第一章 桜花乱満 PART17



  17.



 職員さんのおかげで薫さんの骨はきちんと残り、箸渡しで骨壺にしまわれていく。


「こちらで火葬の儀を終了とさせて頂きます。ご参列、誠にありがとうございました」


 社長の言葉を皮切りに、皆、火葬場を離れていく。



「冬野さん、すいませんね。また遅くなってしまって」



「全然、問題ないですよ。何より年の割に骨が丈夫だったから、火葬もスムーズに済みました」


 職員さんの言葉に社長は安心して吐息をつきながら、緩やかな笑みを作る。


「春田君、覚えておくといい。葬儀は一人の力で廻ってない。色んな人を経由して葬儀は成り立っているんだよ」


「そうですね、本当にその通りだと思います」

 


 ……葬儀は一人の力では成り立たない。だがたった一人の力がなくなっても成り立たない。


オールフォーワンでありながらも、ワンフォーオールでもあるこの仕事に必要じゃない人なんて、決していない。


 だからこそ、皆、やりがいを感じ真剣に取り組めるのだろう。



「春田と申します。まだ研修中ですが、これからよろしくお願いします」



「ああ、よろしくね。火葬技師の冬野といいます」



 手を取り合うと、彼の手は手袋越しにも力強かった。しっかりと彼の顔を見ると、大きな火傷痕が残っていた。


「それは……火葬の時にですか?」

 

「いや、これはここに来る前のものだね」


 冬野さんの話を続けようとすると、社長が声を上げて遮った。


「春田君、冬野さんはね、凄い方だったんだよ」


「え? そうなんですか?」


「ああ、冬野さんはね、実はレスキュー隊員だったんだ。数多くの人を救ってきた素晴らしい方でね、いつも都知事から感謝状を受け取るくらい……」


「止めて下さい、社長。昔の話です。今はしがない火夫かふの一員ですよ。ははは」


 

 ……これ以上、聞いてはいけない。



 彼の笑顔に強い陰影を覚える。きっと辛い過去があるのだろう。レスキュー隊員といえば、消防の花形だ。それなのに、それを止めてまでここに来たということはきっと理由があるに違いない。


「今日、しーちゃんも派遣で来てましたよ」


「そうですか、あいつはちゃんとうまくやれてますか?」


「もちろんですよ。でも今日はここにいる彼に全て持っていかれちゃいましたけどね。全く将来が楽しみな新人君なんですよ」


「そうでしたか。有望な社員はそれだけで周りを明るくしてくれますからね、羨ましい」


 冬野さんが俺の顔を凝視して、再び尋ねる。



「君、名前はなんといったかな」


「春田といいます。春の田んぼに俊足と介護で、春田俊介といいますよ!」


「そ、そうか……いい名だね。しゅんすけ君というのか」


 冬野さんはそういって小さく口元を緩めた。


「春田君、もう一度だけ、握手してくれないか?」


「え? ええ、いいですよ」


 そういって彼は左手の手袋を脱いだ。そこにも激しい火傷跡が残っている。


「……ありがとう。春田君」


 訳もわからないまま再び会釈を交わすと、社長が声を上げた。


「さあ、春田君。帰って自宅に向かう準備をしようか。葬儀は終わったけど、まだやる仕事はたくさんあるからね」


 社長の笑顔を見て再び活力が沸く。


 働けることにこんなに夢中になれるなんて、本当に夢みたいだ。


「はい! 社長、次もよろしくお願いします!」

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