第一章 桜花乱満 PART16
16.
「もう、5年前の話になるんやけどね、あたしと薫さんの結婚式を取り持ってくれたのがあんたのお兄さん、
京子さんは組んでいた両手を降ろして、静かに語り掛けてくる。
「あたしも二回目やし、もう式なんかせんどこうと思ってたんやけどね。薫さんがサプライズで組んでくれたとよ。嬉しかったばい、あの時は……式場でするんじゃなくて、お花見しながらやったと」
京子さんが思い出しながらも笑顔に戻っていく。
「神父もおらん、仲人もおらん、組員だけの式やったとよ。途中で雨が降って、桜の花びらが料理の中に入って……それはもう無茶苦茶な内容になったんやけどね、でも思い出に残ったんは確かばい」
「そうだったんですね……」
兄貴と花見をしにいったことを思い出す。普通に酒を飲むだけでなく、彼は真面目な顔でぶつぶつと独り言をいいながら会場を眺めていた。もしかすると、彼らのプランとして頭を巡らせていたのかもしれない。
「順平さんの考える結婚式は夢に溢れていてね、本当に恥ずかしい思いばかりしたんよ。指輪も料理の重箱から出てきたり、ぎりぎりな宴会芸で御巡りさんに目をつけられたり……料理もほとんどお肉しか入ってなかったし……それでも、あんな楽しい思いができんかったら、あたしは当に組を抜けていたやろうし、薫さんともうまくいってなかったと思っちょる」
そうなんだろうなと思った。兄貴は人を喜ばせることに関しては折り紙付きだ。きっとこの場を想定して、いいアイデアを思ついては一人で喜んでいたに違いない。
「……ありがとうございます。兄貴も喜んでいると思いますよ。お二人の式に立ち会えて……幸せだったと思いますよ」
「そうやね。そうやといいね」
京子さんは俺の手を掴みながら続ける。
「3年前、あたし達は二人で葬儀にいったと。あんたの姿は確かになかったけど、思い出コーナーで見た兄弟の写真を見て、本当に仲がよかったんやなと思ってたんよ」
……兄貴、尊敬するよ。
京子さんの思いを知り、再び彼のことを強く思う。兄貴との思い出が走馬燈のように巡っていく。
小学校の時に魚釣りをしにいって溺れかけた俺を助けてくれたこと、
中学時代に、受験で夜中まで勉強につきあってくれたこと、
高校卒業のお祝いに車で山登りに行くと、道路が凍っていてそのままガードレールに突撃したこと……ああ、これは兄貴がやらかした失敗だった。
それでもエネルギーに満ちた兄貴は何でも思いを表してくれた。本当に、本当に……いい兄貴だった。
「確かになんで亡くなったんかはあたしにもわからん。自分の職場に火を点けるなんて、おかしいとは思ってたんよ。でも、それを考えていくことも、一つの人生やと思う。春田俊介さん、改めてお礼をいわさせて頂きます」
京子さんは俺の手を掴んだまま、再び大きく頭を下げる。
「あんたがおってくれたおかげで、本当に素晴らしい葬儀を迎えることができました。夫も安心していると思います。確かに厳しいけど、道がないわけやない、全員で踏ん張っていくけんね」
「「ありがとうございます、春田さんっ!!」」
組員が全員、俺に頭を下げる。怒られることはあっても、褒められる内容ではないので恐縮してしまう。
「そんな、俺にはそんな力なんてありませんよ……でもここに立ち会えて本当によかったと思います」
思いを胸に一人一人を見渡していく。
「皆さんと同じくして、ボクもここからがスタートです。一緒になんて厚かましくていえませんけど、共に頑張りましょう。前に進んでいきましょう」
お互いに手を取り合っていると、先ほどの職員がロビーのドアを開けてきた。
「お待たせしました。ご準備が整いました。それでは火葬炉の方へお向かい下さい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます