第四章 焼逐梅 PART5
5.
……あの時に。あの時にきちんと麻里の腕を掴んでいれば、こんなことにはならなかった。
同僚のしたことは正しかった。1人の命でも助けることが俺たちの使命だからだ。助からない命よりも、助けられる命を救うのは誰が見ても納得できることだ。
ただ1人、俺の意見を除けば――。
結局、放火の犯人は結婚できずに捨てられた男だと判明し、そのまま事件はあっけなく終幕した。
最後のレスキュー隊員としての仕事の代償は左上半身が灼け爛れ、最愛の娘である麻里を失う大損害の絶望で終わった――。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「斗磨、君は数多くの人を救った。今の栞が生きているのは君が命を顧みずに、彼女達を探し求めた結果だ」
梅雪はほぼ無傷だったが、栞は煙を大量に吸い込んでおり重体だった。それを助けたのが武彦だ。
時間差を感じながらも俺の腕が使えるようになったのも彼のおかげだ。
「ああ。それには感謝している。だが俺は今でも自分が許せない。己惚れていた自分が……」
その後、必死のリハビリを繰り返したが消防士としての勤務に支障を感じ転職を余儀なくされた。幸い、火葬場での仕事は迅速な動作は必要なく何とか食い扶持は保たれている。
「僕だってそうさ。救えた命はたくさんある。僕は仕事で君以上に、人を殺し続けてきている」
「だが娘を殺したことはないだろう?」
俺は枯れた声で彼に告げる。
「俺の命はあの時、終わっている。後はもう朽ち果てるのを待つだけだ」
「確かに命の価値は自分でしか決められない。だけど、君が消える必要はない。君がいなくなれば、悲しむ者がたくさんいる。僕もその一人だ」
「それでも、俺はこの世界で生きられない。もう後戻りはできないさ。娘だけでなく、もう一人の要救助者を見殺しにしたんだからな」
「あれは、斗磨が気に病むことじゃない。レスキュー隊員でもない今の君が、恥じることじゃない」
「いいや、俺は人を見捨てる癖ができたんだ……」
謝りながら彼に背を向ける。
「だから変更はない。俺はこれから清閑寺に行って、梅雪の後を追う準備をするよ」
「……」
武彦の顔が崩れていくが、見えないようにして窓側を進んでいく。
……この現実でやり直しはきかない。失敗すれば、それで終わりだ。
仕事に誇りを持ち過ぎたことが仇になることだってある。だがそれでもいい。
レスキュー隊員を選んだことに悔いはない。火夫を選んだことだってそうだ。
梅雪の体をきちんと麻里の元へ送り届けること。
これこそが俺が選んだ仕事なのだから――。
「だからこそ自分の務めをきちんと果たしたい。今度こそ、栞にきちんと認めて貰わなきゃいけないからな」
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