第四章 焼逐梅 PART9
9.
「栞ちゃんの?」
「そう、わたしの」
胸を張ってそう答える彼女に病院内のカフェを指差すと、小さく頷いた。
「あーあったまるねー、冬はやっぱりココアだよねー」
お汁粉を食べながらココアを呑む彼女を見て胸やけがしそうになる。
「で、話っていうのは?」
ブラックコーヒーを飲みながら催促すると、彼女は大きく手を振った。
「特にないけどさ、パパとおばさんの所に行ったのなら、私の所にも来るのが筋でしょー」
「入院の一つでもすれば見舞いに行く理由にもなるけどな、君は健康だろ?」
「う、胸が痛い。苦しいよー、おじさん、助けて」
「それは確実に食べ合わせだろう」
小さく突っ込むと、彼女ははにかみながらココアを一口含んだ。
「家に帰っても、一人なんだよー、寂しいよー」
「また彼氏でも作ればいい。きっと楽しいぞ」
「おじさんがそれいっちゃう? 私はもう彼氏を作る気はないっていってるじゃん」
眉を寄せて熱弁する彼女に戸惑う。
「栞ちゃんは極端だからな。ほどほどの相手を見つければいいんだよ」
「じゃあ、おじさんがなってっ! わたしの彼氏に。ね?」
「もはや突っ込む気もおきない」
手を振ると、彼女は何事もなかったように再び、ココアを頼み始めた。
「もうすぐ、3周忌だろう? 元カレの所には行かなくていいのか」
「行きたいけど、私が行ってもいいと思う?」
「いいだろう。弟さんはびっくりするだろうけど……」
頷くと、栞ちゃんは小さく息を漏らした。
「……うん。びっくりするだろうね、それだけじゃ済まないだろうけど。実はね、お母さんの葬儀、弟さんの所に頼もうと思ってるの。その時に打ち明けようと思ってるんだ……」
「そうか」
相槌を打つと、しーちゃんは真面目な顔をして俺を見た。
「私もきちんと話をすべきだなって思ってたの。でも踏ん切りがつかなくて、ずっと逃げてたんだけど……この機会ならいえると思って」
「お互いにいい時間が空いたんじゃないのか、ちょうどいい頃合いだと思う」
栞ちゃんの元カレは結婚式場で勤めており、将来を約束しあった仲だった。だが弟さんが就職活動中ともあり、接する機会がなかったそうだ。その上彼自身が亡くなったしまったため、挨拶もできずにいたのだが、最近、葬儀の現場で顔を合わせたらしい。
「実は俺もあったことがある。中々に熱意があるいい若者じゃないか。極道の組をまとめあげたと噂になってるぞ」
「そうなのっ!」
彼女は嬉々として話す。
「写真では見たことがあったんだけど、全然イメージが違っててね。すっごい男らしかった。やっぱり兄弟だから似てるんですよ」
「おい、まさか惚れてるのか? 妬けるねぇ」
「まさか……」
冗談ぽくいうと、栞ちゃんは大きく首を振って笑った。
「恋はもうしないよ。今度こそ、私は仕事に生きるって決めたんだからさ」
「仕事に生きるのも考えもんだがな、俺みたいになるぞ」
「う、それは嫌かも」
栞ちゃんはわざとらしく嫌な顔をした。その挙動に思わず笑みが零れる。
「何事もほどほどが一番だ。葬儀の時は一つ、よろしく頼む」
「うん。きちんとおばさんを送り出さなきゃね。麻里ちゃんの所に」
……お前はまだ俺のことを恨んでいるのか?
心の中で悔恨が渦巻く。
……俺はいつになったら嘘つきと呼ばれずにすむんだ?
声に出せずに苦しい思いが体中を軋ませていく。
「おじさん、大丈夫?」
「ああ。大丈夫だ。それよりも梅雪の所に通ってやってくれよ。あいつは起きている時間が少ないからな」
「……うん。わかってるよ」
彼女から離れ、大きく息を吐くと鼓動が落ち着いていく。
……もしかすると俺は栞から離れたいだけなのかもしれないな。
願ってはいけない思いを消しつつ、煙草の封を切る。あの時に感じた憎悪を未だ体に宿している。だからこそ、俺はこの世から消えたいのかもしれない。
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