリンといった種族全体の進化の前兆、あるいは既に進化している状態の現れだとすると深刻です。知能が向上し、士気が高まるというのは、それだけで軍勢を強くします。現に、先ほどのオーク・プリンセスは今までは人類側しか使っていなかった魔道具を使ってきました」


「なるほどな」


 エルアーラさんの説明を聞いて納得する。しかし、それだけ深刻な事態なら一度報告に戻った方がいいのかな?


「それなら、アストロ市に行く前に一度報告に戻るか?」


「いえ、先にアストロ市を解放しましょう。そうすれば神殿の転移魔法陣やアパッチ市との間をつなぐ街道を使えるようになりますから、転移で戻ったり伝令を出して書面で報告を送ることもできます」


「わかった。それじゃあ急いでアストロ市を目指そう!」


「「「はい!」」」


 方針を決めた俺たちは、オークが残した金貨を回収すると、再びアストロ市を目指して出発した。

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