<勇者Side04>はじめてのせんとう

「向かってくる!?」


 思わずエルアーラさんに問い返しながらグリフォンの方を見やる。相変わらずゴマ粒みたいなサイズだったのだが、先ほどのように横に移動しておらず、少しずつ大きくなっている。つまり、こっちに直進してきているということだ。もしかして気付かれたのか?


「お静かに! グリフォンは耳も良いので」


 声をひそめながらエルアーラさんが注意する。


 口を閉じながら、俺は最善手は何かを考える。空を飛ぶ相手に対する攻撃力があるのは、弓か魔法。ただ、俺は弓矢を持ってない。


 そして、魔法の練習をしたときにわかったんだけど、空を高速で飛行する相手に有効な魔法は少ない。普通のファイア系みたいな魔法は速度が遅い。一見速そうに見えるウィンド系でも全然足りない。サンダー系はさすがに速いんだが、今度は有効範囲が狭く、ちょっとでも外れるとダメージが行かない。


 もっとも、俺は魔力が無尽蔵だからサンダーを散弾状に複数発射することも可能ではあるのだが、高空に行くほど射線がばらけて当たりにくくなる。今回は三匹もいるんだから、相当数のサンダーを撃たないと当たらないだろうし、当たっても致命傷になるとは限らない。


 それならば、戦力の出し惜しみは愚策。俺の使える最大最強の攻撃魔法で一気に殲滅するのが上策だろう。


 グリフォンはみるみる大きくなってくる。なるほど、頭は鷲、胴体はライオンで背中に羽が生えている。ゲームとかで見るグリフォンの姿そのものだ。


 ……ダメだ、大まかな速度はわかるけど、高度が読めない! 見越し角度から推測できるかと思ったけど、そもそもグリフォンの大きさがわからないし、専門の測量技術を持ってない俺じゃあ、緻密な高度測定なんて無理だ。


 クソっ、このままじゃあ一方的に空から攻撃されるだけか……いや待て、この世界の魔法は術式と呪文で発動するが、その際には術者のイメージも大事だと教わった。基本的な威力みたいなものは術式と呪文で決まっているが、制御は術者のイメージに左右されると。


 なら、俺の知ってるをイメージして制御すれば、うまくいくかもしれない!


 俺は「ある物」をイメージしながら、俺が教わった最強の魔法の術式を頭の中で組み上げていく。


 ……この世界の魔法の術式って、英語の文法みたいな感じなんだよな。使う魔法の種類が主語で、発動効果が動詞で、対象選択が目的語みたいな。例えば「メガファイア・シュート・エネミーズ」とか。前置詞とか冠詞とかも無くて比較的単純だし、魔法語は結構簡単な英単語……というかカタカナ英語みたいに翻訳されてるから簡単に覚えられたけど。


 そうやって術式を組み上げながら、体内にある魔力を腕の先、掌のあたりに集中させていく。実は魔法は体のどこから発動することも可能だけど、やっぱり手から放つのが一番やりやすい。


 もうグリフォンは間近だ。そろそろ……よし、今だ!!


「ギガエクスプロージョン!!」


 呪文を唱え、最上級爆裂魔法を上空目がけて放つ!


 俺の手先から放たれた炎の玉は、一見するとメガファイアの火炎弾と同じように見える。だが、それは上昇していくと、ちょうど先頭のグリフォンの間近を通り過ぎようとした瞬間に大爆発を起こした!!


「やった!!」


 成功だ! 爆発は先頭のグリフォンのみならず、後続の二匹もうまく巻き込んでくれた。


 俺がイメージしたのは「VT信管」。第二次大戦中期以降のアメリカ海軍の艦艇が高射砲の砲弾の信管として使っていたもので、簡易レーダーを内蔵しているので直撃しなくても砲弾が飛行機の近くを通るだけで爆発して飛行機を攻撃するという代物だ。これが完成したために、アメリカ軍の艦艇の対空攻撃力は恐ろしく向上したという。


 ……某「日本海軍の艦艇を女の子に擬人化したゲーム」にハマって、当時の戦記とかにも手を出したんだけど、そこで得た知識がこんな所で役に立つとは思わなかったよ。


「グギャァーッ!!」


 グリフォンの悲鳴が聞こえたかと思うと、目の前に落ちてくる……のは、金貨!?


 チャリン、チャリン。


 石畳の舗装がされた街道の上に、落ちてきた金貨が澄んだ音を立てて転がった。街道の脇の草むらの上にも何枚か落ちてきている。


「何でグリフォンの死体じゃなくて金貨が落ちてくるんだ!?」


「魔物を倒したからです」


 俺の疑問に、エルアーラさんがシンプルに答える。


「魔物って倒すと金貨になるの!?」


「はい。今から十年前に世界征服を始めた魔王軍を構成する魔物はすべて倒すと金貨になります。魔王の配下ではない普通の怪物モンスターは死体が残ります。二百八十年前の魔王軍の魔物も倒すと死体が残ったという話なのですが、なぜか今の魔王軍の魔物は倒すと光に包まれて金貨になるのです」


「へえ~」


 何だかゲームみたいだと感心してしまった。何はともあれ、初めての魔物討伐は上手くいったみたいだ……と思っていたら、エルアーラさんたちが難しい顔で考え込んでいるので、思わず聞いてしまった。


「あれ、もしかして俺、何かマズいことした?」


「拓海様……あの状況では間違いとは言い切れないのですが、あのグリフォンはこちらに完全に気付いていなかった可能性もあります。先制攻撃で倒せたのはよいのですが、あの強力な爆裂魔法は相当遠くからでも観測できたでしょう。ですので、このあたりに魔王軍と敵対する強力な存在が居るということが魔王軍に知られてしまった可能性が高いと思われます」


「あ……」


 そうか、俺たちはアストロ市までは、なるべく隠密行動で進むはずだったんだ。今は都市間をつなぐ整備された街道を進んでいるけど、もう少ししたら街道を外れて秘かにアストロ市に近づく手はずだった。それが、俺がギガエクスプロージョンなんかを使ったから……


「気にすること無いよ、どうせアストロ市に近づいたらバレるって。魔王軍の偵察は結構緊密だって話だし」


「そうですぅ。それに拓海様がいれば、ちょっとやそっとの魔物が来たって、さっきの魔法でボーンですぅ!」


 俺が落ち込んだのがわかったのか、コニーさんとミーアさんが慰めてくれた。それを聞いたエルアーラさんも、難しげだった顔を和らげて俺に話しかけてくる。


「私が危惧しているのは少し違うのですが……とはいえ、拓海様の力を見せていただけたことはよかったと思います。あのギガエクスプロージョンを連発できれば、かなりの大部隊が相手でも撃破できるでしょう」


「任せとけ、俺の魔力は無限だ! いくらだって撃てるぜ!!」


 エルアーラさんも前向きに切り替えてくれたみたいなので、俺も空元気を出してみせる。いや、実際のところ俺の魔力が無限ということは事実なんだから、魔物が山ほど出てきたって、本当に無双してやるさ!


 ◆ ◆ ◆


 ……そう思ってた時期が、俺にもありました。いや「本当に山ほど魔物が出てきて絶体絶命!」ってワケじゃないよ。逆なんだ。全然魔物が出てこない。


 見つかったものと考えて、街道を外れて遠回りするのはやめて、そのまま街道をアストロ市に向かって直進しているのだが、新しい飛行偵察隊も飛んで来なければ、地上部隊もやって来ない。


「何か気味悪いな」


「ここに居るのが新しい勇者様だとわかったからでしょう。あのギガエクスプロージョンは、セイクリッド王国魔術師の中で最強とされるマリーン様すら一回撃てば魔力が底をつくので、簡単には撃てない魔法です。大軍で交代要員が多い場合か、それこそ勇者様でもなければ先制奇襲に使える魔法ではありませんから」


 俺が思わず漏らした独り言を、自分への問いかけかと思ったエルアーラさんが教えてくれた。


「つまり、大軍もしくは勇者が居るということで、敵も半端な戦力を投入するわけにはいかないと考えているのかな?」


「そうでしょうね。迎撃するつもりなら、アストロ市に戦力を集中しているのかもしれません。ただ……いえ、これは実際に行ってみればわかるでしょう」


 エルアーラさんは何か別の可能性も考えて口ごもっていたが、普通に考えれば戦力の逐次投入は愚策だから、とにかく防衛拠点の防備を固める作戦である可能性は高い。


 と、そこで変な音が街道沿いにある灌木の藪から聞こえてくるのに気付いた。


 ピーピピッピッピーピピー、ピーピピッピッピーピピー、ピーピピッピッピーピピー……


 鳥の鳴き声のような甲高い音だが、不規則なようでいて規則性がある。以前に海洋博物館だか船の博物館だかに行った時に聞いた昔のモールス信号に似てるんだけど、これって何かの信号じゃないのか?


 そう思った途端に、別の声が聞こえてきた。


「隊長、撤退命令が出ています! 勇者警報です!! この付近に来ている可能性が高いと……」


「何だと!? クッ、通信機の修理に手間取り過ぎたか!」


 あれ、最初の声は野太い男の声だったけど、この「隊長」は声からすると女性のように聞こえるんだが。


 などと思っていると、それらの声が会話を続ける。


「やはり先程の爆発は……」


「怪しいと思ってはいたが……連絡のために通信機を修理するより帰投を優先すべきだったな。済まない、私の判断ミスだ」


 何か気になる言葉が出てきているが、どうやら魔王軍の部隊らしい。にしても、魔王軍には通信機があるのかよ!? 信号しか送受信できない原始的な物っぽいが。


「通信機って知ってるか?」


「いえ、初めて聞きます」


「ボクも」


「ミーアもですぅ」


 声をひそめて聞いてみたが、三人とも知らないらしい。これは何としても現物を手に入れたいところだ。今なら魔法で先制攻撃できそうだが、ギガエクスプロージョンなんかを使ったら通信機も一緒に吹き飛ばしてしまうだろう。使えそうな魔法は何かないか……よし、これだ!


「魔法で敵を麻痺させる。通信機を奪うぞ」


「待ってください。麻痺魔法なら私も使えます」


 そうか、俺が麻痺魔法を使うつもりだったけど、エルアーラさんも使えるなら彼女に使ってもらって、俺が切り込んだ方がいいな。俺への攻撃は効果が無いから、麻痺魔法が効かなかった場合に反撃されても安全だ。


「よし、エルアーラさんが魔法を撃つと同時に俺が切り込む。コニーさんとミーアさんは援護してくれ」


「ボクも一緒に突っ込むよ。弓持ってないし」


「今の状況だと敵が見えないんで弓じゃ狙えないですぅ。ミーアも切り込みますぅ」


 そう言われると、確かにそうだ。相手が何体いるかもわからないし、奇襲なんだから戦力を出し惜しみしてる場合じゃない。


「わかった。でも気をつけてくれよ」


「我々は戦士訓練学校時代に実習でゴブリンやコボルド相手の戦闘は経験済みです。むしろ白兵戦は初めての拓海様がお気をつけください。歴代の勇者様も、初めて敵を切り殺したときは動揺された方が多かったと聞きますので」


 コニーさんたちを気遣ったら、逆にエルアーラさんに注意された。確かにそうだ。さっきのグリフォンは見た目からして怪物だったし、魔法で吹き飛ばしたから気にしてなかったけど、今度の敵は人の言葉を話すヤツらだ。人間に似た姿をしているかもしれない。


 でも、俺が動揺して戦えなくなったら、コニーさんやミーアさん、それに後方で援護しているエルアーラさんだって危ない目にあうだろう。不死身なんだから、俺が彼女たちを守らなきゃいけないんだ!


「いいか、もし勇者に遭遇したら作戦Bで……」


「ワイドパラライズ!!」


 隊長らしき女(?)が指示を出しているところへエルアーラさんが範囲麻痺魔法を放つ!


 さあ、戦いだッ!!

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